加藤昇の(新)大豆の話
54. 大豆油とトランス酸
前の項目で出てきたトランス酸、正確に表現すると「トランス型脂肪酸」は自然界では限られたところにしか存在していない特殊な脂肪酸です。油脂を構成している脂肪酸は自然の状態では折れ曲がった鎖の状態になっています。しかし、このトランス型脂肪酸は直鎖となり人の消化器官では分解できない構造です。
多くの植物油は液状であり、日本人や中国人にとってなんら調理に不都合を感じていませんが、動物脂やバターを使い慣れていた欧米の人たちにとって、この液状油脂は少し勝手が違うようです。そのような中で、健康についての研究が進むにしたがって、動物油脂やバターの摂りすぎが健康に悪影響を及ぼしている、との情報に後押しされるようにして生まれてきたのが、植物油脂を原料としたマーガリンだったのです。動物油脂と植物油脂の違いは構成している脂肪酸が飽和脂肪酸が多いか不飽和脂肪酸が多いかの違いであり、これによって固形脂になったり液状油脂になったりしているのです。動物脂は飽和脂肪酸が多く含まれているために固形になっているのです。そのため、マーガリンを作るときには植物油脂の不飽和脂肪酸に水素をくっつけて動物脂のような飽和脂肪酸にして固形化しているのです。この工程を水素添加といいますが、この工程で自然にはあまり存在していない直線に伸びる脂肪酸ができてしまうのです。この天然にない直線型の脂肪酸をトランス型脂肪酸と呼んでいるのです。
その後の研究で、このトランス型脂肪酸にもいろいろな問題が見つかってきました。最も大きく取り上げられているのが、心臓病の原因とされていることです。トランス酸がわれわれの細胞に取り込まれると細胞膜は硬めになり、コレステロールを除去する働きが弱ってくるとされています。このことが血管や心臓の機能を低下させて心臓病による死亡の増加につながっているというものです。アメリカ人は1日に30gを越えるトランス型脂肪酸を摂っているといわれ、日本人とは格段の違いです。いや、トランス酸だけのせいではなく脂肪の摂りすぎが原因なのだ、との意見もあります。トランス酸に学者の注目が集まって種々の研究が進められた結果、トランス酸にいろいろな悪影響の可能性が見つかってきました。
まず、ハーバード大学の公衆健康研究所からの発表によるとトランス酸を含む食品を食べ続けていると女性の妊娠率が低下してくる、というものです。これは排卵が順調に行われないことに原因があるというのですが、若い女性が摂取エネルギーの2%以上をトランス酸で摂るような食生活をしていると、彼女の妊娠率は70%も低下する、というものです。これらは18,500人の若い女性を対象に調査した結論であり、気になるデーターです。ここでいう2%のトランス酸量とは、仮に1日2,000カロリー摂取している女性であれば4gに相当する量であり、アメリカの若い女性にとって、ごく普通の食生活の範囲に入っているのかもしれません。
また、2006年の米国神経科学会で2つのトランス酸に対する影響が発表され、トランス酸を食べた鼠の学習能力が低下した、というものでした。このことが人にも当てはまることであるかどうかは明らかではありませんが、これからもさらにトランス酸の影響が明らかになってくるものと思われます。
いずれにしても、マーガリン、ショートニング、ファットスプレッドなど多くの加工油脂を日常的に食べているアメリカ人にとって大変な問題になったことは容易に想像できるでしょう。そこで、アメリカの政府機関では2006年1月から全製品のラベル表示にトランス型脂肪酸の含量を表示することを義務付けました。表示方法としては、1人が1回に食べる製品の中に何グラムのトランス型脂肪酸が含まれているか、というものです。さあ、そうなると各食品メーカーはたいへんです。一方では、トランス酸の少ないマーガリンの製造方法を研究しなければなりませんし、他方ではトランス酸のない製品の企画に向かって猛突進です。すでにアメリカのいくつかの州では小学校の給食にトランス酸の入った食品の使用を禁止しています。アメリカの大手食品メーカーは早々と、自社の製品にはトランス酸は含まれておりません、とのアナウンスを始めています。ケンタッキーフライドチキン、タコベル、バーガーキング、スターバックスなどなどですが、これらの製品の日本国内向けは別枠です。日本人は平均してトランス酸を多く摂っていないから、との理由で制限を設けていないからです。確かに日本人は日常的に液状油脂を調理につかっていますが、外食が多くなったり、スーパーでの調理済み食品を購入してくることが多くなると心配です。
今までは天然の油脂を原料にいろいろな加工を施して生活に便利なものを作ってきました。それらの中から本当に環境や人にいいものを選別していくのが21世紀の役割かもしれません。
掲載日 2019.7