加藤昇の(新)大豆の話

71. 日本大豆と満州大豆

我が国の大豆は縄文時代の昔から綿々と栽培が続いてきており、その栽培面積も時代とともに拡大していったと考えられます。しかし日本の社会では稲作が農業の中心であり、大豆は稲作と栽培時期が重複しているためにどうしても大豆の栽培が後回しになり生産量が追い付いていけない状態が続いていたと想像されます。特に江戸時代の経済はまさに米本位制とも称され、各藩で生産されるコメの石高が経済指標となって藩の経済力を示していましたから、日本中で米作りに懸命となり、大豆生産はその余りで細々と作られていたようなものでした。

それでも、古い農水省の統計によれば日露戦争当時(1905年)の国産大豆生産量は年間42.1万トンであり、現在の2倍近くあったようです。そして国内での生活水準の向上と共に大豆消費量も徐々に増大していき、それが国産大豆の増産につながって1920年(大正9年)には国産大豆の生産統計の最大値となる55.1万トンを記録するに到ったのです。ところがこの頃から国産大豆は満州大豆に押され始めることになります。この頃の満州大豆の輸出は急速に拡大し、安価な満州大豆が国産大豆を駆逐していくことになりました。こうして我が国の大豆調達は完全に満州大豆に依存してしまう形になってしまうのです。一時は55万トンまであった国産大豆も衰退の一途をたどり30万トンを切るところまで下がり、終戦の年(1945年)には17万トンにまで減少していきました。太平洋戦争の終戦の前年には満州からの大豆輸入は93万トンとピークに達しており、大豆の供給はまったく満州に頼りきった状況までに達していたのです。

 

戦後はアメリカ大豆に依存

2次世界大戦は日本の敗戦で終わったことで、わが国は頼りにしていた満州という大豆の供給元を完全に失ってしまうことになります。急遽国内の農家は稲作と並行して大豆の生産にも力を注ぎ、その努力の結果、終戦後5年目の1950年には45万トン、1955年には51万トンと生産量を回復することが出来たのですが、それでも国内における大豆の需要には追いつかず、アメリカからの大豆輸入に頼っていくことになるのです。

大豆の輸入は1945年の終戦の年を境にして満州大豆から急転してアメリカ大豆に切り替わっていったのです。そして終戦の年にはアメリカ大豆を3,441トン輸入しています。ただし、これは正常な経済活動の中で行われた大豆輸入とは少し様子が違っており、極度な食糧難の中での暴動を恐れてのアメリカによる緊急避難的な大豆輸入だったとみられています。その後アメリカ大豆の輸入は、アメリカ国内での生産拡大により、その輸入量は1953年からは増加の道をたどることになります。アメリカは1954年には余剰農産物処理法を制定し、国内で余剰になった農産物を海外の支援にまわす体制を整え、その最初の恩恵を得るのは日本でした。当時は伊勢湾台風によって農家の被害も多く、アメリカからの支援によってどうにか立ち直ることが可能となったのです。1960年にはわが国の大豆輸入量は100万トンを突破し、1965年には200万トン突破し、1969年に300万トン突破と拡大のテンポを速めていったのです。当然のことながら国内での大豆生産は低調になり、大豆はアメリカに完全に依存する形となっていったのです。1977年には400万トンを超え、1996年にはついに輸入大豆は500万トンを突破していったのです。

 

現代の大豆の調達

現在は日本の輸入大豆はどこからきているのか、農水省の統計資料から見ると、2017年の大豆輸入総量321.8万トンの73%にあたる234.8万トンの大豆はアメリカから来ており、次に多いのがブラジルで16%52.1万トン、続いてカナダの10%32.2万トンとなっています。今や中国は国内での大豆生産に力を入れ、年間1600万トンの大豆を生産していますが、それでも世界最大の大豆不足国であり、年間9,000万トンの大豆を輸入しているのが実態です(2018年)。80年前には大豆の輸出大国として世界に君臨していた中国は今や世界最大の大豆輸入国になっており時代変遷の激しさを感じさせられます。

 

輸入食品大豆の品質管理

輸入される食品用大豆は、主にアメリカの大豆生産農家が日本の各企業と個別に契約を結び、日本の食品加工に適した「遺伝子組み換えでない大豆」(non-GM大豆)を栽培し、遺伝子組み換え大豆とは別のルートで日本に輸出しているのです。その品種もバラエティに富んでおり、豆腐用大豆とか納豆用大豆など用途に応じた品種を栽培して日本の顧客に届けており、その品質のレベルは国産大豆に引けを取らないハイレベルにあります。

私はアメリカで生産されている、日本向けの食品大豆の現場を多く見てきています。これらの契約大豆は大豆畑で収穫されると、農家の近くにあるカントリーエレベーターに搬入しますが、その時にサンプリングして7種類のたんぱく質を検出する検査を行い、遺伝子組み換え大豆特有のたんぱく質が含まれていないかどうかを確認します。そしてこのサンプルは後日の再検査が必要になった時のために保存されているのです。さらに輸出港であるニューオルリンズに向けてバ―ジ(はしけ)に積み込む前には第三者機関によって、より精度が高いポリメラーゼ連鎖反応法(PCR)による厳格なたんぱく質検査を受けています。これらの契約栽培の食品用大豆は周辺の遺伝子組み換え大豆と混じらないように細かな配慮がされており、その分プレミアム価格として一般大豆に比べて高価格になっており、それらの費用は結果的には日本の消費者が払っていることになっています。それでも国産大豆の価格に比べても割安となっているのです。国産大豆は栽培規模がアメリカの農家に比べて小規模であり、どうしてもコスト高になっています。これら契約栽培によるnon-GM大豆は私たちが漫然と想像しているよりもはるかに厳格に分別作業が行われているのです。

 掲載日 2019.7

 

 

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