加藤昇の(新)大豆の話

42. 大豆たんぱくの健康効果

 大豆の蛋白質についての研究は比較的古くから行われていました。それは、私たちにとって一番身近な食材であったことと、大豆から分別して蛋白質を純度高く取り出すことが比較的容易だったことにもあります。そんな研究の中から大豆タンパク質の持つ生理活性に注目が集められたのは20世紀のはじめ頃でした。それは、大豆蛋白質が血清コレステロール濃度の調節に関係しているのではないか、というものでした。大豆タンパク質の効果を観察することからはじまり、分析技術の発達と共に徐々にその精度を高め、1980年頃に大豆タンパク質の優れたコレステロール低下作用が証明されたのです。その後も蛋白質についての研究が進み、今では特定保健用食品(特保)として血中コレステロール濃度低下効果が認められています。

 

大豆蛋白質の成分の1つであるβ−コングリシニンにいろいろな健康効果があることも分かってきています。その一つに、このタンパクが強い摂食抑制作用をもっていることです。つまり大豆タンパクを摂取していると過食を抑えてくれる働きをし、肥満を防いでくれるというものです。またこの蛋白質が体脂肪を引き下げる効果をもっていることを、人を対象にした試験でも確認されています。それはこの蛋白質が油脂の消化に影響を与えているからであることも突き止められています。さらにβ-コングリシニンは肝臓に蓄積された中性脂肪をエネルギーに変換する働きをすることにより脂肪肝を予防することも明らかにされています。そしてこの蛋白質は成長ホルモンの上昇など様々な生理作用にも関与している可能性が指摘されているのです。肥満は摂取エネルギーが消費エネルギーを上回ることによって起こるのですが、それは単に過食と運動不足によるものだけでなく、摂食を調整する遺伝子やエネルギー消費を調節する遺伝子などの異常が関連していることもあるのです。大豆蛋白質を摂取することにより肥満の予防や治療が期待できるのは、大豆蛋白質を分解して出来るペプチドが交感神経を活性化して熱を発生させたり、エネルギーの無駄づかいをさせる働きをすることによるもののようです。そしてそのことが体脂肪量を減少させていくことにつながっているのです。肥満が関連している疾病として糖尿病が挙げられます。我が国における糖尿病の大部分は2型糖尿病といわれるものであり、肥満が主な原因とされており大豆タンパクによる効果が期待されます。もう一つの効果は血清コレステロール濃度を下げて動脈硬化を防ぐ働きをしている、ということです。これは大豆蛋白質がコレステロールの吸収を阻害し、コレステロールを糞便の中に排泄することによるものとされています。また善玉コレステロールと言われるHDL-コレステロールを増やす効果がある、とも言われています。このように大豆たんぱく質の主要な成分であるβ-コングリシニンは人の健康にいろいろな形で貢献していることが知られています。

筋肉量低下を予防する働き
 

さらに現在話題になっているのは、大豆タンパクには筋肉量の低下を阻止する働きがあるというものです。運動不足によって起こる筋肉量の低下は酵素ユビキチンリガーゼが壊れた筋繊維の修復を阻止することにより起こっているのですが、大豆タンパクがこの筋繊維の修復を助ける働きがあることが分かりました。このような働きは大豆以外のたんぱく質には見られていないのです。これらは大豆タンパクの立体構造に由来する特有の働きであることが分かっています。寝たきりや無重力の中で起こる体への負荷の減少が長期にわたると筋萎縮が起こります。そのことはこれからの高齢社会において寝たきり患者の増加が見込まれていることから考えると有効な働きと注目されています。現在筋肉の低下に対する予防法は筋力トレーニングのみしか効果が認められていませんが、大豆タンパクにそれを補う働きがあることが明らかになったのです。
私たちの筋肉のタンパク質は,絶えず合成と分解を繰 り返しており、そのバランスが均等であることで,筋肉量は保 たれています。このシステムをコントロールしているのがIGF-1と呼ばれる経路です。この径路の中でIRS-1という酵素の働きなどにより筋線維の修復が進みますが、運動刺激がないとIRS-1が充分に機能しなくなります。しかしここで大豆タンパクを与えるとIRS-1の機能が回復し、筋肉量が増加すると言うものです。これは筋繊維修復たんぱく質(IRS-1)と大豆たんぱく質の分子構造が似ていることにより起こることも確認されています。
(The Journal of Medical Investigation. Vol.62, August 2015, T.Nikawa at al.)

 これらから大豆たんぱく8g(納豆なら1パック)に相当する大豆食品を毎日摂取することにより、寝たきりの患者の筋肉量の低下を防ぐことが出来るとされています。

 

難消化性たんぱく質(レジスタントプロテイン)

 最近、耳にするようになったのが「レジスタントプロテイン」という言葉です。これは人の消化酵素で消化することが難しいたんぱく質を指しています。私たちが消化しにくい食物として知っているのは食物繊維だと思います。食物繊維は糖質が長く結合した多糖類であり、水溶性食物繊維と非水溶性食物繊維に区別されています。これら食物繊維を構成しているのは糖分ですから、これらは炭水化物ということになります。しかし、このレジスタントプロテインは、食物繊維と同じように消化酵素で消化されにくいのですが、アミノ酸が長く連なった構造をしており、同じ難消化性物質でも、こちらはたんぱく質です。しかし、食物繊維と同じように分解されずに小腸へ送られるために腸内での働きは食物繊維と似た働きをします。それは、悪玉コレステロールを低下させたり、胆汁酸を吸着して体外に排泄する働きなどです。これらの働きによってコレステロールの低下効果、肥満抑制効果、糖尿病予防効果、などが指摘されています。今まで大豆たんぱくにコレステロール低下効果がうたわれていましたが、それらは大豆に含まれている、これらレジスタントプロテインによる働きだったのではないだろうか、との見方もあります。

 

 大豆にはレジスタントプロテインが含まれていますが、特に凍り豆腐(高野豆腐)に多く含まれていることが分かっています。木綿豆腐に比べて凍り豆腐に多い理由として、その製造方法の違いによるのではないかと考えられています。凍り豆腐は水分を強く絞り、さらに超低温にさらすことによって残された水分を完全に取り除いています。この過酷な製造工程でレジスタントプロテインが増加しているのだと考えられています。

 

  掲載日 2019.7

 

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