加藤昇の(新)大豆の話

40. 大豆たんぱくと脱脂大豆

 私たちが摂取している蛋白質の供給源には動物性と植物性があります。どちらの蛋白質を多く摂取するかはそれぞれの地域・民族によって異なります。植物性蛋白質への依存率は、アジア・アフリカ諸国など温帯、亜熱帯地方では80%を越えているといわれ、肉食の風習の強い欧米では30%程度と言われています。我が国の植物性蛋白質への依存率は50%前後と言われ、そのうち穀類には57%、豆類に17%依存しているとされています。豆類の中では大豆が圧倒的に利用されており、日本人の大きな蛋白源となっているのです。

 

 アメリカではFDA(食品医薬品局)が1999年に大豆たんぱくを「心臓病予防効果が期待できる」として認定したことから注目を集めるようになっています。FDA1993年から健康表示制度を発足させて以来、厳密な調査に基づいてヘルスクレームに対する認可を進めていますが、2017年現在に至っても12品目しか健康表示の認可を出していません。大豆タンパクには「冠動脈心疾患のリスクが低減できる」として認可されています。

 

 大豆タンパクには次のような健康効果が認められています。

1.   血中コレステロールを低下させる。
 大豆タンパク質の血清コレステロール低下作用は、食餌コレステロールの吸収が抑制されることで、肝臓でのコレステロールの合成が亢進されますが、同時に胆汁酸の再吸収も抑えられるので、胆汁酸の合成の為に肝臓コレステロールが使われ、血清コレステロール濃度が低下します。

2 血管の動脈硬化を防ぐ
 血中コレステロール濃度の低下作用と多くは重複しますが、それ以外にも動脈硬化の進行に関与する症状が見られています。これらの症状に対しても大豆蛋白は大動脈弓部の内膜肥厚を顕著に軽減する効果が見いだされており、血清脂質濃度には関係なく抗動脈硬化作用があると認められています。

3.   肥満改善効果
大豆蛋白やそのペプチドの働きとして、熱産生による抗肥満効果、体脂肪減少効果が知られています。若い肥満女性(標準体重の20%以上)についての21日間の試験で、カゼインに比較して大豆タンパク質の方が有意に体重が減少したことが示されています。また小児肥満の減量治療でも低エネルギー食だけに比べて大豆ペプチドを補充した方が皮下脂肪厚の減少効果が高まっている。

4.   制ガン、抗腫瘍効果
いくつかの動物試験では乳がんの発生が抑制されたり、肝臓がんがカゼインの一部を大豆蛋白に置き換えることによって抑制される結果などが得られています。しかし多くの試験からは、大豆蛋白に制ガン効果があるのではなく、大豆に含まれるフィトケミカル類が結腸がんなどに対する抑制効果があることも明らかになっています。

5.   血圧降下作用
高血圧症の原因としていくつかの要因が指摘されていますが、食品成分との関連では、レニン-アンギオテンシン系が重要です。腎臓で分泌されるレニンはアンギオテンシンを経てアンギオテンシンUに変わり生体内での昇圧系の昂進と降圧系の抑制を同時に引き起こす血圧上昇の酵素として働きます。この活性を抑制する研究が進められ、大豆ペプチドに強い効果が認められています。
6. 抗アレルギー作用
通常、アレルギー反応はT型からW型までに分類されます。花粉アレルギーはT型に属し、食物アレルギーはT型とU型、W型が関与すると考えられています。そのためにT型アレルギーの抑制は種々のアレルギー発症予防、症状緩和に影響すると見られています。各種の比較試験の結果大豆蛋白に抗アレルギー効果があると考えられています。

その他の生理機能としては次のようなものが指摘されています。
免疫増強効果、脳卒中発症抑制効果、血糖値低下効果、延命効果、筋肉増強効果

 などです。

 そのために大豆たんぱくの持つこれらの効果をうたった高齢者用栄養食品、乳幼児用食品、健康サプリメント、スポーツ栄養食品など幅広い分野に用途が広がってきています。

 また、大豆たんぱくの持つ物性を活用した組織状大豆タンパクを使った食品機能の改善も幅広く行われているのが現状です。このように大豆タンパクは健康機能と物性改善機能の両面を持ち合わせた優れた食品素材なのです。

 

アミノ酸スコア100

 どのタンパク質も人の口から入ると消化酵素によってアミノ酸に分解され、それらは再び体に必要なたんぱく質へと組み替えられます。タンパク質を構成しているアミノ酸は20種類ありますが、その中で食品から摂らなければならないアミノ酸を「必須アミノ酸」と言います。この必須アミノ酸は9種類ですが、このうちの一つでも不足すると体のたんぱく質は不足しているアミノ酸によって制限されて充分な量を作れなくなります。食材に含まれているたんぱく質を分解して出来るアミノ酸が体に必要なものをすべて備えているたんぱく質を「アミノ酸スコア100」のたんぱく質と言い、体を維持することが可能となります。ではどのような食材が「アミノ酸スコア100」タンパクでしょうか。それは牛肉、豚肉、鶏肉、牛乳、卵、魚肉(イワシ、あじ、サンマ、鮭、マグロ)と大豆です。

