加藤昇の(新)大豆の話

92. 国産大豆の生産効率

日本の大豆農家の生産性の低さはその生産コストの高さにあるといわれています。平成20年度の10a当たり平均生産コストは65,019円となり、その生産量は197kgとされています。同じ基準で他の作物と10a当たりの収益レベルで比較すると次のようになります。

 

作物品種

10a当たり利益

大豆

 31,353

112,730

小麦

 36,933

(農水省資料より)

この比較表から大豆栽培に多額の補助金が必要な様子が浮かんできているようにも見えます。さらにアメリカ大豆栽培コストと比較してみましょう。ここでも日本の大豆栽培の難しさが見えてくる思いです。

 

 アメリカの大豆農家と比べて

 私はアメリカの大豆農家を訪ねて、その年の大豆の生育状況や品質について確認して回るという経験を持っています。その時には北部の五大湖周辺のイリノイ州の農家から視察を始め、ミシシッピー川に沿って周辺の農場を見ながら河口のニューオルリンズまで、各地の農家やカントリーエレベーターを1週間以上にわたり訪問していました。私はこうしてアメリカの大豆農家の人たちと話している時によく、日米の農民の意識の違いについて強く感じることがあります。それは日本の農家は自分で決定することが少なく、政府が決めてくれた方針に従っていればいいという、「お上の言う通り」という安易さに慣れてしまっているのと対照的に見えるのです。私も稲作農家に生まれていてそのような光景を当然のごとく見て育ちました。 しかし、アメリカの農家は一軒一軒の農家がそれぞれに独立した企業であり、自分の農場に大豆・小麦・トーモロコシをどのような比率で栽培すれば利益が最高になるか、として栽培比率を決め、利益予想を立てながら効率的な農業経営に向かって組み立てているのです。そのための判断に必要な世界の穀物在庫のデーターや相場見通し、長期の気候予想などのデーターも自ら購入しながら検討し、またコンサルタントの意見も取り入れているのです。さらに収穫物をどのタイミングで売るのかも、シカゴ相場を見ながら自分で決めているケースも多いのです。彼らの農業はまさに企業活動そのものと言えます。こうしてすべてを自己責任の上に立っての経営計画に沿って運営しているのです。私はこれら日米の農家の姿勢の差に驚かされましたが、しかし考えてみればこれらはそれぞれの国の農業の成り立ちと歴史を振り返ればある程度納得ができます。しかし我が国ではその習性がいつまでも抜けずに、米余りの時代になっても相変わらず米を作り続ける日本の農家の姿が今も目の前にあります。国内の米の消費量が減って過剰となった米を相変わらず栽培しながら、自給率6%しかない大豆の栽培に真剣に向き合わない日本の農業に違和感と寂しさを感じるのです。

 

 農水省が試算した日米の大豆生産の10a当たりのコスト比較を見てみましょう。我が国のデータは平成18年度のものであり、米国産大豆は同年の2006年度(USDA)でそれぞれ日本円に換算(1ドル=100.94円)して比較しています。

 

費用項目

国産大豆

米国産大豆

国産コスト/米国産

種苗費

  853

  156

   5.47

肥料費

 1,301

   63

  20.65

農薬費

 1,219

   70

  17.41

高熱動力費

  551 

   65

   8.48

労働費

 5,210

   83

  62.77

建物自動車農機具

 2,672

  349

   7.66

その他

 9,493

  908

  10.45

以上全算入生産費

21,299 

 1,345

  15.84

粗収益

14,279

 1,233

  11.58

10a当たり収量kg

  171

   308

   0.56

1戸当たり作付け面積a

  139

12,262

   0.01

 

 このコスト比較表からは日本の生産コストの高さが明らかであり、アメリカ大豆に対して単位面積当たり16倍近くのコストがかかっているのです。日本のコスト高の原因の一つは生産規模の差によるものと想像しています。この100倍近い生産規模による影響は全ての項目に反映されるものと考えられます。

 しかしこれらの日米の生産コスト差を全て農民の生産効率に押し付けるわけにはいかない側面もあります。日本の大豆生産は自国の大豆食品を作るために栽培しているものであり、自給自足的な色彩が強いのに反してアメリカの大豆生産は、半分は自国の大豆産業の原料として消費していますが、多くの部分は海外に輸出して外貨を獲得する戦略物資と見ることもできるのです。アメリカの農業は大豆だけに限らず小麦もトーモロコシも外貨獲得に欠かせない産業と見ることもできます。そのためにアメリカ政府は日本以上に農民に対する各種の保護政策を展開しているのです。近年で言えば国内で起こった洪水による大豆生産量の減少に対する保護や、中国との貿易戦争による輸出量の減少に対する保護など、農民の生産意欲を低下させないような仕組みつくりを多岐にわたって用意しているのです。また、輸出にドライブがかかるように海外の農産物よりも安価で競争力が強化できるように輸出補助金なども用意されています。これらに対して国際マーケットにおいて問題視されることが少なくありませんが、アメリカ政府は自国の農民を手厚く保護しているのです。こうしてアメリカ大豆は国際競争力を維持しているのです。
 一方、我が国では大豆は米と共に基本的な国民の食糧であり、その安定的な供給は政治の基本になっています。そのために限られた国内の農地をどう利用するかを選択した時に、米は国内生産で自給体制をとるが、大豆は基本的に輸入でまかなうという選択をしているのです。そのために、明治32年にはわが国の大豆の生産保護のために設定した大豆に対する輸入関税も昭和36年以降徐々に低減していき、昭和47年には無税としているのです。つまり米は高い関税で輸入米を阻止していく一方で、大豆は関税ゼロで輸入大豆を安価にしているのです。こうして日本は安定した米の生産と安価な大豆を調達できるシステムを作っていると言えるでしょう。その結果国産大豆は高生産コストと安価な国際相場にさらされ自給率6%を脱することに四苦八苦していると言えます。

実は、かつての大豆王国だった中国も、今や大豆の輸入大国となっているのです。中国国内の農地で栽培できる穀物生産量で12億人の食糧をどう賄うかを考えた時に、大豆は海外からの輸入に頼る選択をしているのです。

 

 掲載日 2023.8

 

 

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