加藤昇の 大豆の話


U−16 油のおいしさについて

 「酒を飲んだ後では、どうしてラーメンが食べたくなるのか」
それはアルコールを飲むと体の中で積極的にエネルギーとなります。そのため脳は、もうカロリーは十分だ、という思って体の各部分に信号を出すのです。この信号を受けて、体は余分なカロリーを貯蔵するために脂肪と糖の合成を活発にすると共に、脂肪の分解も停止させます。一方では、飲酒によって交感神経が活発になっており肝臓のグリコーゲンはさかんに分解されてアルコールと共に熱になって浪費され続けるのです。その結果、脳にまわされる血液中の糖分が不足してきます。そのことに気がついた脳は、急遽、澱粉が不足しているとの指令を発信し、その指令を受けて無意識にラーメンやそば、お茶漬けなど澱粉質の食べ物が欲しくなるのです。これは京都大学の伏木教授が書いた本「魔法の舌」の一節である。伏木先生は、人間の嗜好は、基本的に体の不足した栄養分に対する要求であり、体の栄養分を一定に保つシステムである、としている。その伏木先生は油のおいしさについても研究をしている。

 最近、テレビで自分の好みのマヨネーズをキープ出来るレストランがあることを知って、あらためて人間の油脂に対する好みの強さを知らされた思いです。このような油脂に対する摂食欲がどこからくるのかについての先生の研究を紹介しましょう。

 油には、甘味、辛味、塩味などの味というものはありません。純粋な油脂は人間にとって無味無臭であり、舌に旨味を感じません。油だけを美味しいといって舐めていたら化け猫と間違えられます。しかし、食品に油脂を添加すると、とたんに美味しくなってきます。霜降りの肉、脂の乗った旬の魚など、私たちが美味しいと感じている食べ物には油が多く含まれています。ネズミを使った試験で、油脂の味わいは従来の味の範疇に含まれない刺激であることがわかってきています。舌の先端で感じる味でなく、油脂の刺激は舌の奥にある神経が脳に伝えることによって起こっているようです。脳は送られてきた油脂の信号と、油脂には高いエネルギーがあるとの情報をつき合わせて油脂を好ましく思うという報酬作用を発すると考えられています。油脂に対する嗜好性は長期間の動物試験でも低下せず、むしろ嗜好性が強まっていく傾向が観察されている。マヨラーが生まれる仕組みがここにありそうです。

 この油脂に対する嗜好性が、だしの旨味のグルタミン酸にも連動しているという興味あるデーターもあります。油脂を構成している脂肪酸にも、旨味の素であるグルタミン酸にも同じカルボキシル基という反応する部分がくっついています。小腸の細胞はこの二つのカルボキシル基にたいして似た物質として認識しているようなのです。だから日本人がだしに旨味を感じて満足をしているのと米国人が油脂に旨味を感じるのは似ているのかもしれません。舌では違う味に感じても、だしの旨味の代わりを油脂が十分行っている可能性があるというのです。これなんかは環境による進化の過程で細胞の働きが分かれていったのかも知れませんね。魚の豊富な海岸に住んでいる人たちと、長い間狩猟生活で動物肉を食べていた人たちでは、旨味の感じ方が形を替えているのでしょうか。まさに、油脂のおいしさとは口の中だけでなく内臓・代謝系を総動員した総合的な判断でもあるようです。

 「脂肪」、「砂糖」と「だしの風味」は人間や動物にとって普遍的においしいと感ずることは、実験動物の執着行動からも観察されています。これらを摂取することによって3大栄養素を得られる報酬があるからです。これらはまさに生命維持のための動物の基本的な食行動であろうと思われます。生物発展の歴史の中で、これらに対しておいしさを感じなかった動物がいたかもしれないが、おそらくそのような動物は生き延びられなかったのではないかと想像されます。高エネルギーの油脂に対してだけ舌を介しない、脳が直接関与する執着行動を組み込んでおく、このメカニズムこそ人類が現在まで生き延びている究極のシステムであったのではないだろうか。


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