加藤昇の(新)大豆の話

55. 高オレイン酸大豆油への取り組み

 欧米の主婦たちは、食用油脂は昔からバターなど動物油脂を中心に使用してきた歴史があり、その習性は今も生き続けています。彼ら狩猟民族の末裔にとっては永い食習慣の中で動物油脂が最も身近に入手でき、馴染みのある油だったのです。しかし日本では、温暖な地帯であったことから身の周りに多くの液状油脂の原料に恵まれていたことと、日本に広まった仏教の影響で動物に対する殺生が忌み嫌われていたことによって動物油脂を使うことはありませんでした。日本人が長い歴史の中で使っていた油脂といえば椿油、魚油、はしばみ油、ゴマ油、荏胡麻油、榧の油、菜種油、大豆油などのような植物を中心とした液状油脂だったのです。

 しかし生活環境の違う欧米の人たちは固型油脂であるバターになじんでいたために、このバターが不足してきたときにも、その不足するバターをカバーする油脂として、やはりバターと同じような固型油脂を求めたことは仕方のないことです。

 

 1869年にナポレオン3世が安価なバター代用品を募集したのです。するとその時に、フランス人のムーリエが牛脂に牛乳などを加えて硬化したものを提案してこれが採用され、これをマーガリンと呼ぶようになりました。マーガリンの名前は、これに先立つこと50年前にフランスで見つかった動物油脂に含まれる脂肪酸をマルガリン酸と命名していたことにちなんでつけられた名前だったのです。このマーガリン製造の特許権をオランダ人のユルゲンスが買収して「マーガリン・ユニ」を創業してマーガリンの製造に着手します。これが後のオランダの油脂会社「ユニリーバ社」になります。19世紀末になるとニッケル触媒を用いた水素添加反応による油脂の硬化技術が開発され、大豆油などの液状油脂が固型化されるようになり、現在のようなマーガリン、ショートニングやファットスプレッドなどが作られるようになりました。

 

 当初は植物油脂を原料としたこれら固型脂はバターなどの動物油脂よりも健康に良いとされ、我が国でも始めのうちはこれらを「人造バター」と呼んで愛用されていましたが、やがて日本でもマーガリンと呼び方を変えて消費者の間に定着していきました。しかし、2003年7月になってFDA(アメリカ食品医薬品局)がマーガリンに含まれるトランス脂肪酸が心臓疾患のリスクを増加するとして、1食あたり0.5g以上トランス脂肪酸を含む食品には表示の義務があるとしました。これを受けて2006年にはニューヨーク市では市内のレストランでのトランス脂肪酸の使用を1食当たり0.5g未満との規制を発表しました。さらにFDA2013年には部分硬化油を、食品の安全と認めるGRAS認定から除外することを通告し、2018年からこの規制が施行されています。これによってこれら液状油脂を水素添加することによる油脂の固型化はアメリカ国内から姿を消すことになりました。

 

  アメリカでは多量に消費されていた自国生産の大豆油を原料とした固型脂が作れなくなったことにより、大豆油に対する新たな対応が必要になりました。そこで生まれたのがリノール酸など多価不飽和脂肪酸の少ない「高オレイン酸大豆油」の開発であり、それを可能とするオレイン酸含有量の多い高オレイン酸大豆種子の開発とその栽培でした。これらの取り組みはアメリカでは直ちに始まり、2013年にはこれらに対応した新たな遺伝子組み換え大豆が登場し、さらにゲノム編集という新たな技術によりこれら高オレイン酸大豆が数社によって開発され、農家での栽培が始まっています。新たに開発された「高オレイン酸大豆油」はオレイン酸含量が75%という、従来の大豆油とは全く性質の違う油脂を作ることが出来る大豆となったのです。しかし、高オレイン酸油脂としてはすでに市場には菜種油、オリーブ油、落花生油、さらにはハイオレヒマワリ油、ハイオレサフラワー油などがすでに使われています。また油脂の加熱安定性を求めて飽和脂肪酸に道を求めればすでに市場に出回っているヤシ油、パーム油と競合することになり、今後はこれらとの価格を含めた消費者獲得競争という局面になる可能性も考えられます。

