加藤昇の(新)大豆の話
53. 加工油脂と人造油脂
天然の油脂は動物たちにとって効率の良いエネルギー源として、また多くの生理活性物質を作る原料として欠かせない栄養素となっています。しかし飽食の時代になってカロリーの過剰摂取の源ともなっているのです。そこで我々の体が分解して吸収できない油の研究が行われたことがありました。天然にほとんど存在しない構造をしている“油脂”を作り出しました、まさに人造油脂です。みなさんはどう思われますか。
まず初めに加工油脂について見てみましょう。代表的な加工油脂として水素添加油脂(水添油)があります。動物油脂から作るバターが動脈硬化など生活習慣病の引き金になっていることから、バターに代わるものとして植物油から作るマーガリン、ショートニングなどが作り出されました。通常の植物油は液状をしており、バターのような使い方が出来ないことから、不飽和脂肪酸の多い大豆油などに触媒を使って水素を反応させて飽和脂肪酸に加工するのです。そうするとバターのように固形化することが出来るのです。このような油を硬化油と呼んでおり、マーガリン、ショートニングやスプレッドなどとして使われています。ただこのようにして作った大豆硬化油脂には疑問の声も上がっています。それは触媒を使って水素添加をするときに天然にはあまり存在しないトランス酸という構造をとる硬化油脂が出来てしまいます。このトランス型脂肪酸は血漿コレステロールを上昇させるのではないか、という報告もあるからです。トランス酸については項目を改めて見てみることにしましょう。
もう一つの加工油脂として粉末油脂というのがあります。粉末油脂は動物油脂や植物油をスプレードライヤなどの乾燥設備で粉末化した油脂で、パン、ホットケーキからお好み焼き、てんぷら粉まで広く使われており、私たちも知らないうちにいろいろな食品の中で利用していることになっています。わが国の、2017年の粉末油脂の推定消費量は36万5千トンと、油脂全体の消費量の15%を占めています。これからもいろいろな使われ方をしながら消費量も増えていくのではないかと予想されています。この粉末油脂は油の利用の仕方を多面的に広げてくれる技術であり、そのことによって健康に影響を与える恐れもなく、これからの更なる発展が期待されるところです。
次に紹介する油脂は、わが国の洗剤メーカーが、得意の油脂加工技術を駆使して人間の消化吸収メカニズムに挑戦した“油脂”を作り上げて、「太らない油」と銘打って店頭に並べて人気を博していたもので、現在は販売を中止しており使用されていません。それは2009年に販売を中止したトクホ食用油「エコナ」(07年の推定販売額540億円超)と呼ばれていた人造油脂です。この油脂は化学触媒を使って脂肪酸とグリセロールを反応させた混合物の中からジアシルグリセロールというものだけを取り出したものであり、天然にはあまり存在していなく、人がこれをどう消化しているか、詳しいことについてはよくわかっていませんでした。そして消費者はこの油に飛びついていったのでした。このような特殊な処理をした油脂でなければ健康を維持できない人は別にして、「太らない油」と銘を打っただけで消費者がこれに飛びついてしまうのはどんなものか。
本来はトリグリセロールという構造を持っているものだけを油脂と呼んでいた時代もあったので、厳密に言うとこれらは油脂でない化合物ということになるのかも知れません。世間では遺伝子組み替え大豆について、あたかも毒でも入っているかのような表現で槍玉に挙げて批判する人たちがいます。しかし、遺伝子組み替え大豆は、中に含まれている物質などは元の大豆と同一で異物はありません。しかし“太らない油脂”は本来の油脂とは大きく形を変えて、とても天然の食品とは言えない。しかし“ふとらない”と名前をつければ、こんな異物でも消費者は歓迎するのか。中身を考えずに商品のキャッチフレーズだけで自分の体に入れてしまうのはどうかと思いますが、いかがですか。結局、この人造油脂「エコナ」は食品として不適当だとして販売を中止することになりました。しかしこのことは私たちが食品を見るときへの大きな課題を投げかけた出来事だと思っています。中身が正しいかどうかよりも噂やキャッチコピーだけで走ってしまう私たちの姿勢を問われているものと思われます。
掲載日 2019.7