加藤昇の(新)大豆の話

2. マメ科植物が世界の古代文明を育てた 

大豆はマメ科植物に属していますが、そのマメ科植物は世界で60013,000種あるといわれています。これはイネ科に次ぐ大きなグループで、その代表的なものが大豆です。これらマメ科植物には空気中の窒素ガスを取り込んで自分の栄養として利用することができる特技を持っているのです。

これらのマメ科植物のうち食用にされているマメ類は約80種と言われ、その中でも経済的に重要なマメ類はわずか30種程度であるといわれています。これら多くのマメ科植物がいつから地球上に生息していたのかはよくわかっていません。しかし、日本や中国の遺跡からの出土品から大豆の先祖種であるツルマメやリョクトウなどは古くから縄文人などによって栽培されていた痕跡が見られており、日本では7000年前のリョクトウや中国でも1万年前のツルマメを主張している説も見られているほどです。その他の多くのマメ科植物の広がりから考えても、今から5-7千年前に人類が地上に文明を築いた時よりもはるか前にはすでに多くのマメ科植物が生息していた可能性は否定できません。

2019年10月の学術雑誌「サイエンス」に、最も古いマメ科植物の化石が、6400万年前の地層から発見されたことが発表されました。発見された場所はアメリカ・コロラド州の山岳地帯でした。ここからは巨大隕石が地球に衝突してから70万年後の地層から、隕石衝突後に生き延びていた哺乳類の化石と共にマメ科植物の化石が見つかったのです。そして生き残った哺乳類たちがマメ科植物を含む植物を食べることにより約100万年で大型化していったことも明らかになりました。このようにマメ科植物は6400万年前にはすでに地球上に現れており、周辺の植物に空気中の窒素を栄養として与えていたのみならず、間接的に古代動物の生命を支えていたのです。

われわれの住む東アジアに起源をもつマメ類は大豆とアズキだけとされています。リョクトウはインド中北部を起源としておりササゲはアフリカ原産です。エンドウ、ソラマメなどは西アジアのチグリス、ユーフラテス河とナイル河周辺を起源としているのです。このように日本で縄文時代から栽培されていたのは大豆、アズキとリョクトウだけですが、世界の各地ではすでに多くのマメ科植物が育っていた可能性が高いのです。私たちが今食べているインゲンマメ、ベニバナインゲン、エンドウマメなどは江戸時代末期から明治時代にかけて日本に入ってきた豆類と言われています。 

 エジプトのピラミッドのツタンカーメンの墓からはエンドウマメの種子が見つかったことは有名ですが、この種子が発芽して、今では多くの人たちに育て継がれています。ツタンカーメン王が葬られたのはBC1358とされており、その時に副葬品として埋葬されたエンドウマメの種子が、1923年にイギリスの考古学者カーターによって発掘されて持ち帰ったマメが3281年の休眠を破って発芽したのです。種子の生命力の強さには驚くばかりです。

豆類の原産地について現時点で考えられているのは次の表に書いた通りですが、これらマメ科植物が生まれた地域に古代文明が育っているのです。古代の文明が生まれたナイル河やチグリス、ユーフラテス河、インダス河、黄河の周辺が世界のマメ類の発祥地であったことはまったく偶然ではないと思っています。詳しくは根粒菌の項で説明しますが、これらマメ科植物が周辺地域に自生していたかどうかが穀物栽培を可能にし、社会を形成し、文明を育てていくうえで大きな要因であった可能性が高いのです。 

豆の種類

想定される原産地

豆の種類

想定される原産地

大豆

中國・日本

インゲンマメ

メキシコ遺跡から

アズキ

東アジア

ささげ

アフリカ

エンドウ豆

地中海沿岸

そら豆

メソポタミア地方

ひよこ豆

インド周辺

レンズ豆

西アジア

 我々の先祖たちは身の周りにあった種子を採取し、動物を家畜化して農耕を広め、社会を形成していったのです。そして食料に適している小麦など穀物の栽培地を広げて部族をまとめ、富を蓄えて国家へと築き上げていったのです。しかし、その時にどこの土地でも同じように穀物が育ったとは考えられません。小麦やトーモロコシなどが育ちやすかった地域には文明が育ち、栽培効率の悪い土地では文明が育ちにくかったと想像されます。そのような差は何によって起こっていたのか、それにはいくつかの要因があったと思われますが、その地域にマメ科植物が生息していたかどうかが大きな差を生んだものと思われます。マメ科植物には共生する根粒菌の働きによって、その周りの土壌中には空気中から取り込まれた窒素分が豊富に含まれるようになり、化学肥料のなかった古代にあって小麦やその他の作物を育てる、まさに陰の力になっていたのです。植物が取り入れる栄養素の中でも窒素肥料による生育効果が最も大きな影響を与えることが知られています。20世紀になっても大豆やレンゲなどマメ科植物に共生している窒素固定菌に窒素の栄養分を頼っていた農業が行われていたことを考えれば、約5千年前に各地で起こった古代文明を支えた小麦栽培において、その周辺にマメ科植物に共生する窒素固定菌が棲んでいたかどうかは、そこに富が蓄積できたかどうかの大きな差となったはずです。こうしてマメ科植物が育っていた土地に初期の農耕文化が生まれ、それによって培われた富を土台として古代文明を育んでいったことが想像されます。まさにマメ科植物は古代文明を築き上げる力強い支えになっていたことでしょう。つまり、古代の豆類は世界の文明創生に貢献していたと言っても過言ではないと思います。

こうして古代の中国黄河流域では大豆の先祖種であるツルマメや大豆に寄生する根粒菌によって土壌中に窒素分が蓄積され、多くの民を育てることが出来るようになり「黄河文明」が育つ環境が出来ていったと考えられます。 

世界の焼畑農業の歴史を見ても、紀元前300年頃のギリシャ・ローマ時代にはすでにマメ科植物は緑肥として土壌に鋤きこむことがおこなわれていたことが分かっており、このようなマメ科植物を利用した農業が古くからおこなわれていたのです。古代ローマ文明は紀元前800年頃に生まれており、すでにその頃にはローマ文明が育った周辺の土地にマメ科植物が育っていたことと思われます。アメリカは現在世界最大の大豆生産国ですが、このアメリカでも大豆栽培の最初の目的は、小麦・トーモロコシ栽培で痩せた土地の地力回復を図ったもので、緑肥として大豆をそのまま土壌の中に鋤き込んでいたのです。アメリカで大豆種子の収穫を目的とする栽培が緑肥目的を上回るのは、やっと1940年代後半になってからのことです。 

 冒頭にも書いたように、小麦やトーモロコシ栽培を支え古代文明を作り上げるには窒素分が必要であり、それを供給できたのはマメ科植物だけだったのです。このようにマメ科植物は古代の文明を支えたのと同じように、将来の人口爆発に対応できる作物として期待されているのです。 

               更新日 2020.2


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