加藤昇の(新)大豆の話

20. 豆腐百珍、江戸時代の豆腐料理本

私たちにとって大豆を原料とした最も身近な食品といえば、それは豆腐だと思われます。家計調査から推定すると、平成18年度で豆腐は1世帯年間72.32丁、日本全体で年間37億丁の豆腐が食べられていることになっています。このほかに油揚・がんもどきが豆腐の半分ほど食べられており、合わせると大変な量である。皆さんは一体どのように食べているのだろうか、皆さんの豆腐の食べ方についてはよくわかっていませんが、自分の食べ方を思い返すとほとんどが味噌汁で、次いで冷奴、そして時々マーボ豆腐というところだ。こうしてみると自分の豆腐に対する発想の貧弱さが丸見えだ。ところが江戸時代の豆腐の料理本にはバラエティー豊かな豆腐料理が並んでいます。これを見ると江戸時代の生き生きとした豆腐グルメの姿が想像されます。ここでは江戸時代の料理本『豆腐百珍』を紹介したいと思います。

『豆腐百珍』は日本最初の豆腐料理本として有名である。この本は天明二年(1782年)に発刊され、著者は酔狂人何必醇(すいきょうじんかひつじゅん)と名乗っているが、本当の姿は誰なのかわかっていない。現代の豆腐料理人もこの本を参考にしているが、なにしろ昔の書体で書かれているので読みにくい。この本の原本現代訳を福田浩氏が『豆腐百珍』として分かりやすく解説してくれているのが教育社から出ている。また、これら百種類の豆腐料理をカラー写真で紹介し、食べた感想も添えられているのが、新潮社から福田浩、杉本伸子、松藤庄平共著で出ているのが、もうひとつの『豆腐百珍』である。この二つの『豆腐百珍』で江戸時代の豆腐グルメの様子が見えてきます。今回はここから引用しながら江戸時代の豆腐料理を紹介してみたいと思う。

江戸時代も半ばになり世の中が安定してくるといろいろな料理本が世に出てくるようになる。『豆腐百珍』は大阪高麗橋の春星堂藤屋善七が版元として出版されましたが、発刊されるや大変な反響で、翌年には引き続いて『豆腐百珍続編』が同じ著者で発刊され、さらに2年後の1784年には『豆腐百珍余禄』としてこれら以外の豆腐料理も発表されている。

『豆腐百珍』には100品の豆腐料理のレシピが載っており、『豆腐百珍続編』には本文で100品の豆腐料理のほかに付録として38品の料理が載っている。さらに『豆腐百珍余禄』には豆腐料理40品が掲載されている。これら3冊の『豆腐百珍』あわせて278品目の豆腐料理が紹介されているのだ。しかも『豆腐百珍』、『豆腐百珍続編』それぞれには、これら豆腐料理を尋常品、通品、佳品、奇品、妙品、絶品の6種類に分類されて書かれている。

「尋常品」とは、どこの家庭でも常に料理するものだが、そこに秘伝があればそれらも書かれている。

「通品」とは、料理に特に難しいこともなく一般に知られているので料理名だけを列記している。

「佳品」とは、風味が尋常品に比べてやや優れ、見た目に形のきれいな料理の類である。

「奇品」とは、ひときわ変ったもので、人の意表をついた料理のグループとされている。

「妙品」とは、奇品に比べて形の美しさはやや劣るものの、うまさの点では勝るものである。

「絶品」とは、さらに妙品に勝るもので、豆腐の持ち味を生かした絶妙の調味加減を記した、としている。

こうして『豆腐百珍』には尋常品26品目、通品10品目、佳品20品目、奇品19品目、妙品18品目、絶品7品目あわせて100品目の豆腐料理が取り上げられている。では、最上級とされる絶品の豆腐料理とはどんなものがあるのか、気になるところだ。そこで絶品7品目を簡単に紹介しておこう。

@「揚げながし」 木綿豆腐の水気を切り、奴に切って油で揚げ、水に放して油抜きし、煮立てた葛湯で加減よく煮る。上にわさび味噌をかけて食べる。

A「辣料(からみ)豆腐」 醤油と酒で整えたたっぷりの出し汁とおろし生姜で朝から夕方まで煮る。豆腐1丁に生姜を10個ほど使う。

B「礫(つぶて)田楽」 豆腐を田楽用に下ごしらえし、両面を軽く炙り醤油をかけて下味をつける。白味噌を煮切り酒と酢で適度に伸ばし、からしを加えたからし酢味噌をたっぷり乗せ、芥子の実を振って食べる。

C「湯やっこ」 醤油を煮立たせ、花かつおを入れ、少量の湯を差してもう一度煮立たせ、漉す。豆腐は拍子木に切り、泡立つまでに煮立てた葛湯に入れ、まさに浮き上がろうとするところを掬い上げる。薬味はざく切りの葱、おろし大根、唐辛子粉。

D「雪消飯(ゆきげめし)」 冷飯を湯でさっと洗ってパラッとさせる。豆腐はうどん様に下ごしらえし、八杯出しで煮、温めておいた器に汁ごと入れ、おろし大根をのせ、その上にご飯を乗せる。

E「鞍馬豆腐」 豆腐を横に二つ切りにし、油で揚げて皮をむき、丸い形に整える。下拵えした豆腐を湯で煮、梅びしおをかけ、芥子の実か割り胡椒をふりかける。又は醤油で煮て摺り山椒をのせる。

F「真のうどん豆腐」 豆腐をうどん状に下拵えする。割り醤油の材料を合わせてひと煮立ちさせる。湯をたぎらせておいて、網杓子に入れた豆腐は網杓子ごと鍋に浸し、すぐに器に取り、別の煮え湯をそそいで食べる。薬味はおろし大根、唐辛子の粉、みじん切りの葱、陳皮。

 『豆腐百珍続編』にも絶品として6品目が取り上げられている。名前だけ列記すると、「豆腐飯」、「三清豆腐」、「雲井豆腐」、「角おぼろ」、「掬水豆腐」、「紅はんぺん」となっている。

 『豆腐百珍』で使われた調味料は、醤油44品、味噌18品、酢3品、塩3品、好みで7品、調味に触れていない25品、となっており、圧倒的に醤油が調味料の主役となっている。これは上方から江戸に醤油が伝播し、醤油が味噌を抜いて調味料の王座に坐ろうとする途上での料理本であり、新しい調味料に対する憧れも反映しているのではないかと思われる。

これら「絶品」とされる豆腐料理のいくつかを自分で作って食べてみたいと思っている。しかし270種類を超える豆腐料理を考えた料理人もすごいが、この本を熱狂的に受け入れた江戸時代の庶民の豆腐に対する熱い思い入れには圧倒されるばかりだ。

 

 

  掲載日 2019.7

 

 

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