加藤昇の(新)大豆の話

79. アメリカにおける大豆食品の動向

アメリカの大豆生産は1954年に中国の生産量を抜いて以来、現在に至るまで世界最大の大豆の生産国となっています。また、大豆の輸出国としても急進国ブラジルと肩を並べて世界の大豆需要を満たしています。ところが、不思議なことに彼らは大豆をそのままでは食べませんでした。最近になって大豆の健康効果が知れ渡ってきたので枝豆などいくつかの大豆食品が食べられ始めているようですが黄粉、煮豆などはまだのようです。我々日本人の感覚からすると、これだけ大豆が身の回りで栽培されているのだから、さぞアメリカ人は大豆を食べているだろうと思うかもしれないが、大豆栽培の長い歴史の中でアメリカ人が大豆を食べようとトライした形跡はほとんど見当たりません。このことは他の大豆生産国であるブラジルやアルゼンチンにしても同じ状況です。これらの国に住んでいる日本人を含めたアジア系人以外は大豆を食べていないのです。勿論アメリカ人は大豆の中に良質のタンパク質や油脂が含まれていることは我々と同じくらいに理解しているのです。それだけではなく、大豆タンパク質が健康維持に有効であることについては政府が推薦をしているほどです。1999年にFDA(米国食品医薬品局)が大豆の健康機能、とりわけ心臓病・脳卒中の予防に有効であることについてキャンペーンし積極的に摂取するように推奨しているくらいです。このことによって国民の中に大豆の健康機能についての認識は大きく広がり、2000年には76%の国民が大豆の有効性を認識しているというデーターもあるほどです。

当然のこととしてアメリカの中に健康を意識した大豆食品ブームが起こっています。市場伸び率の高い大豆食品は、豆乳、チップス、エナジーバー、機能性飲料、パスタ素材、冷シリアル、ヨーグルトなどなどであり、ダイズベースの肉代替製品も浸透しています。そして、そのほとんどの製品が心臓病の予防に有効である、とするFDAの健康機能表示を記入しているのです。FDAの大豆機能についての発表後の数年間は年率30%の伸びを示すなど、まさに大豆ブームの様相を呈していました。これらの食品は単に心臓病に対する健康機能の訴求だけでなく、男性向け商品にはパワーアップ源としてのイメージが、また女性向け商品にはヘルシー感を強調したプロモーションの展開が消費者に受け入れられたということも出来るでしょう。ではアメリカ人の大豆食品とはどんなものだろうか。それは大豆そのままを食べているのではなくて、大豆から抽出したタンパク質を素材とした加工食品を食べていると言うことも出来ます。

 

 そもそも大豆からタンパク質を取り出して利用するという大豆蛋白技術はアメリカにおいて発達してきたものです。それまでのアメリカでは、もっぱら大豆油の原料としての利用法か畜産飼料用原料が大豆の主な利用方法でした。豆腐、味噌といった大豆食品の歴史がないアメリカでは、そもそも大豆の蛋白というよりもソイプロテインという感覚で大豆の価値をとらえていたのです。そのソイプロテインとしての歴史がFDAのキャンペーンによって急速に消費者に受け入れられるようになったと言えるでしょう。消費者調査によっても、1週間に1回以上大豆食品を摂取している人が、1998年の15%に対して2000年には27%と倍増しています。このような消費者の変化にケロッグ、クラフト、コナグラ、ハインズ等の大手食品メーカーがこぞって大豆食品に参入して、新商品を続々と市場に登場させて急成長を支えてきたのです。そのため、大豆商品の市場は一気に拡大し、10年前に5億ドル程度であったものが2004年では約40億ドル(約4,800億円)にまで拡大しています。しかしその伸び率も現時点では、豆乳を除いて徐々に落ち着いてきているように見えます。

豆乳市場は2004年に10億ドル(1,200億円)市場に成長し、5年後の2009年には20億ドルまで拡大すると見られています。この成長には、ミルク・カートン(いわゆる牛乳パック)入りの冷凍保存豆乳の市場登場が大きなインパクトとなっているようです。日本の豆乳市場は2005年時点で530億円と予測されており、1人当りの購入金額はすでに日本並みと言える。大豆の肉代替製品としては、バーガーやホット・ドッグ、鶏肉の肉代替製品など多くの製品が販売されており、大手食品会社が激しく競り合っている分野でもあります。大豆の肉代替製品の小売店での売り上げは、約4.5億ドルとされ、今後も緩やかな成長が想定されています。豆腐の売り上げは大豆ブームとして急速に伸び約7億ドルにまで達したが、大豆タンパクの肉代替製品が消費者の間に浸透するに従って伸び率は縮小に転じているのが実情のようです。やはり、豆腐は大多数の米国人にとって、現在も調理しにくい、あるいは調理方法のわからない製品かもしれません。しかし、最近の調査によれば、アメリカで急速に伸びてきた大豆タンパク食品も豆乳を除いて、伸び率が鈍化してきているようである。その主な理由として、アメリカ人の注目を集める新たな大豆食品が開発されていないことにある、と言われています。

 

しかし、同時にアメリカにおいて新たな動きも出てきています。それは日本に生まれた、リポキシゲナーゼを含んでいない大豆の栽培がアメリカ南部で始まったことです。アメリカ人が大豆を食べない最も大きい理由の一つは、大豆の持つ独特な臭いにあります。エルスターと名づけられたこの大豆にはこの大豆臭がなく、アメリカ人に食品大豆への新たな道を開くかもしれないという期待があるのです。この特別な性質を持つ大豆種子の特許は日本が持っているものであり、大豆をそのまま食べる習慣のない欧米人に、このエルスターが広がってくれば、わざわざ畜肉を経由せずに直接に大豆タンパクが摂取が出来るようになるかもしれません。

穀物を飼料として与えて動物タンパクとして摂取しようとすれば、肉の7倍量の穀物を家畜に与える必要があります。大豆を食べなれていない欧米人がエルスターによって大豆が食べられるようになれば世界の食糧需給に新たな可能性を開くかもしれないのです。

 

 掲載日 2019.7

 

 

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