加藤昇の(新)大豆の話
24. 豆乳について、その仕組みと世界の消費量
豆腐が我が国に伝わったのが奈良・平安時代だとすると、豆腐を作る前段階で出来る豆乳は当然、この時代から飲まれていたことが想像されます。いや、それよりもさらにさかのぼった縄文人たちが大豆や大豆の先祖種であるツルマメを食料としていた時の最初の食べ方が豆乳であったと考えることも出来ます。私たちの記憶の中では第2次世界大戦の終戦後の食糧難の中で、近所の豆腐屋さんの店先に多くの人が豆乳を買いに並んでいた姿が思い出されます。これらの豆乳には大豆に含まれているたんぱく質や油脂などの栄養素の他にもリポキシゲナーゼのような酵素が働いており非常に強い不快臭があったはずです。しかしそのことにも我慢しながら豆乳を飲み続けていたのは、豆乳には栄養に満ちた成分が含まれているとの認識がなければできなかったことでしょう。やはり、日本人にとっては大豆に対して特別な思い入れがあったとしか考えられません。このように豆乳は、豆腐に先立って長い時代、細々と人々に飲み続けられてきた歴史が隠されているものと想像されます。
豆乳はなぜ水と油に分離しないの
凍り豆腐は豆腐を凍結後乾燥させたものです。この中にはダイズ中のほとんどの蛋白質と脂質が移行しています。生大豆には約20%の油脂を含んでいる。この油脂は豆腐を作る過程でほとんどすべて豆腐の中に留まっているのです。だから豆腐の成分は、乾物重で蛋白質55%、脂質35%を含んでいます。普通の食品で油分35%であればどうだろうか。凍り豆腐にこれだけの油脂を含んでいるとは想像できないのではないでしょうか。同じくらいの油を含んでいる肉や魚を加熱すると油が分離して、ポタポタとたれてきますが豆腐や凍り豆腐を焼いても、油が流れ落ちてくるようなことはありません。また、豆腐を食べても食感としても多量の油が含まれているとはとても思えません。当然ながら、豆乳にも多量の油脂が含まれていますが、水と油に分離することもあり得ません。また湯豆腐の湯の中に油が浮き上がってくることもない、何故か?
まず頭に思い浮かぶことは、大豆中に強い乳化力のあるレシチンが含まれているからだろうと想像します。勿論間違っているわけではないが十分な説明にはなっていません。実は大豆の中にはあまり知られていない秘密兵器が仕組まれているのです。それはオレオシンという特殊な大豆タンパク出来るす。大豆の種子中で油脂は小胞体となってオイルボディという塊を形成しています。オイルボディは周囲をリン脂質(レシチン)の二重層に囲まれていますが、この中性脂質塊に蛋白質の鋲が打ち込まれて大豆子葉中で安定状態となっているのです。この打ち込まれている鋲の働きをしている蛋白質がオレオシンと呼ばれる蛋白質です。
大豆の中には24Kと18Kと呼ばれる2種類のオレオシンがあり、これらが強い乳化安定性を発揮しているのです。オイルボディというのはさきにも言ったように、生大豆中で大豆油を蓄積している形態を指しているのですが、豆乳を作るときに大豆を磨砕して水抽出した豆乳中では、オイルボディの大部分は大豆蛋白質と結びついて巨大粒子を作っています。このときにオレオシンが重要な役割を演ずるのです。大豆タンパクにはグリシニンとβ-コングリシニンという大きなタンパク群がありますが、これがオレオシンの働きによって、まず脂質がグリシニンと結合し、さらにβ-コングリシニンが仲立ちして巨大粒子を形成して安定しているのです。オレオシンタンパク質の熱変性点は130℃付近であり非常に熱に強く、100℃以下の加熱による豆乳の調整ではこれらのタンパクの変性が起こらず強力な乳化力は維持されたままになっています。そのため豆乳中の脂質は極めて安定で、長期保存や再加熱などによっても分離することはないのです。
