加藤昇の(新)大豆の話

36. 醤油の種類

 醤油には「濃口醤油」、「薄口醤油」、「溜醤油」、「再仕込み醤油」、「白醤油」の5種類あります。

濃口醤油は、最も一般的な醤油であり国内で生産される醤油のおよそ8割を占めています。濃口といっても、5つの醤油種類の中では、色合いも塩分濃度も真ん中にあたります。大豆とほぼ同量の麦を原料とし、塩分は約16%で魚や肉料理に合うとされています。濃口醤油の麹は、大豆または脱脂大豆を蒸したものに、ほぼ等量の炒って砕いた小麦を混ぜてつくります。江戸期以来、関東を中心に発達し、香りと色、味のバランスに優れているのが特長です。

淡口(うすくち)醤油は関西生まれの醤油で色が薄いことから名づけられています。塩分は濃口醤油よりも2%ほど高くなっています。色が薄いということは発酵が濃口醤油に比べて進んでいないからです。熟成が少ないところを、塩分を強くすることでカバーしているのです。大豆と麦のほかに米を使うことがあります。醤油の着色を極力避けるために低温管理、高濃度食塩仕込みで作ります。関西方面ではこの淡口醤油と濃口醤油を使い分けながら料理の素材を生かすために、野菜や白身の魚に使い分けています。

 

たまり醤油は主に中部地方で作られている醤油です。さらりとした液体の濃口や淡口醤油と違い、とろみがあるのが特徴です。国内醤油の2%程度と生産量は少なく、ほとんどが大豆だけで作られています。大豆を蒸して味噌玉を作りこれに麹菌を植え付け、塩水に仕込んで1年間熟成させて仕上げます。この醤油は大豆から出てきたたんぱく質が多いのでうまみ成分が多く、濃厚で香りが豊かなのが特徴です。


再仕込み醤油は山口県を中心に、山陰や九州地方で作られていましたが、現在は全国で造られるようになっていますが生産量は少なく全生産量の1%程度です。塩分は濃口醤油と同じですが2度醸造するのでこう呼ばれています。一般的に色が濃くとろみのある醤油に仕上がり、主に刺身や鮨用に使われています。
 通常の醤油は、大豆と小麦と麹を発酵させた醤油麹に「食塩水」をまぜて熟成されますが、再仕込み醤油は食塩水の代わりに「醤油」を使って熟成されます。醤油を2度醸成する製法のため「再仕込み醤油」と呼ばれています。

 

白醤油は主に愛知県三河地方で生産される、薄口醤油よりさらに色が薄い醤油です。江戸時代末期に開発されたと言われ、醤油の中では比較的歴史が浅めです。
 原料に占める大豆の割合が多いたまり醤油とは対照的に、小麦を主な原料として作られ、大豆や小麦は皮を取り除いたり、醸造期間が長いと色がつきやすいので醸造期間を短くしたりと、料理に色をつけない琥珀色の醤油にするためいろいろな工夫がされています。もともとは小麦のみで製造されていましたが、大豆を使用することがJAS規格の「醤油」の規定となるため、大豆が加えられたそうです。
独特の香りと甘味が特徴で、素材の味を活かしたお料理に使用されます。

 

 醤油の消費量が漸減状態

 日本で生まれた数少ない調味料の一つである醤油ですが、その消費量は現在減少傾向が続いています。ここに全国の醤油出荷量を示しました。

 

   (資料:農水省総合食料局)

 

  上の出荷グラフにも見るように1990年には117万キロリットルだったのが2017年には76万キロリットルと27年間に35%も減少しており、さらに減少の傾向が続いています。その理由として、減塩に対する消費者の意識が強く反映しているのではないかと考えられますが、醤油にもしっかりとした健康機能が含まれています。減塩を守りながら醤油の健康機能を引き出す工夫が大切です。

 

醤油輸出の歴史

 醤油の国内消費量はグラフに見るように漸減状態が続いていますが、逆に醤油の海外への輸出は急速に増加しているのです。そこには海外での和食ブームがその背景にあると思われます。 近年になって海外で出店される和食店が急速に増加しており、そうした海外での和食ブームが味噌・醤油の輸出増に結び付いていると考えられます。国内の大手醤油メーカーではすでに国内での販売量を上回る輸出量を示しています。醤油業界大手のキッコーマンでは2017年度の同社の売上高4,306億円のうち、6割は海外事業が占めており、特に北米での醤油の販売は近年の8年間で5割近く伸びており業績の成長に貢献しているとしています。

醤油の輸出は、江戸時代の初めの1647年にオランダ東インド会社がヨーロッパに向けて輸出したのが始まりとされています。当時は主として現在の大阪堺市から出されていたもので、途中での腐敗を防ぐために醤油を加熱殺菌して陶器に密閉して送られていました。このころの日本の様子についてはドイツの植物学者ケンペルやスウェーデンの植物学者ツェンベリーやシーボルトなどが詳しく紹介しています。そのツェンベリーは「日本の醤油は大変良質で、多量の醤油樽がバタビア、インド及びヨーロッパに運ばれている」と書いています。当時のオランダでは日本から輸入した醤油はソースの味付けに珍重され、主にヨーロッパの宮廷料理に使われていたようです。赤道を越える輸送中の変性を防ぐため火入れした醤油を陶器の瓶に詰めて運んでいました。

つまり、日本の醤油がヨーロッパに輸出されていた歴史は17世紀にはすでに始まっていたのです。日本の商人たちが“しょうゆ”と呼んでいる言葉を聞いたヨーロッパ人たちには“そい”と聞こえたようです。1699年に欧州で出版された本には醤油のことを“soy”と紹介されており、この言葉がのちに大豆の英語名に“Soybean”として使われるようになるのです。

 掲載日 2019.7

 

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