加藤昇の(新)大豆の話
88. 地球の生産能力(つづき)
土壌学の専門家である松本聰教授の提唱されている土壌の持つ潜在能力から見た穀物生産力について考えてみましょう。地球を北極から南極まで縦に眺めたときに、最も穀物の生産性が高い地域は温帯地域になりますが、当然のことながらその地域が経済的にも最も発展しており、そこに工場、住宅、道路などが集中することによって、地球の耕作面積を犠牲にしているということです。日本、米国、EUなど温帯地方に位置している土壌はそこに蓄積する有機物とそれを分解する土壌細菌の働きの間にバランスがとれており、自然のリサイクルが循環して農産物を生産するのに最も適した土壌となっているのです。この地域より両極にずれることにより、気温も下がり土壌細菌の分解能力が低下するために栽培作物に十分な栄養を供給することができなくなるのです。また、熱帯地方にずれると土壌への蓄積量よりも土壌細菌の分解能が勝るために栄養分の流失がおこり、結果として作物の生育に支障をきたすことになります。
ところが、皮肉なことに、このような作物生産に適した地域には、先にも触れたように、経済発展と共に農地の侵食が盛んとなってしまうのです。このことは日本の風景を想像すると簡単に理解できますが、このような農業生産に適した農地が工場の敷地となり、さらにそれらを支える鉄道や道路、住宅に姿を変えてしまうのです。日本は戦後、農業国から工業立国へと舵取りをしたために先進国の中でも際立って高い農地の減少率を示しています。他の温暖気候の国々は農業生産を国の経済のひとつの柱としているために、高い食糧自給率を示しています。現在の世界の食糧供給はこれらの国によって支えられているといえるでしょう。
では、これらの国の穀物生産力は今後ともに継続していけるのだろうか。世界の土壌荒廃度を見ると、土壌はその組成によって若干の差がありますが、肥料を与えなければ年を経るに伴って穀物の生産力が低下してきます。アフリカや南アメリカを中心に広く分布しているオキシソルという亜熱帯土壌は日本の山岳地帯の赤土と同じで有機物が乏しく、作物生産力が急速に低下する土壌です。アフリカ諸国に土壌の荒廃が起こっているのもこの土壌によるものです。逆に、日本の土壌が荒廃していないこともひとつの特徴的です。これは、日本が海外から多くの食材を輸入していることによって、国内では無理な農業生産をしていないことによるものと考えることも出来ます。また、消費者の安全・安心指向により国内農家の土壌管理に対する取り組み姿勢が現れている結果ということも出来るだろう。
現在、世界の大豆生産の中心となっているブラジルの土壌も、腐植含量の少ない赤黄色の土壌であり、すでに土壌侵食が始まっているともいわれています。このように亜熱帯地域に属するブラジルの大豆生産地帯は、今後の地力維持、土壌浸食など、多くの課題を内在していることも念頭に入れておく必要があるでしょう。今まで世界の穀倉地帯といわれていた地域の土壌荒廃はすでに相当進んでおり、今後の生産力維持は肥料の力だけで支えられるかどうか不安なところだというのです。
日本の消費者にとって世界の食糧生産に赤信号が点灯していることはなかなか理解しにくいことかもしれませんが、すでに食糧価格の高騰という形で私たちの身の回りに押し寄せてきているのも、その一端かもしれません。私たちは今、イソップ物語のキリギリスの役を演じているのかもしれません。食べものが乏しくなる厳しい環境は目の前に押し寄せてきています。海外から大量に輸入している食べものを無駄にすることなく大切にしていく心構えこそが必要です。また、これからの厳しい環境、衰えた土壌で生育できる作物への品種改良はさらに重要度を増してくることでしょう。
掲載日 2019.7