加藤昇の 大豆の話


U−13 味噌について

 我が家恒例の味噌つくりは、今年も12月7,8日に来年用の味噌を作り終えることが出来ました。ゆっくりと米麹が大豆蛋白質や油脂を分解しながら塩分と馴染むように、毎年この時期に味噌の仕込をしているのです。今年も、子供の背丈ほどの味噌甕2つに甘い米麹の香たっぷりの味噌が仕込まれ、来年の秋口に甕の蓋を開けるのが楽しみです。我が家が仕込む味噌材料は、我が家の田んぼで収穫された新米で作られた米麹4kg、北海道産の白目大豆2.5kg、宮古島の海水で作られた、ミネラル豊富な塩1.2kgを1回の作業量として繰り返し仕込まれていきます。

 味噌は古くから東アジアに共通した食文化として発展してきました。東南アジアには、大豆、麦などの穀物を主体とした「穀醤文化圏」と、魚を中心とした「魚醤文化圏」があり、それらが稲作と共に広がっています。その一端がわが国に達しており、日本の食文化が東南アジアと密接に繋がっていることを示しています。我が国にもいつの時代からか、これら魚醤の技術も海流に乗って伝えられており、今も能登地方の、いわしを使った醗酵調味料「いしり」、秋田の「しょっつる」などに生き続いています。

 わが国に伝わってきた味噌は紀元前300年頃に中国に生まれ、その後朝鮮を経由してわが国に入ってきたものと考えられています。その経路はさまざまですが、奈良に入ってきた仏教との関連も強く、味噌の原形ともいえる雑醤、鼓などの発酵食品がその原型と考えられます。中国では古くよりダイズ加工食品が寺院で多く利用されており、鑑真和上の来朝時(753年)にも、これらを携えてきたと言われています。紀州径山寺(金山寺)味噌は、道元禅師に随行したと伝えられる禅僧覚心(1207〜98)が、中国の径山寺からその製法を習得して帰り、紀州湯浅にその法を伝えたものと言われ、江戸時代の末ごろには、径山寺味噌は全国に普及したようです。径山寺味噌にくらべて、どちらが古いか判然としない嘗味噌(なめみそ)の一種に「法論味噌」があります。興福寺の維摩会で講師が途中で小便に座を立たないようにと、黒豆鼓を食べる習慣から始まったといわれ、この種の唐納豆の類は、遅くとも14、5世紀ころ発達し、江戸時代初期には黒大豆を醗酵した「淡鼓」や塩を加えた「塩鼓」などが出現し、その後形を変えながら大徳寺納豆や寺納豆として現代につながっています。さらに、室町時代末期になって味噌のたまりとしての醤油が誕生しています。

 味噌の語源については、満州語で「醤」のことを「ミスン」と呼ばれており、これが宋代の高麗方言になると「醤」は「密祖」となり、さらに李朝の『増補山林経済』では「末醤」と書き「ミジョ」と読ませている。これら味噌の発祥と伝播経路から、ミスン―密祖―ミジョ―ミソの流れが成立しそうではありませんか。

 味噌の製造工程は大きく分けて二つあります。まず原料である大豆や米、麦成分が、麹の加水分解酵素で低分子化する工程と、酵母や乳酸菌が醗酵生産物を生成する工程に分けられます。前者の工程で、高分子成分である蛋白質が低分子化し、旨味やこくの発現に寄与するペプチドや遊離アミノ酸が生成されます。味噌では、大豆に直接カビを生やさずに、米や麦の麹で間接的に豆を分解していますが、醤油の方は豆そのものにカビを生やします。これを化学的に見ると、豆に直接カビを生やすと、豆の分解が非常に激しくて味は鋭くなるが、風味などは低くなってしまいます。味噌と醤油の差はそこにあり、味噌は調味料であると同時に食品でもある、といえます。

 すでにコラムに書いたように、現在大豆の健康機能で大豆ペプチドの働きがいろいろと解明されつつあります。味噌は私たちが最も身近に摂取できる大豆ペプチド製品であり、味噌の研究者たちが、味噌ペプチドの健康機能をさらに掘り下げて解明することをひそかに期待しているところです。

 味噌における麹菌の働きは、同じ麹菌を用いる清酒や醤油の麹菌とは少し異なっています。それは、味噌醸造の場合、脂質が製品に移行しない清酒や醤油では無関係であるリパーゼが大切な役割を果たしているからです。この麹菌の働きにより大豆油に含まれるリノール酸は、そのほとんどがリパーゼにより分解され、わずか2.3%であった遊離脂肪酸の割合が全脂質の58%にも達するようになります。それは成熟した豆味噌の場合、遊離リノール酸含量は味噌重量の3%に達すると計算されます。したがって、味噌は遊離型リノール酸の豊富な食品ということが出来ます。

 この遊離型リノール酸は皮膚の色素沈着を防ぐ働きが知られています。昔から、味噌をあつかう職人の手が白く若々しいといわれるのは、その効果によるものです。しかし残念ながらリノール酸を食べたことによる皮膚の色素沈着の変化を評価した研究報告はまだありません、あくまでも直接皮膚に塗ったときの効果のみのようです。また、味噌の血圧降下作用についての研究も進んでいます。血圧の上昇活性の高いアンギオテンシンIIに変換するのを抑制する働きが大豆や味噌の中に含まれていることが明らかになり、味噌による塩分の摂り過ぎに気をつければ血圧降下に有力な食品となりそうです。

 国内味噌の消費量は50万トンと言われてきましたが、徐々にその生産量も減少傾向をたどりつつあります。食生活の変化で米食が減り、味噌汁が食卓に並ぶ機会が少なくなっていることによるものと思われます。我が国が現在、世界一の長寿国であることも、大豆、米、魚を中心とした日本型食生活に支えられたところが大きく、海外からの注目も浴びているところです。しかし、このすばらしい食文化の伝統が現在崩れつつあるのです。なんとかこの優れた日本の食習慣を次世代に続けていきたいものです。


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