 

油脂は生育した環境によってそれぞれの脂肪酸組成が違っており、それによって加熱調理に使用した時の油脂の酸化に対する耐久性が異なってきます。これら加熱処理した時や商品を店頭で並べておいた時の調理食品に対する酸化抵抗性が強いことは消費者にとっても望ましいことですが、しかしそのことは同時に人体にとっては動脈硬化や心筋梗塞など望ましくない働きをする危険性が内在していることはすでに述べた通りです。商品の賞味期限を長くすることを第一義的にとらえるか、それとも消費者の健康を第一義的にとらえるか、これはどちらの立場で判断するかによって商品企画の対応の仕方が違ってきます。

このような状況の中で現在、多くの食品加工メーカーは油脂加工商品の酸化安定性、賞味期限の長期化に力点が置かれているように見えます。もちろん食品の酸化安定性は消費者にとっても一面では望ましいことでもあります。しかしそのことが動脈硬化や心疾患を増加させているとの批判もあります。こうして現在は加熱に弱いリノレン酸やリノール酸を少なくして、熱に強いオレイン酸を増やすような品種改良が進められています。これらオレイン酸を増やす品種改良を「ハイオレ化」と呼んでいます。

 このようにハイオレ化することによって油脂加工をしている企業や業者は油脂を長時間使えるメリットや出来上がった商品の保存期間が長くなるメリットが得られるようになりましたが、これらを摂取している消費者にとっては自分の体内で起こる脂肪酸のアンバランスに対応することを考えておかなければならなくなります。現在では厚生労働省が調査する「国民健康・栄養調査」によって、すでに述べてきた通り私たちが現在摂取している油脂が、飽和脂肪酸と1価飽和脂肪酸であるオレイン酸の比率が大きく膨らんできていることが示されています。これらを是正するためには、まず第1に魚料理を意識して食べながら魚油に含まれる多価不飽和の油脂を積極的に摂取することです。さらに大豆食品も従来よりも意識して多く摂るように心掛けながら大豆に含まれているリノール酸などの多価不飽和の油脂を取り入れるようにすることが必要になってきます。 

 

実際にはどのようにハイオレ化の品種改良がされているのかを示すと次のようになります。これらから従来の植物油脂とハイオレ化された油脂の脂肪酸組成の違いを見比べてください。

 

 油脂

リノレン酸

リノール酸

オレイン酸

飽和脂肪酸

大豆油(従来品)

ハイオレ大豆油

  8

  2

  54

   8

   23

   75

   15

   12

菜種油(カノーラ油)

ハイオレカノーラ油

 10

 

  2

  21

 

  14

   61

 

   73

   15

 

    8

ヒマワリ油(従来品)

ハイオレヒマワリ油

  0

  0

  70

   5 

   17

   86

   10

    8

オリーブ油

  1

   9

   75

   15

パーム油

  0

  10

   39

   51

 

ここに示したように、今まではリノール酸、リノレン酸などの必須脂肪酸が豊富に含まれていた大豆油やヒマワリ油にたいして、一部の油脂ではリノール酸などの多価不飽和脂肪酸を少なくして熱に強いオレイン酸を増やしたハイオレ油脂に切り替わっているのです。そして、これらに加えて加工業者が盛んに使っているパーム油や健康に良いと言われて人気があるオリーブ油が加わると、気が付くと自分の体はオレイン酸と飽和脂肪酸で満ちている状態になっているかも知れないのです。これら飽和脂肪酸やオレイン酸は必要になれば自分の体内で合成できますが、必須脂肪酸と言われるリノール酸やリノレン酸は食品として口から摂取しないと体内で欠乏する状態となるから気を付けなければなりません。必須脂肪酸の欠乏はいろいろな体調不良を招く恐れがあるのです。逆にすでに述べましたようにオレイン酸の摂取過剰に対して関係学会でも警鐘の声があがっています。 

 

    掲載日 2019.7

 

 

大豆の話の目次に戻る