加藤昇の 大豆の話


U−7 豆腐

 豆腐は日本人にとって最も親しみのある大豆食品です。政府の発表する家計調査では、大豆加工品の中で、最も多く購入されているのが豆腐で、次いで納豆となっています。豆腐料理も江戸時代から、バラエティに富んだ食べ方が広く知られており、大衆に親しまれていた様子が見えてくる。ところで「冷やっこ」という夏場に好まれる素朴な食べ方、あの、豆腐を四角く切って鰹節をのせ、醤油を掛ける食べ方だが、冷や奴の「奴」とはどこからきたのかご存知ですか。江戸時代の大名行列の先頭に立って、槍を振り歩いている「奴さん」の着物に付けている方形の紋に似た形が豆腐に似ているところからつけられたものだそうです。いかにも庶民の目線で、親しみを込めた命名らしさが感じられるではありませんか。

 ところが、この豆腐は中国で生まれたもののようですが、いつ頃から食べられていたかについては確かな記録がない。豆腐業界では二千年前、漢の末裔、准南王劉安(B.C.179-122)が発明したとして、毎年9月15日に准南市で日中両国の豆腐業者が集まって豆腐祭りを行っているらしいが、中国の専門家達は“劉安説”を認めていないようである。諸説入り混じって、結局のところ起源がよく分からない、というところらしい。また、わが国へ豆腐が伝えられた時代についても定説がない。よく、奈良時代(708-794年)に遣唐使によって伝えられた、とされているが、唐の制度を真似たはずの奈良朝から平安朝にかけての文献には、豆腐についての記述が出てこないのです。

 わが国の豆腐についての最初の文献は、1183年の奈良春日若宮の神主中臣祐重が書いた日記が最初です。さらに50余年おくれて、日蓮上人の手紙(1239年)がある。この手紙の中に「すりだうふ」の名があがっている。この「すりだうふ」とは何物であるかは定かでないが、この頃から我が国で豆腐が利用され始めていたようである。篠田統がまとめた「日本の食文化」によると、わが国で豆腐准南王説が広がっていったのは、徳川幕府の採用した朱子学によるところが大きいという。幕府は儒学の基本として朱子学を採用したが、その朱子に「世に伝う、豆腐はすなわち准南王の術」というくだりがある。朱子大全は江戸時代道学者の必読の書だったから、この辺から豆腐准南王説が普及したのではないかと推測されている。

 豆腐は、かつて安価で手軽に購入できる食材として親しんできたが、今ではいろいろな健康機能があることが豆腐を購入する大きな動機になっている。豆腐の中には大豆が持っている成分の多くがそのまま移行しているので、大豆の持つ健康機能がそのまま豆腐の中にあるといえます。大豆の持っている健康成分としては、タンパク質、油脂、レシチン、イソフラボン、ビタミンE、ビタミンK、食物繊維、トリプシンインヒビター、サポニンなどがあります。これらの中で豆腐を製造する工程でおからとして取り除かれたり、水に溶けて失われたものもあるが、ほとんどの成分は豆腐の中に移っているのです。これらの成分による豆腐の健康機能には、いろいろな生活習慣病の予防や治療があげられていますが、それらは広い領域に亘っており、このコラムで全て取り上げることは到底出来ません。そこで、項を改めてそれぞれの成分ごとに触れていくことにします。

 豆腐を作るときに使われる凝固剤にも健康機能が指摘されています。脳卒中を必ず起こす遺伝子をもったネズミに大豆タンパクの餌を与えたところ、ネズミの寿命が倍に伸びたのですが、さらに、ニガリの主成分である塩化マグネシウムを混ぜた大豆タンパクを与えた場合、ネズミの寿命は脳卒中を起こすことなく4倍も長生きした、という実験結果です。この実験結果が京都大学の家森教授によってNHKの番組で紹介されたことによって、にがりで固めた豆腐は風味のよさだけでなく、健康面からもさらに注目されるようになってきたのです。

 「とうふよう」という名前を聞いたことがありますか。とうふようは室温で乾燥させた木綿豆腐を麹と泡盛(蒸留酒)を含むもろみに漬け込んで熟成させたもので、沖縄独特の豆腐の発酵食品です。これは、琉球王朝時代の18世紀頃に中国から伝来した紅腐乱を沖縄の気候、食習慣や嗜好に合わせて改良したもので、当時の上流社会で滋養食や酒の肴として珍重されたようです。しかし、その製造法は門外不出の秘伝として細々と継承されてきたため、最近まで広く知られることはありませんでした。ここで使われている紅麹菌にも、コレステロール抑制作用、血圧上昇抑制作用、抗酸化作用などの薬理効果が指摘されており、静かなブームを呼んでいるようです。

 いまや、豆腐は、健康食「Tofu」として世界的に認知され、広まっています。それは、豆腐の味にクセがないことにもよりますが、それにもまして、最近の研究から、優れた健康機能が次々と明らかにされたことにより、欧米の人たちにも豆腐のよさが認識され、食生活の中にも浸透し始めたからでしょう。私たちは皆、いつまでも若さを保ち、健康で暮らしたいと思っているはずです。私たちの身の回りにある食品の中で、この希望を最もかなえてくれそうな食品のひとつが豆腐です。ところがわが国の豆腐の生産量、購入金額ともに、最近の数年間は下降傾向を辿っています。肥満や循環器系疾患を気にしているアメリカで豆腐の消費量が伸びているのと対照的です。私たちはもう一度豆腐について見直す必要があるのではないでしょうか。


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