加藤昇の(新)大豆の話

45. 油脂の組成は生育環境で変化する

油脂はそれぞれの体内でホルモンや細胞などいろいろな材料として利用されるために数種類の脂肪酸の混合物として組み合わされていますが、それは住んでいる環境に強く影響を受けているものともなっているのです。冷たい海水に住む魚は冷たい温度でも油脂の流動性が保たれるように高度な不飽和脂肪酸を含んでおり、熱帯の植物に含まれる油脂は高温でも流動性が保たれ、且つ酸化が進みにくい飽和脂肪酸を中心とした組み合わせになっています。野口駿による魚油の脂肪酸分析によると、同じ魚種でも南方の暖流に住む魚類よりも寒流に住む魚類のほうが不飽和脂肪酸を多く含んでおり、低温に対応して油の流動性が保たれるようにされていることが明らかにされています。広い海を泳いでいる魚の脂肪酸は魚の種類による差よりも、その魚が暖流にいるのか寒流を泳いでいるのかの環境によってもたらされる温度による影響の方が強いことを指摘しています。アメリカで生産されている大豆も暖かい南部で生産される大豆から作られる大豆油よりも北部の涼しい地域で栽培される大豆油の方が低温対応の多価不飽和脂肪酸が多い油脂になる傾向もわかっています。

熱帯で育ったカカオのマメに含まれるカカオ脂は熱帯ではどろどろとした流動性がありますが、気温の低い温帯地方に持ってくるとその油脂は固化してチョコレートとなってしまうのです。この固まったチョコレートを熱帯地方へ持って帰ると再び溶けてしまいます。逆に冷たい海水に住む魚の油を36度の体温を持つ人間が食べるとその油脂は体内に入りサラサラとなり、血液の流れがスムーズになるのです。北極に住むエスキモー人は冷たい海に住むアザラシやオットセイの肉を食べていますが、肉と一緒に体内に入ったアザラシなどの油脂が温かい人間の体温でサラサラになり動脈硬化などの循環器疾患を起こさなくなることも知られています。逆に、サラサラになりすぎてけがをしたしたときには血が止まりにくくなるほどです。同じ理屈で人間よりも体温の高い牛や豚の油を我々が食べると人の体に取り込まれて、その血液がドロドロになることは容易に想像されます。牛の油脂で出来ているバターを想像してみてください。とろーりと溶けた状態になるのは40℃を超えてからです。それもドロドロの状態であり、とても食べて血液をサラサラにしてくれそうには思いませんね。このように、冷たい海水の中で生活をしている魚に含まれる油脂は低温で流動性が保たれるような仕組み(脂肪酸組成)になっていますが、このことは何も油脂だけの話ではないのです。魚に含まれているあらゆる生理活性物質も同じように低温で活性化できるようになっているのです。魚を冷たい水中から釣り上げた後の漁船の中で、漁港から市場へ、市場から小売店への流通過程において魚が全て氷詰めされているのは、陸上の気温によって魚の体内にある低温対応の酵素が異常反応を起こさせないためなのです。これらが異常反応することによって魚の鮮度が低下し、タンパク質の分解や油脂の酸化が進むことにより劣化が起こることになります。このように低温で生活している魚の全てが低温仕様になっているのです。このことは全ての生命体についても言えることです。

 

どんな油脂を食べると我々人間の血液の流動性を高めるかは、その油脂がどのような環境で作られたものかを想像してみればある程度の予測ができます。大豆は現在ではブラジルやアフリカでも栽培されていますが、元もとは旧満州や北海道など温暖地方でもやや涼しい地方で育ってきており、それが大豆の持つ脂肪酸組成に表れており多価不飽和脂肪酸の多い、血液をサラサラにするリノール酸主体の組み合わせになっているのです。かつて我が国の本州を中心に栽培されていた菜種油や温かい地中海周辺で育ったオリーブ油は多価不飽和脂肪酸よりも1価不飽和脂肪酸のオレイン酸が多い油脂となっています。このように各油脂の特徴の一つは育ってきた環境に適応した脂肪酸組成になる傾向が見られます。

もちろん体内に含まれる脂肪酸組成は単に周辺の気温だけで決められるわけではありません。大豆と同じようにオメガ6脂肪酸のリノール酸を多く含んでいる植物油としては、綿実油、サフラワー油、ヒマワリ油、グレープシードオイル、コーン油などが挙げられます。しかしこれらは必ずしも涼しい環境で生まれたとは言えない種子であり、すべてが環境によってきめられているとは言えませんが大きな要因であることには間違いがないでしょう。しかしこれらの油脂の中にはオメガ3の脂肪酸がほとんど含まれていないことが大豆油と違うところです。大豆油には7%ほどのα-リノレン酸を含んでおり、多価不飽和脂肪酸としてのバランスが良い植物油脂です。このα-リノレン酸はオリーブ油、綿実油、ヒマワリ油、ごま油、パーム油などにもほとんど含まれていません。このように油脂の持つ脂肪酸組成には、その生物が持つ遺伝子も関与していることは否定できませんが、ここでは環境による影響が大きいことを取り上げてみました。

 身近にある油脂の脂肪酸組成を見てみましょう。

 

油の性質を示す脂肪酸組成

 

