加藤昇の(新)大豆の話
61. 大豆レシチンについて
レシチンは大豆の代表的な成分の一つです。レシチンの歴史は古く、最初に発見されたのは1717年で脳の成分としてでした。その後もレシチンの研究は続き、1850年に卵黄からリン脂質を分離し、この物質に卵黄を意味するギリシャ語からレシチンと命名したのです。工業的に最初に大豆からレシチンを取り出したのは大豆油の精製工程からによるものでした。大豆油の濁りを取り除くために大豆原油中にある粘質物を分離し、そこからレシチンを取り出しています。
レシチンの健康機能も古くから知られていました。レシチンが体を作っている細胞膜の構成成分であることから、細胞膜の流動性、柔軟性を通じて体全体の調節に直接関与すると共に、いくつかの生理活性機能を発揮しているのです。多くの臨床試験で、動脈硬化の予防および治療、血清コレステロールの低下、HDLコレステロールの増加とLDLコレステロール降下、血液粘度低下と血流改善などいろいろな効果が認められています。この他にもリン脂質の摂取により、低下している免疫力を回復させる効果も報告されています。
レシチンは大豆の代表的な健康成分の一つです。105歳まで現役医師として活躍された聖路加国際病院の名誉院長であった日野原重明先生は、自分の健康のために大豆レシチンを毎日とり続けていたことは有名です。レシチンは「ブレインフード」とも呼ばれ脳の活性化や老化を予防する機能性食品とみられています。人の脳の重さは約1,300gありますが、その脳から水分を取り除いた乾物重では、その50%が脂質であり、そのほとんどがレシチンです。脳神経をとりまく軸索はレシチンで作られているからです。レシチンには脳の神経伝達物質であるアセチルコリンの原料を提供するとして、これを摂取することによって改善が期待されている脳機能として、理解力、記憶力、集中力、感情の安定、認知症の予防、脳梗塞・脳出血の予防などが挙げられています。一般にブレインフードと言われる食べ物として大豆のほかにクルミ、青魚、卵黄などがありますが、その中でも大豆が最も優れているとされています。
レシチンはいくつかのリン脂質の混合物で出来ていますが、それぞれのリン脂質にも、それぞれに健康機能が知られている。主なリン脂質には、フォスファチジルコリン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミンが知られています。
フォスファチジルコリン(PC)には、肝臓機能を調整する働きが知られており、アルコールや薬などで障害を起こした肝臓細胞の修復、更新、再生し、肝臓の回復を加速させる働きがあります。
フォスファチジルセリン(PS)には大脳皮質中における神経伝達物質を活性化する働きがあり、加齢に伴う海馬の樹状突起の働きを維持することが知られており、老齢になってからの神経細胞の活性化に効果を示しています。さらに神経伝達物質の再合成速度を高めアセチルコリンとドーパミンの放出を回復させ、細胞内の伝達機能を維持しています。このようにPSはヒトの学習、記憶、および認識機能を維持する働きを演じているとされています。PSが動物組織の中で脳の中に一番多く存在しているのもそのためであろう。PSを多く含んでいるところはウシの脳、魚のサバ、うなぎ、そして大豆などなのです。
フォスファチジルイノシトール(PI)は細胞膜構成の必須成分です。PIに結合しているイノシトールは生長因子であり、植物の種子や花粉の中にも存在する物質でもあります。人の組織中でイノシトール含量の最も多いのは脳で、次いで骨格筋肉、腎、脾、肝、心臓の順です。PIの健康機能として成長促進作用、脂肪肝、肝硬変の予防、動脈硬化予防作用などの働きが知られており、総合ビタミン剤、肝臓強化剤などの医薬にも用いられています。特に母乳の初乳にはこの物質が多く含まれており、そのため乳幼児の発育に不可欠な因子であると考えられています。
レシチンはリンと結合している複合脂質です。油脂の摂取が少なくなればレシチンの摂取も必然的に減少していきます。近年は肥満やコレステロールが高くなることを恐れて、飽和脂肪酸の多い動物油脂を減らすだけでなく、大切な魚油、植物油まで控える人達が増えています。これでは体を作るレシチンは不足しがちになり体調を崩してしまいます。大豆も大切なレシチンの供給源であることを時々思い出してもらいたい。
この脳機能改善効果のほかにも体の細胞膜などの主要な素材としての働きもあります。細胞は外側に水系の端子を並べ、内側には油系の端子を並べた二重膜を作りながら細胞質を保護しています。レシチンはこのように親水性の部分と疎水性の部分を持っておりリポソームの形態を保つことが出来る特性があるのです。この性質を利用してレシチンは日本では医薬品添加物として、アメリカではGRAS物質としてその安全性が認証されています。
掲載日 2019.7