加藤昇の(新)大豆の話
95. 世界の大豆栽培
今や大豆は力強い国際商品となっています。しかし、第1次世界大戦の前までは、大豆は満州や日本など世界の片隅で栽培されていた隠れた農産物だったのです。そして欧米で大豆油に注目が集まるようになるのが第1次世界大戦後です。第2次世界大戦後は、今度は肉食に関心が集まり、畜産飼料としての大豆ミールに対する期待が高まりました。こうして大豆は世界の主要穀物へと成長していったのです。
飼料原料とされる大豆ミール
世界の大豆を見るときには我々は大豆の見方を大きく変えておかなければなりません。とかくわれわれ日本人は大豆と聞けば、黄な粉、豆腐、味噌、納豆など食べ物が目に浮かんできます。また、真夏の生ビールのつまみに出される枝豆を想像する人も多いと思います。しかし大豆に対してこのような食べ方をしている民族は日本、中国、韓国などの東南アジアの一部の国に過ぎないことはすでに述べた通りです。
世界の見方は、大豆は油脂をとる原料であり、牛や豚・鶏など家畜飼料の原料との認識が一般的です。大豆を人が直接食べるという意識は彼らにはほとんどありません。現在、世界で最大の大豆生産国であるアメリカ、ブラジルでも大豆を直接食べる人は、日系人などを除いては少ないのです。彼ら大豆栽培者たちも、大豆とは植物油脂を作る原料か家畜の餌との認識しかないのです。彼らにとっては大豆を始めて見た100年前からこの認識に変化はありません。私たちはこのことを念頭に入れて世界の大豆を眺めなければなりません。
近年の大豆生産の伸び
2018年度の世界の大豆生産量は、3億6千万トンとされています。大豆の生産量は小麦の7億3千万トンに比べれば半分にすぎない量ですが、世界の注目度は大豆のほうが小麦をはるかに上回っていると思われます。今までの大豆生産量の推移を振り返ってみても、グラフに見るように、世界の大豆生産は過去40年間一貫して増加傾向を続けています。これは人口の伸びによるものというよりも、むしろこの間の穀物需要が大豆に集中していったことを表しているのです。それは戦後の経済成長に支えられて各國において油脂の需要が伸びていったことと、肉食に対する力強い需要が大豆ミールを押し上げていったのです。それは1970年を基点とした最近48年間の各穀物の生産量の伸び率を表で見ても、大豆は他の主要穀物である小麦、とうもろこし、米などの生産の伸びをはるかに凌駕していることでもわかります。
大豆は8.7倍も生産量を伸ばしているのに対して、小麦の生産量は2.4倍と伸び率は
低いままです。
近年半世紀の世界の穀物の伸び率(「世界の食料統計」による)
穀物 |
1970年生産量 |
2018年生産量 |
伸び率 |
大豆 |
42.13百万トン |
367.50百万トン |
8.7倍 |
小麦 |
306.53 |
733.51 |
2.4 |
米 |
213.01 |
490.70 |
2.3 |
コーン |
268.08 |
1,098.95 |
4.1 |
この表に見るように近年の半世紀の穀物需要は大豆に集中していたことを知ることができます。それは大豆が肉や油の消費量拡大と直接的に結びついていたことによるものです。小麦よりもコーンの伸びが大きかったのもやはり同じ理由によるものです。コーンも畜産需要を大豆とともに支えてきたのです。さらにこれらの高まる需要に応える形で、大豆とコーンが遺伝子組み換え技術によって高収量化が図られたことが増産につながってきたと言えるでしょう。
最近の半世紀は世界の各地で地域紛争が起こってはいましたが、世界を巻き込んだ大規模の世界戦争が起きなかったことも食料需要が順調に伸びていった背景にあったのでしょう。民族のいかんにかかわらず、あらゆる国の経済発展が肉と油脂の消費拡大に傾いていったのがこの時代の特徴といえるのです。畜産用原料としての大豆ミールは、油脂を取り除いたものでいいことから、畜産原料として大豆の需要が拡大すればするほど大豆油の生産が伸びることになったのです。現在、大豆油は世界の植物油脂の26%とパーム油の34%に次ぐ消費量を占めています。肉食に対する強い需要に支えられた脱脂大豆相場が、相対的に安価な大豆油を生み、それが他の植物油に対する競争力アップとなって大豆油のシェアを伸ばしていったという図式が繰り広げられたと考えられます。
今後の需要をフォロー出来るか
しかし、そのことが新たな課題を生むことになっています。現在、経済発展を背景に中国をはじめとするいくつかの国で肉と油脂の消費量が急速度で上昇しており、その膨大な需要を賄うための穀物飼料の供給が追いつかないという心配が起こっています。FAOは世界の人口1人1日あたりの肉と植物油の消費トレンドについて、2030年に向かっての予測を出していますが、それによるとこれらの需要は今後もさらに伸びつづけるとの将来図が描かれています。さらに将来予測されている人口増加を掛け合われると大量の大豆が必要とされることを意味しているのです。
しかし、世界には大豆生産に適している農地は限られています。一方では、土壌の砂漠化や地下水の枯渇などにより栽培可能地が毎年減少している実態があります。つまり、大豆の供給量は限界に近づいているとも言えます。このような問題をどう解決していくか、このことが世界の大豆が今直面している最大の課題なのです。栽培地を更に拡大していくには、新しい環境に適応する品種改良が急がれます。さらにまた、森林の伐採などが進めば地球環境を脅かす大きな問題につながってきます。食糧やエネルギーなどには、過去にも政治の力が大きくかかわっていました。政治・経済と環境問題が絡み合って、世界の大豆生産にはまだまだ深刻な課題が内在しています。
掲載日 2019.7