加藤昇の(新)大豆の話

97. 大豆栽培への新たな取り組み

 大豆栽培の歴史を振り返ってみても、その栽培方法にそれほど大きな変化が起こっていたとは思われません。種子の改良で遺伝子組み換え技術を使うようになったのが唯一の変化といえるでしょう。しかし、最近になって栽培システムに大きな変化が起きようとしています。それはアメリカが取り組んでいる「サステナビリティシステム」と言われているものです。

 私が1980年頃に初めてアメリカへ行ったとき、中央部を流れるミシシッピー河の泥水の様子に驚いたことを覚えています。それはちょうどテレビで見る中国黄河の黄色い濁流を髣髴とさせる光景でした。私たち日本人には川の流れといえば澄んだ美しい水が頭に浮かびますが、目の前に流れるミシシッピー川の濁った流れにちょっとした違和感を覚えたことを思い出します。これら濁った水はまさにアメリカ平原の耕土の流失を示している証なのです。耕土の流失は、同時に農地の喪失につながっているのです。アメリカは長い間、この農耕地における表土の流失に苦しんできた歴史を持っています。

1930年代のアメリカはちょうど不況に苦しんでいる時期でした。多くの失業者が仕事を求めて中部大平原に入ってきました。穀物価格の下落という悪条件の中で農民は過剰な植え付けと、過度の農地の掘り起こしをしたこ     (「ダストボウル」、オクラホマ州 1935.4.14

 

とにより農地の荒廃が起こり、さらに干ばつが重なったことにより作物は壊滅状態になり、春の砂嵐が5000mの上空まで舞い上がり、黒い渦をまく「ダストボウル」が農地を吹き荒らして、まさに“死の土地”としてしまいました。そして、農地の20haがサハラ砂漠のように荒れ果て、350万人が土地を追われるという最悪の状態に陥ったのでした。この様子はスタインベックの「怒りの葡萄」という小説に描かれています。

 

この悲惨な状態を脱するために、アメリカ政府は直ちに「土壌保全法」を制定しましたが、このころからアメリカは風と水によって流失する土壌との戦いが始まったのです。そしてその戦いは現在も続いているのです。冒頭に書いたミシシッピー河の濁りはまさにその表れと言えるでしょう。アメリカの農業は単に国民の食料を生産するという内向きの農業ではなく、比較的早い段階から余剰の農産物は海外に輸出するという、一つのビジネスとして育てられてきています。現在もその姿は変わっておらず、2018年度に国内で収穫された大豆の41%は海外に輸出しており、小麦の54%を、米の44%を輸出して外貨獲得の大きな柱となっているのです。そしてこれらの農産物は、時には戦略物資として世界に向けて強く働きかける政治外交の切り札としての働きすら演じることもあったのです。

 

大豆の輸出金額は年間200億ドルに達しており、アメリカ農産物輸出額では最多額を誇っています。それだけにこれら農産物を生産す

            (資料・アメリカ大豆輸出協会)

 

る土台ともいえる土壌が失われることにはアメリカにとって大きな不安であったことは容易に想像されます。上のグラフに見られるようにアメリカでは大豆を生産するたびに多量の農地の土砂を流失していた歴史を持っています。2015年度におけるアメリカ大豆の栽培面積は81.7百万エーカーあり、1エーカー当たりの土壌の喪失は4.18トンだったことから、この1年間に大豆畑から失われた土壌の量は3.4億トンに上ることが分かっています。それでも35年前に比べて、その流失量は48%減少しているとしているのです。それだけに今までの土壌の流失量がいかに激しかったか、このことからも想像できることでしょう。これらを解消して将来に向けての大豆栽培を安定させるための取り組みとして政府を挙げての「サステナビリティシステム(持続可能な取り組み)」としてスタートさせたのです。

 

このプログラムは最初はヨーロッパからの働き掛けによってスタートし、201310月には「アメリカ大豆サスティナビリティ認証プロトコル」を作成しています。そしてこの環境に配慮した取り組みが国連の認めるところとなり、2015年9月には国連総会で「貧困や飢餓を解消して、持続可能な発展をする」ことを目指して進むことが採決され、さらにそれを受けて国連食糧農業機関(FAO)が「持続可能な食料および農業に関する共有ビジョン」を打ち出しています。

アメリカが取り組んでいるこれら取り組みは4つの柱から成り立っています。

@ 生物多様性などに関わる管理方法: 具体的には、絶滅危惧種などが認められる生息地では農業生産をしないことや、浸食を受けやすい原生林や森林をむやみに開拓しないことを決めています。

A 生産活動に関わる管理方法: 具体的には、不耕起栽培などに取り組む。また、GPS技術など先端技術を取り入れた精密農業により播種、施肥、除草剤散布など農業の効率化を推進する。

B 一般市民及び労働者の健康と福祉に関わる管理: 具体的には、農民・市民で農薬についての安全性を学び、農薬による被害を防ぐ取り組みをしていく。

C 生産活動及び環境保護の継続的な改善に関わる管理: 具体的には、土壌保全のため休耕プログラム、環境改善プログラム、地下水などを守る農業用水改善プログラムなどを進め、その効果を定量的に把握する測定プログラムを確立する。

 

このプログラムでは10年後のアメリカ大豆生産の目標として、大豆生産の効率を高めることにより栽培面積を10%少なくする。現在よりもさらに土壌の侵食を25%減らし、エネルギー使用量も10%削減する、温室効果ガスの排出量を10%削減するとしています。アメリカの大豆農家に、これら目標を実現するようにぜひ頑張ってもらいたいしその取り組みに対して我々消費者も応援していきたいと思っています。そしてこの動きに沿ってブラジルやインドネシア、マレーシアなど油脂原料の生産と環境保護の両面で岐路に立たされている各国も是非「持続可能な農業」へとかじを切ってもらいたいと願わずにはいられません。

 

 掲載日 2019.7

 

 

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