 主なアミノ酸スコア

大豆

100

100

精白米

 61

牛肉

100

牛乳

100

食パン

 44

鶏肉

100

ヨーグルト

100

うどん

 41

魚類

100

Pチーズ

 91

とーもろこし

 31

 

大豆を「畑の肉」と呼んでいたのは、単に大豆にたんぱく質と油脂が豊富に含まれていたことを指して言っていたのですが、大豆の栄養効果であるアミノ酸スコアも牛肉並みであることが明らかとなり、大豆のたんぱく質が質・量ともに「畑の肉」に相当することが明らかとなったのです。

大豆は植物が作る蛋白質としては、最も栄養効率の優れた作物なのです。そして大豆と魚は昔からわれわれ日本人の蛋白と油脂の供給源として重要な役割を果たしてきていたのです。

 脱脂大豆について
 大豆タンパクを取り出すときには、多くの場合は大豆から油脂を抽出した後にここから大豆タンパクを取り出しています。これを脱脂大豆と呼んでいますが、ここには油分が取り除かれているので豊富なたんぱく質が含まれています。この状態を加熱して大豆の持つ酵素活性を失活した状態で家畜の飼料に利用したり、養魚餌料として幅広く使われています。また醤油の原料としても使われています。現在では醤油の80%がこの熱変性脱脂大豆を利用されているのです。
 脱脂大豆の用途は、歴史的に見ても大きく変化しています。大豆から油を取り出すと、その残りは脱脂大豆になりますが、世界で最も早く大豆油を作っていたのは旧満州と言われた地域でした。それは日本で言えば平安時代末期から鎌倉時代にかけてのことです。当時は彼らは脱脂大豆を農業用肥料として使っていたのでした。そしてその満州の脱脂大豆の利用の仕方を学んだのが、大正時代から昭和20年代前半の頃の日本です。日本が脱脂大豆を農業用肥料に利用するまでの我が国の肥料は北海道などで捕れるニシンなどの魚肥でした。しかしニシンの不漁をきっかけにして日本の農業用肥料は脱脂大豆となったのです。一方、満州大豆を利用し始めた日本の動向に目を付けたヨーロッパ、特にイギリス、ドイツが満州大豆を輸入して国内産業を活性化するようになります。彼らがまず目を付けたのが大豆油の利用でした。大豆油はマーガリンなどの食材に利用されるだけでなく、塗料などその用途を広げていきました。では脱脂大豆はどう活用されたのか、20世紀初頭のイギリスなどでは家畜の飼料となった時期もありましたが、欧州を中心に展開された第1次世界大戦によって農地が荒らされて食糧不足に陥ると、大豆や脱脂大豆は貴重な食料として活用され、いろいろな食品としての利用が始まります。特に熱心だったのがドイツでした。そしてドイツが第2次世界大戦の敗戦の苦境から這い上がる道として辿り着いたのが、アメリカ大豆を輸入して作った脱脂大豆を豚などの家畜の飼料として肥育する方法だったのです。アメリカはドイツが取り組んだ脱脂大豆の飼料への利用を全面的に応援すると共に、その情報を日本を始めとした世界に広め、現在のような大きな用途になっていったのです。世界大戦の最中においては日本だけでなく、アメリカも欧州も大豆を貴重な食料として大切に食べていたのですが、戦争が終わって徐々に穀物が採れるようになると彼ら肉食が食習慣だった人たちは元の肉食に戻ってしまったので大豆はそれらの肉を作る飼料となってしまったのです。
 現在、世界の畜産の生産量は、アメリカ農務省の推計によると豚肉が39.7%、鶏肉37.3%、牛肉23.0%となっています。この豚肉生産量の48.6%(2017年)は中国での生産です。つまり世界最大の脱脂大豆の実需者は中国の畜産業者たちです。ところがその中国で、現在アフリカ豚コレラが発生していて、その被害拡大を防ぐ一環で豚の大量と殺が行われており脱脂大豆の世界の需給バランスが大きく狂ってきています。このように今や脱脂大豆の利用状況が世界の大豆生産に強い影響を持つようになってきています。

 脱脂大豆を熱変性させずに低温のままの状態で大豆タンパクを抽出して食品用の大豆タンパクとして多岐にわたって利用されています。その用途などについては別途の項目で取り上げたいと思っています。

 

 掲載日 2023.8

 

 

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