加藤昇の(新)大豆の話

28. 納豆について

一つの食材の中に、体に必要な成分を最も多く含んでいる食品は何か、と栄養学の専門家にアンケートをとったところ、納豆という答えが圧倒的に多かったということを聞いたことがあります。また、10歳で大学に進学したアメリカの天才少年マイケル・カーニー君はIQ200という頭脳の持ち主ですが、彼は乳幼児の頃からおやつ代わりに納豆を食べていた、として米国で大変な話題となったことがありました。納豆には、このような不思議な働きをもっていることが次々と紹介され、今や納豆を日常的に摂取することが健康を維持することと同義語とまでになっています。納豆は大豆の持つバランスの良い栄養素に加えて、納豆菌によって出来た新たな働きが加味され、栄養的にも健康機能的にも優れた食品であるといえるでしょう。我が国の納豆には「糸引き納豆」、「寺納豆」、「甘納豆」の三種類があります。このうちの「甘納豆」は発酵過程のない、大豆以外の豆を砂糖漬けにしたお菓子であり、この項からは除いておきたいと思います。

 

納豆菌の繁殖にはタンパク質が必要

ところで、どんな豆でも納豆が出来るかといえば意外にも大豆以外の豆ではほとんど納豆が出来ないのです。それは、納豆菌が繁殖するためには多量のアミノ酸が必要だからです。納豆菌が繁殖するためには豊富な大豆たんぱく質を納豆菌の酵素で分解してアミノ酸として取り込み、その時に納豆菌からポリグルタミン酸を出すのです。これが納豆のネバネバ成分となるのです。だから小豆などでんぷん質が多く、タンパク質が少ない豆に納豆菌を接種しても納豆菌は繁殖しないのです。

次の表から大豆とその他の豆類のたんぱく質含量を比べてみてください。

 

乾燥豆100gに含まれるたんぱく質量

大豆

33.8

あずき

 20.3

ささげ

 23.9

いんげんまめ

 19.9

えんどうまめ

21.7

そら豆

 26.0

 

この表に見られるように大豆には他の豆類に比べてタンパク質が多く含まれることにより納豆菌が繁殖することが出来るのです。

 

納豆という名前はどこから

私は大豆の仕事に携わっていた若い頃から豆腐を「マメが腐る」と書くことに強い違和感がありました。自分が作る豆腐のつややかな白い豆腐生地を眺めるにつけ、腐るという言葉の対極にある力強ささえ感じていたものでした。逆に納豆は字のようにマメが円満に収まっている状態とは逆に、カビが生えていて見た目はまさに腐敗そのものである。昔の人がこれら二つを間違えて書いたのではないかとさえ思ってしまうほどです。

我が国の納豆は塩納豆(塩辛納豆)と糸引き納豆に大きく分けられます。塩納豆は大豆に麹菌と塩を加えて長期間醗酵させたもので、その製法は古く中国から伝わったといわれ、奈良時代に鑑真によってもたらされた豆鼓が起源とされています。中国で生まれた麹菌納豆は仏教などと共に中国文化として紹介され、大和朝廷は大宝律令でこれを「豆醤」とし醤院令を施行して保護していきました。それらは各地の禅寺に伝わり、寺で作られる大豆食品として広がっていったのです。そしてそれらは各寺の台所で作られていたために、寺の台所を指す「納所」で作られる「豆」として、いつしか「納豆」と呼ばれるようになっていったとされています。こうして麹菌で発酵させる「納豆」の名前がいつしか「糸引き納豆」に対しても「納豆」と呼ばれるようになっていったのです。これら麹菌で作られる寺納豆は「大徳寺納豆」、「浄福寺納豆」などの名で知られるように、現在でも、京都、奈良などの古い寺院を中心に、特定の地域でごくわずか作られています。これに対して糸引き納豆は、塩を加えず、枯草菌の一種である納豆菌の作用によって、短期間に粘質物を生成させる大豆醗酵食品であり、現在、日本で納豆といえば、大部分は糸引き納豆のことを指しています。

 

 糸引き納豆の納豆菌は稲わらに胞子として多く生息しており、しかも熱に強く100℃でも死なないという性質を持っているために、稲わらを煮沸殺菌したあとで、その中に煮豆を包んで40℃位に保温しておくと稲わらについていた雑菌は死滅して納豆菌だけが繁殖して、糸を引く納豆が出来るのです。わが国には古くから稲わらに神様が宿ると考えられていました。東北地方ではその稲わらに煮豆を入れて神様にお供えし、農作物の収穫に感謝するという風習がありました。そのような環境の中で糸引き納豆が生れる素地が出来てきたと考えられます。さらに当時、東北地方で栽培されていた大豆は大粒で煮豆にするのに時間がかかったので煮る前に大豆を砕いて小粒にしたことから「ひき割り納豆」が生れたとも言われています。
 納豆菌のもう一つの特徴は酸・アルカリに対しても強いので、納豆を食べて胃の中に入っていっても納豆菌は胃酸の中で胞子の状態で生き続けており、納豆菌は生きたまま腸にまで届けられ、腸内環境の改善に効果を発揮することが出来るという特徴があります。また他の多くの菌に比べても納豆菌の繁殖力は強く、約30分ごとに分裂を繰り返すので、その旺盛な繁殖力のために他の雑菌の増殖を抑え込む力があり、そのために納豆には腐敗菌が繁殖することが出来ないのです。このように納豆菌は高熱にも極寒にも、さらには強酸、強アルカリにおいても生きられる強さがあり、これほど強い胞子は納豆菌以外に見当たりません。

 納豆を作るときの煮豆を丸豆のまま発酵させるか砕いた大豆で発酵させるかによって「丸大豆納豆」と「ひきわり納豆」とに分かれます。「ひきわり納豆」は納豆菌が繁殖する大豆の表面積が広くなり、より納豆菌効果が高くなるとされています。

 

納豆菌によって大豆たんぱくが分解され、納豆菌の栄養素として蓄積されているのがネバネバ成分であるポリグルタミン酸です。もちろんこの成分も人の健康に大いに役立っているのですが、このポリグルタミン酸には特別な働きが知られています。それはポリグルタミン酸が結合して作るネットワークには多くの水を保留するという機能があります。1グラムのポリグルタミン酸が最大5リットルの水を包含することが出来るのです。この機能をさらに強めたのが「納豆樹脂」と呼ばれる吸水性ポリマーです。この納豆樹脂はハチの巣構造をしており、この中に水を取り込むことが出来るので多量の水分を保持することが出来るのです。現在これらの納豆樹脂を使って砂漠に作物を植えようという取り組みが行われています。穀物の種子をこれら納豆樹脂で覆って砂漠に植えて、水を十分に与えておくとこの水分を使って種子が生育していくというものです。そしてこの納豆樹脂はその後生物分解されて土壌に帰るというものです。今後の展開に期待していきたいと思っています。
 
 

ただ、この納豆菌が作るγポリグルタミン酸は海に漂うクラゲの触手にあるクラゲ毒と同じ物質であり、そのために海でクラゲに刺されたりした後で納豆を食べたりしたときにアナフィラキシーショックを引き起こすことがあるとされています。しかしこれはすでにクラゲから体内に取り込んでいる原因物質によって体内でIgE抗体がつくられている場合に限られます。しかも誰でも同じ症状が出るわけでもなく、症状の出方はそれぞれに異なることになります。

 

  掲載日 2024.11

 

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