このようにして出来た豆乳に、さらにニガリを添加して豆腐を作ることになるのですが、豆乳をオレオシンが安定させたように豆腐のカードを作るときにもオレオシンが大活躍するのです。オイルボディの表面のオレオシンは中性領域に等電点を持つことから、凝固剤のニガリを添加されるとオレオシンとタンパク粒子がまず結合し、さらにそのネットワークを広めながらさらに周りの蛋白質がこれに集結し、水を抱き込んだ状態のカードを形成することになるのです。結局、脂質はオイルボディの形で粒子、さらに蛋白質に囲まれ、ネットワークの中心に埋め込まれて安定な形をとっているのです。そのため豆腐中の脂質は煮ても焼いても出てこないのです。豆腐を食べても油っこさを感じないのはこのように幾重にも包み込まれた状態で安定していることによるからです。
豆腐の冷やっこを食べるときに、これに数滴の大豆油か、あるいは手元にあるサラダ油をかけるとさらに味がまろやかになることをご存知でしょうか。私たちが豆腐の美味しさを味わっている時には、豆腐の中に含まれている油を舌が感じ取り、油の美味しさを認識している部分もあるのです。
多くの人に愛用されている豆乳
現在、伝統的な大豆食品である豆腐、味噌、醤油の消費量が横這いか、あるいは下降線を辿っている中で、豆乳が人気を集めて消費量を増やしています。スーパーマーケットへ行くと豆乳の棚幅が牛乳に迫る勢いで広げられています。テレビや新聞を見ていても、豆乳を使った商品の紹介が多く目につきます。すっかり馴染みとなっている各種豆乳飲料や豆乳鍋の他、青汁豆乳や寒天豆乳、さらには豆乳クッキー、豆乳ローション、豆乳石鹸、はたまた豆乳風呂まで豆乳にあやかった商品のなんと多いことか。どうやら豆乳にはダイエット、美容、健康のイメージが定着している様子です。このような現在の豆乳ブームはなにも日本に限った現象ではないようです。
1999年にFDA(米国食品医薬品局)は大豆食品が健康維持とりわけ心臓病・脳卒中の予防に有効であるとして積極的に摂取するよう奨励したのです。このことがアメリカにおいて、豆乳などの大豆ブームに火をつけることになりました。しかし、このようなアメリカの動きとは別に、豆乳には現在もっと大きな流れが始まっています。広く世界の国々を眺めてみると、我々の想像以上に豆乳が広く愛用されていることに驚かされます。農水省のデーターによると、2003年の我が国の国民1人当り年間豆乳消費量が1.01リットルであったのが2016年では2.9リットルと大きく飛躍しています。
日本豆乳協会の資料から2016年段階で年間の一人当たり豆乳消費量の多い国を見てみると、タイの11.3リットルを筆頭に、台湾の6.2、韓国の3.9、ベトナム、マレーシアの3.8リットルと我が国の消費量をはるかにしのいでいます。このように豆乳は、今では調理の食材として、お菓子つくりの材料として、あるいはエナジーバーなど筋肉強化の素材として幅広く使われるようになってきています。このような豆乳ブームに危機感を抱いているのがアメリカの牛乳業界です。彼らはアメリカでの名称である「ソイミルク」の呼び方に異議を申し立てているのです。「ミルク」という呼び方は動物の乳房から出たものでなければならないと主張しているのです。彼らはミルクという名称が消費者の健康イメージを盛り立てているとしているのでが、これは日本の「豆乳」にも当てはまります。
確かにミルク、乳という呼び方は国によってはまちまちです。EUでは、その製品が乳房から出ていないと「ミルク」という表示は禁止となっています。だからその時には「ソイドリンク」と呼んでいるのです。フランスでは「トウニュウ」と日本名で表示しています。豆乳を永く飲んでいる中国では「大豆スープ」と呼んでいるようです。しかし日本を始めタイ、北朝鮮、韓国、ベトナムなど大豆飲料を古くから飲んでいる地域では大豆ミルクとか豆乳として広く普及しています。このように豆乳の呼び方が世界の各地で争点になるのも、豆乳が牛乳の地位を脅かす存在になってきた証であろうと思われます。
掲載日 2019.7