加藤昇の(新)大豆の話
21. 豆腐の味って何だったんだろうか
豆腐にはいくつかの種類があります。農水省は「豆腐製造流通基準」なるものを決めており、これを豆腐の定義にしています。特に目新しい話ではありませんが、国の一つの基準としているので紹介することにします。
@ 木綿豆腐: 豆乳を凝固させた後、崩し、上澄みを分離して箱型に入れ、圧搾、成型したもの。
A きぬごし豆腐: 豆乳と凝固剤を型箱の中で混合し、全体をゲル状に凝固させたもの。
B 充填豆腐: 豆乳をいったん冷却し、包装容器に注入密封の上加熱し、全体をゲル状に凝固させたもの。
C ソフト豆腐: 豆乳に凝固剤を添加してゲル状に凝固させたものを型箱に入れ、圧搾、成型したもの。
@
焼き豆腐: もめん豆腐またはソフト豆腐を圧搾、水切りした後、焙焼したもの。
A
油揚げ : 豆乳の凝固物を水切りして生地をつくり、油で揚げて膨張させたもの。
日本豆腐協会の資料によれば、2004年の時点において全国で最も消費量が多いのは「きぬごし豆腐」であり、次いで「木綿豆腐」、「充填豆腐」となっているようです。
豆腐は北海道から沖縄まで広く普及していますが、昭和の半ばまで地産地消として地場の大豆が主に使われていました。そのために各地域の栽培環境に適応した大豆が地域の農事試験場などで開発されて奨励品種として育成されてきました。
しかし現在の我が国の豆腐用原料として使われている大豆は、アメリカから輸入している大豆の比率が40%、カナダから輸入しているのが39%、国産大豆が21%となっています(2018年)。私たちの豆腐はその8割をアメリカ、カナダの大豆に依存しているのが実態なのです。
豆腐の味とは何か
ところで肝心の豆腐の味について意外なきっかけから解明されることができました。それはリポキシゲナーゼという大豆に含まれる酵素が関係していることが分かってきたのです。リポキシゲナーゼという大豆に含まれる酵素については、すでにふれているところですが、栄養豊富な大豆が自分の身を守るために持っているとも考えられる脂肪酸酸化酵素の一つです。私たちが生大豆を噛むと、とたんに生臭いいやな臭いが口いっぱいに広がります。これがリポシキゲナーゼの仕業なのです。
我々人間は大豆を食べるときには熱をかけて、この酵素を失活させ働かないようにしてから食べているのです。しかし加熱調理ができない動物たちにとってはこの酵素の働きによって生大豆が食べられないのです。こうして栄養素をたっぷりと蓄えている大豆は動物たちから自分の身を守っているのです。
この酵素の働きを簡単に説明すると、大豆の組織を噛んだり磨り潰したりすると大豆に含まれているリポキシゲナーゼが瞬時に働き出し、大豆に含まれている不飽和脂肪酸に働きかけて過酸化脂質を作り、さらにそれを分解してアルデヒド類を生成して青臭みを発生させるのです。
この生大豆の青臭みは普段大豆食品を食べている日本人にも不快臭として受付けられませんが、大豆食になじみの薄い欧米人にとっては、たとえ加熱処理をしても食べにくい壁となって立ちふさがっているのです。そこで人間は勝手なことを企てるのです。大豆の大事な防御システムと考えられているリポキシゲナーゼを取り除く品種改良に取り組んだのです。今や大豆は農家の保護の元で栽培されているので、自分の身を護る機能がなくても安全に生育できるのです。そして、なんと日本の技術で完成させてしまったのです。つまりリポキシゲナーゼ欠失大豆の誕生でした。これで大豆からいやな匂いがなくなった、と期待が大きく膨らみました。そこでこのリポキシゲナーゼ欠失大豆でまず作ってみたのが大豆の最も大きな用途である豆腐だったのです。その豆腐を試食した皆が一瞬戸惑ってしまいました。思ってもみなかったことに直面したのです。豆腐らしい味がしなかったのです。ここで皆がぶつかったのは、「ところで豆腐の味ってなんなの?」という基本的なことでした。
いろいろ試しているうちにわかったことは、今まで豆腐の味として親しんでいたのはリポキシゲナーゼで酸化された大豆油の味だったのです。たとえ豆乳にショ糖やグルタミン酸ソーダなどの調味料を添加して凝固させても豆腐の食味の向上には結びつきません。豆腐には大豆の油を酸化した味と匂いが必要だったのです。逆に、この酵素が働きかけることのできるリノール酸、リノレン酸のような多価不飽和脂肪酸が多く含まれている大豆ほど、豆腐にしたときに旨味やコクが感じられたのです。また、リポキシゲナーゼによって作られる脂質酸化生成物には香気成分を多く含んでいることもわかり、味と匂いの両方で豆腐の旨味を作っていたのです。豆腐を作るときに水で膨潤させた大豆を磨砕していますが、この時に酵素が目覚めて豆腐の味を作っていたのです。
いままでは豆腐を食べるときにはたんぱく質のことは意識にあったことでしょうが、大豆油についてはほとんど意識の外だったように思います。油脂を豊富に含んでいる大豆食品にはどれにもその中には油脂が逃げずに残っており、味にも影響を与えていたことをすっかり見逃していました。豆腐だけでなく、豆腐を使った和食の中にも大豆油が風味などに微妙に影響を与えている可能性がありそうです。
掲載日 2019.7