飽和脂肪酸

1価不飽和脂肪酸

多価不飽和

脂肪酸

主な脂肪酸の融点

魚油

(サケ)

  31

    41

28% 

EPA, DHA

EPADHA

 -44-54

大豆油

  15

    26

59

リノール酸  -5

菜種油

   8

    65

   27

オレイン酸 16.3

オリーブ油

  15

   75

  10

オレイン酸 16.3

牛脂

  48

   49

  3

パルミチン酸63.1

パーム油

  50

   40

 10

パルミチン酸63.1

バター

   71

    22

   3

パルミチン酸63.1

マーガリン(家庭用)

   28

    47

   15

オレイン酸 16.3

 

この表に見るように、それぞれの主要な脂肪酸の融点を見ると、どの油が人間の体内(36℃)でサラサラになる油かは容易に想像することが出来るでしょう。魚油に多いEPAなどはマイナス50度で液体となっていますが、飽和脂肪酸に含まれるパルミチン酸は60℃を越えないと液状にならないのです。同じように大豆油に多いリノール酸はマイナス5度で溶けますが、オリーブ油などに多いオレイン酸は16℃を越えないと液状にならない性質をもっているのです。このように大豆油には加熱にやや弱いが必須脂肪酸とされる多価不飽和脂肪酸が多く、菜種油やオリーブ油には温暖地方に多い1価不飽和脂肪酸が多く含まれています。動物油脂と熱帯に育つパーム油には飽和脂肪酸が多く含まれていることがここからも分かります。この飽和脂肪酸が体内に溜まると動脈硬化などの循環器系疾患を起こしやすくなるのです。魚には強い反応性を持つEPADHAを中心とした高度不飽和脂肪酸という特殊な多価不飽和脂肪酸を含んでおり、大豆油よりもさらに血管や脳に良い働きをしてくれるのです。これは魚類が水中に含まれる植物プランクトンを中心とした食物連鎖で生育していることによるからとされています。でもどの脂肪酸も人の体にとっては必要なものなのです。大切なことはそのバランスにあります。人の体が必要としているのは、飽和脂肪酸:1価不飽和脂肪酸:多価不飽和脂肪酸の比率を343に保つことです。さらにこの多価不飽和脂肪酸の内訳も、オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸との比率についてはいくつかの説があります。オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸の比率が1:2がいいとする説から、1:5がいいとする意見まで幅が分かれていますが、いずれにしてもオメガ3脂肪酸の摂取比率が低下していることに警告が鳴らされています。このバランスが崩れると、特に飽和脂肪酸が多くなると動脈硬化などの心疾患を引き起こすことになります。

 

ここで見てきたように、それぞれの油脂の中心となっている脂肪酸の融点を見れば、油脂の特徴が見えてきます。魚油に含まれているEPAなどはマイナス40度よりも低温ですでに液状になっています。大豆油の中心脂肪酸はマイナス5度でもさらさらしていますが、動物油脂やパーム油の中心脂肪酸は60度を超えないと溶けない硬い油脂なのです。これらの油脂を人の体温が36℃の血管に入るとどのようになるかは容易に想像することができます。肉を食べ過ぎて動物油脂の摂取が多くなるとコレステロールが増えて動脈硬化を起こしやすくなる仕組みはここにあるのです。魚油や大豆油は体の中ではさらさらしていますが、これらの油脂でフライを作って店先に長時間並べておくとこれらの油脂は酸化されやすく、商品の見栄えも衰えやすくなります。油での調理食品を長時間電灯の明かりに照らされ続けていても劣化が進まないようにしたり、商品の保存期間を長くするためにはパーム油のような硬い油脂を使った方が有利です。そのために近年になってパーム油の使用量が大豆油を上回って調理食品に利用されるようになっているのです。
 世界のパーム油の原料となるパームヤシは、その6割がインドネシアで生産されています。そして世界的なパーム油の消費量の増大に伴ってパームヤシを栽培する農園が広がっていき、それが地球環境に悪影響を与えているとして世界の注目を集めています。近年まで、パームヤシの栽培地を安価に拡げるために森林を焼き払うという方法が行われていました。インドネシア政府も地球温暖化につながる安易な焼き畑は禁止していますが、低コストでのパームヤシの農園開発として規制の網をかいくぐって焼き畑が止まりません。しかしこの地域で焼き畑を行うと地球温暖化に結びつく深刻な炭酸ガスの放出につながってしまいます。こねらの地域の土壌は長年の炭素が積み重なって出来ている「泥炭地」と呼ばれる、1000年を越える炭素が蓄えられているのです。そのために地上の森林に火がつくと、その火は土壌の泥炭地に燃え広がり簡単には消火出来ない火災になると同時に蓄積炭素に燃え広がり、「炭素爆弾」と呼ばれる多量の炭酸ガスの発生となって温暖化に拍車をかけることにつながります。そのために地球温暖化防止に取り組む多くの国は、そのパーム油が安易な焼き畑によって生産されたものでないことを確認しながら購入する取り組みを始めています。
 地球温暖化予防に対する取り組みはパーム油に限ったことではありませんが、パーム油は熱帯地方の泥炭地という炭素蓄積土壌で栽培されているだけに、特にその取り組みに多くの注目が集まっています。

 

 掲載日 2023.12

 

 

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