加藤昇の(新)大豆の話
60. 大豆イソフラボンの光と影とエクオール
大豆イソフラボンにたいするマイナスの指摘もあるので、この不安部分についても触れておきたいと思います。2006年3月に開かれたわが国の食品安全委員会で大豆イソフラボンの摂取の仕方について注意を促す安全性評価が出されました。食品安全委員会から出されたのは、特に妊婦や子供については大豆イソフラボンの錠剤やサプリメントの摂取については十分注意するように、との警告でした。
アメリカ国立保険健康機構(NIH)から大豆イソフラボンと妊娠についての動物実験の結果が発表され、受精メカニズムを乱す可能性を指摘しています。1946年、大量のクローバーを摂取したニュージーランドのヒツジに不妊が報告されて以来、種々の動物で植物性イソフラボン類の大量摂取が生殖機能に異常をもたらすとの報告もあります。これらのデーターがどの程度人間と関連しているかについては明らかになっていませんが、該当する人たちにとっては十分に注意しながら適量の摂取を心がけておくべきでしょう。また、少女の初潮期を早めたり、胸のふくらみを早める現象も観察されています。その他、イソフラボンには胸腺を萎縮させて免疫力を低下させるという研究もあります。
大豆イソフラボンのサプリメントとしての目安は、日常的な大豆食品の摂取に加えて「1日30ミリグラム」を目安とするとしています。しかし、今回の食品安全委員会が取り上げた懸念は、1日150ミリグラムを5年間毎日飲み続けたときのデーターであり、動物実験も大豆イソフラボンを大量投与したときの生殖機能の異常を取り上げたものです。勿論、このようなデーターの読み方に異論を出している研究者もいます。私たち東アジアに住む人々にとって大豆は長年にわたって日常的に食べている身近な食品であり、このことによって妊娠が抑えられたという現象も観察されていません。しかし、種々の状況を判断しても大豆イソフラボンをサプリメントとして利用するのは、体内に女性ホルモンが減少する中年期以降が安心かもしれません。
いずれにしても食品として長年大豆を食べてきた我々民族にとって、今までは不妊の懸念などについては指摘されてきませんでした。しかし、国の食品安全委員会からの警鐘は、もし「肌の若さを保つ」などの言葉に若い女性たちがひきつけられてサプリメントなどに頼ることの危険性に対する警告と受け止めておく必要があります。
エクオール
エクオールは大豆に含まれている物質ではなく、大豆に含まれているイソフラボンが私たちの体の内にあるラクトコッカスという腸内細菌の働きによって作り出されてくる物質です。だから大豆に含まれる物質ではありませんが、大豆を機能性食品としてみていくときには無視できないものです。
エクオールとはイソフラボンが変化したものですが、今までイソフラボンの働きと考えられていたいくつかの健康機能がエクオールによるものであったことが分かってきています。イソフラボンといってもひとつの物質ではなく似たような形をした12種類の物質の総称なのです。そのなかの主要な成分であるダイゼインが腸内細菌の働きによってエクオールに変るとされています。エクオールのほうがイソフラボンよりも女性ホルモンとしての働きを示すエストロゲン活性が高いことが分かっています。それはエクオールと女性ホルモンの型が似ているために体内で起こる現象です。しかし、厄介なことに大豆製品を食べた人全員にこのエクオールが出来るのではなく、日本人で約半分、欧米人では3割の人しかエクオールに変換出来ないことがわかっています。なにが原因でそうなっているのかはよく分かっていませんが、腸内細菌によってエクオールが作られることから、その人の腸内細菌の状態が影響しているのではないかと想像されています。そのために日常の食生活で大豆食品を長年食べ続けている人にエクオール産生能力が高いことが見られます。そのような食習慣がある人にはエクオール産生菌が増えてくるものと考えられます。さらにそれらの善玉菌のエサとなるオリゴ糖、例えばゴボウやタマネギなどを一緒に食べていると効果が高まることも知られています。実験結果でも乳酸菌飲料などを摂取している人や善玉菌のエサとなるオリゴ糖を摂取している人にエクオール活性が高まっていることを見れば腸内細菌の状態が影響していることは充分に想像されます。自分にエクオールが作られているのかどうかは自分の尿を検査してもらうことによって知ることが出来ます。人によるデーターからは、エクオールの尿中への排出量によって更年期症状の程度がわかることも明らかにされています。たとえば更年期症状の軽い人(更年期診断スコア15点未満)は尿中へのエクオール排出量が16.3μmol/日であったのに対して更年期症状の重い人(更年期診断スコア15点以上)は4.9μmol/日しかなかったというデーターも示されています。
エクオールの働き
女性ホルモンであるエストロゲンが減少した更年期の女性の体内では、本来なら女性ホルモンが働いてからだの機能が正常に保たれるところにエクオールが代わりにくっついて女性ホルモンの代役を果たしてくれるようになります。このようにしてエクオールは閉経による更年期障害を和らげるだけでなく、たとえば骨粗鬆症や乳癌・前立腺癌、高血圧などの予防と改善についても期待されています。また脂質代謝にも影響していることもわかっています。そのためエクオール濃度の高い人ほど血中コレステロールやトリグリセリド低下効果が顕著であり、動脈硬化や脳梗塞の危険度が低下するとされています。また、エクオールは皮膚のコラーゲンを増してシワを防いだり肌の若さを保つという美容にも貢献していることもわかっています。
端的に言えば日常どの程度大豆食品を食べ続けているかがエクオールを作れる腸内細菌を育てることにつながっていると言えます。そしてそのエクオール産生菌が元気になるようにエサとなるゴボウや黄粉、玉ねぎなどのオリゴ糖を取り入れることがポイントになると考えられます。
骨粗鬆症はエクオールに期待しなければならないときもありますが、本来ならば若いときに充分な骨量を蓄積しておくことこそ大切なことです。骨量は女性も男性も若い時期をピークにして年齢と共に減少していくことは避けられないのです。そのために男性なら30歳代までに、女性なら20歳代までに充分な骨量を確保しておくことが大切です。それには若いときにたんぱく質やカルシウム、マグネシウムを意識したバランスのとれた食習慣と、運動による骨に対する負荷などをおろそかにしないことです。また、ある程度の日光浴も健康のためには必要なのです。納豆菌に含まれているビタミンK2も骨代謝を改善してくれる大切な食品ということが出来ます。近年の食生活の変化で若い人のエクオール産生割合が低くなっているとも言われており、今後の乳癌・前立腺癌などの増加につながるのではないかと心配している専門家もいます。納豆・味噌汁・豆腐などの伝統的な大豆食品をもう一度意識して摂取するよう心掛ける必要があるようです。
掲載日 2020.3