加藤昇の(新)大豆の話

76. 作物にとって望ましい肥料とは

 一方、このような化学肥料を土壌に撒き続けることの不合理性を指摘した科学者がいます。ハーバーとボッシュによってつくられた化学肥料の硫安によって収穫量を上げて世界の称賛を受けていた頃、イギリス人の農学者サー・アルバート・ハワードは有機物を土壌に戻すことによって土壌の肥沃度を回復させ、作物の収穫量と病害虫による減収を解決するという方法に成功していたのです。ハワードは自分の研究を実際の農場で確認するためにインドの植民地政府の研究機関に移り、30haの農地で試験を繰り返しました。そこで特に関心を持ったのは、耕作法を変えると収量がどのように増え、昆虫、菌類、病気に対して植物はどう反応するかということでした。そこでハワードは30年間に余る研究を進めてまったく新しい結論に達したのでした。

 それは、作物を病害虫から守るために殺虫剤や除草剤を使用すると作物が健康に育ちにくくなり、さらに多くの農薬が必要になることを見出したのです。昆虫と菌類はむしろ生物界の清掃係であり、傷ついたり弱った作物を取り除いてくれることに力を貸してくれているに過ぎないのです。農薬を与えることは、その症状に対しては対処することが出来るが、原因には対応できていないのです。ハワードによれば、化学製品を使う近代農業は作物を病気にかかりやすくする道を進んでいることになるのです。むしろ植物性廃棄物と動物性廃棄物を混ぜて堆肥を作り、これを綿花畑に入れることによって数年のうちに収穫量は大幅に増加し、病気はほとんど姿を消してしまうという結果を得たのです。この成果に基づいてさらに綿花、茶、砂糖の大規模プランテーションで試験を展開し、その成果をさらに明らかにしていったのでした。 ハワードが到達した結論は、土壌肥沃度の維持が有益な土壌微生物を育て、作物を健全に育てるというものでした。

 

 ところがハワードはここで大きな逆風に合うことになるのです。大量の堆肥を圃場に入れることにより収穫が伸び、病気が少なくなったことによってプランテーションの所有者からは大いに感謝されますが、農薬や化学肥料をビジネスにしている肥料、農薬会社にとってはむしろ邪魔な結論となったのです。また、従来の化学肥料の理論に基づいて研究をしている化学者たちも、自分たちの研究の意義を失ってしまうことになってしまうことになったのです。ハワードが得た明確な成果は周囲からは全く無視される状況になってしまいました。ハワードの主張は植物と動物の廃棄物で堆肥を作り、あとはこれらを利用する微生物に任せれば作物は順調に育ち、収穫も改善されるということですから、まわりからは賛同者がいなくなってしまったのです。しかしハワードは、化学肥料を土壌肥沃度の基準としていたらやがて必ず失敗するであろうと確信しています。

 

 このハワードの理論に基づいて考えれば、硫安を使って作物の収穫をあげるよりも大豆粕などの窒素分を多く含んだ植物体を土壌に戻して土壌微生物の働きに託した方が、病気に強い健全な作物が得られることになることになります。地球上の窒素は全てその元は空気中にある窒素ガスを原料とするものです。これを窒素固定菌などの土壌微生物によって生物が利用できる水溶性窒素化合物に変えて植物に取り入れており、その植物を食べた動物の体内でアミノ酸などの栄養となっているのです。そしてこれらは排泄され、腐朽して土壌に戻され、再び微生物により植物に吸収される形に戻されて循環しているのです。この自然界の循環を乱す行為を続けることは、結局は植物が健全に育つ環境を崩してしまうことになるのです。はたしてこれらハワードの研究成果が大豆栽培に生かせる時代が来るのでしょうか。

 

 掲載日 2019.7

 

 

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