加藤昇の(新)大豆の話

9. 大豆と共生する根瘤菌の不思議

春になると田んぼや道端にれんげの花が咲きそろう風景は一昔前の懐かしい日本の景色でしょう。れんげはマメ科植物であり、その根には大豆と同じ根瘤菌が共生して棲み付いているのです。根瘤菌には空気中の窒素ガスを取り込んで寄生植物に供給するという能力があるために、緑肥として農地の地力回復に役立っているのです。マメ科植物に共生する根瘤菌にはこのような不思議な力が備わっているため、大豆は肥料分の少ない痩せた土地でも空気中の窒素分を補給しながら生育できる力を持っています。このように痩せた土地でも栽培できる特徴を持っているために将来の人口爆発に対応できる作物として期待されているのです。

マメ科植物に共生する窒素固定菌が供給できる窒素の量は1ha当たり225kg/年とされています。これは小麦やトーモロコシに与える年間の窒素量に相当するほどであり化学肥料にとって代わるほどの力強い働きがあるのです。

 

  この根瘤菌には不思議な働きがあることは近年の研究で次々と明らかとなってきています。その一つが窒素肥料との関係にあります。根瘤菌は土壌の中に窒素分が少ないときには精を出して空気中の窒素ガスを取り込んで固定しますが、土壌中に窒素分が多いと固定作業を控えるようになり、根瘤菌も弱ってくるのです。さらに、大豆の葉に含まれる窒素分が高ければその分、根における根粒活性も低下することが確かめられています。このことは大豆に窒素肥料を過剰に与えることは根粒菌の働きとその活性度を弱めてしまうのです。つまり、生育の良い大豆への窒素追肥はかえって逆効果であることを示しています。微生物にとって窒素固定作業をすることは大きなエネルギーを使うことになるのです。そのために大豆植物にとって窒素分が不足しそうだという状況が生まれないと作動しないようにシステム化されているようです。

 

また、根瘤菌がどうやってマメ科植物の根を見分けて寄生するのか、というメカニズムも明らかになってきています。大豆の場合、根粒菌は根の先端に付着して侵入し、根の組織が伸長するにしたがって増殖をして窒素固定を行なうようになります。根粒菌の中には大気中の窒素をアンモニアに変換するニトロゲナーゼという酵素が含まれており、この働きによって空気中のガスを窒素源として大豆に栄養分を提供しているのです。このように根瘤菌が大豆の根を見分けられるのは、大豆の中に含まれているレクチンの働きであると言われています。

 

地球は大量の窒素ガスに囲まれているので、そこに育つ植物は簡単に窒素ガスを自分の栄養源として利用できそうに思われますが、そこには厚い壁があるのです。大気中の窒素の2原子構造をつなげる三重結合は非常に堅くて、その鍵を外すことが難しいのです。この堅く結合している窒素結合を二つに分けて水素か酸素とつなげると初めて水溶性のアンモニウムイオンか硝酸塩のどちらかになって植物は利用できるようになるのです。この空気中に存在する窒素ガスを植物が利用できる水溶性窒素化合物に変換できるのがマメ科植物と共生している根粒菌です。厳密に言えばマメ科植物以外でも若干の窒素固定菌は見つけられていますが、現在我々が利用している多くの窒素成分は根粒菌によってもたらされたものと考えることが出来ます。

一度植物に取り込まれた窒素成分は、それ以降は植物の腐敗などによって土壌に還元されて自然界の中をリサイクルしながら繰り返し利用することが出来るのです。あるいは人や動物に食べられて体内に入った窒素はアミノ基などに形を変えてタンパク質などとして利用され、それらは再び自然のリサイクルの中で窒素源として循環していくことになるのです。人間を含む生物の体に含まれている窒素と炭素は、元もとは空気中にあったものから取り込んだものであり、酸素と水素は植物が水を分解して利用しているのです。その橋渡しをしている主なルートは、窒素はマメ科植物の根粒菌によるものであり、酸素は葉緑体の働きで利用できるようになっているのです。

 

植物にも、人が栄養として摂取するたんぱく質と同じように「最少律」という見方があります。植物の成長に必要な炭素と窒素原子は大気に含まれる成分に由来しており、水素と酸素は水からもたらされ、それ以外の微量成分は岩石などから供給を受けるのです。そしてこれらの成分のうちで植物の成長に必要な栄養分の内、その必要量に満たない成分によって植物の成長は制限を受けます。これが最少律の考え方です。そしてこの内でも窒素は植物の成長にとって影響力の大きい大切な要素なのです。だから窒素固定菌と共生することが出来たマメ科植物の優位性は際立っているのです。そして根粒菌はマメ科植物に与えた窒素分の余りを周辺の土壌中に貯めてくれているのです。古代において窒素肥料もなかった時代にあっては周辺にマメ科植物が自生いたかどうかは、周辺に育つ小麦などの作物栽培にとっては大いに影響を受けていたと考えられます。こうしてマメ科植物が育っていた地域には食糧生産が盛んに行われて富が蓄積し、古代文明が芽生えていったと考えられています。世界の古代文明が生まれた地域には各種のマメが栽培されていたのは全くの偶然ではないと思われます。

 

このように根粒菌は優れた窒素固定能力によって農業生産的にはもちろんのこと、地球環境的にも大きな働きをしているのです。現在地球上では年間18千万トンの窒素が主にマメ科植物によって固定されて利用されている計算になります。一方、工業的には電気エネルギーを使って年間8千万トンの窒素肥料が生産されていますが、これに要する石油燃料は約7億バレルであると言われており、マメ科植物の果たしている役割は計り知れないものがあるのです。

 

 根瘤菌の持つこれら有用な性質をマメ科植物に留まらず、広く農業生産全体に活用できるようになれば、現在の石油に依存する化学肥料から離れて、真に地球環境にやさしい農業へと近づくのではないかと期待されています。そして宇宙船地球号で既に始まっている人口爆発に救いの道を開くのみならず、将来窒素濃度の高い大気に覆われている星に人類が降り立つときには根瘤菌は食糧生産の切り札になるのではないかと想像するのです。

 こんな便利な窒素固定菌が我々人類も利用出来たらと想像してしまいますが、これに似たような働きが注目されています。例えばパンダという動物は竹や笹の葉だけを食べていても体内に筋肉などの窒素を原料としたタンパク質や必要な脂質、さらにはビタミンなどを作り出すことが出来ます。またコアラはユーカリの葉だけを食べていても体に必要なすべての栄養素を作ることができるのです。これらは腸内細菌の中に窒素固定菌が棲み付いているからではないかと考えられています。またパプアニューギニアの高地に住む原住民の中にはサツマイモだけを食べていて筋肉質の体を維持していることが知られています。これらも窒素を固定する腸内細菌の働きによるものだと考えられています。このように限られた環境のなかではあるが窒素固定菌が働いているのではないかと想像させる現象がいくつか見られています。これらについてはこれからの研究に期待していきたいと思っています。

 

                    掲載日 2021.7

 

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