加藤昇の 大豆の話


U−11 納豆

 一つの食材の中に、体に必要な成分を最も多く含んでいる食品は何か、と栄養学の専門家にアンケートをとったところ、納豆という答えが圧倒的に多かったということを聞いたことがあります。また、10歳で大学に進学したアメリカの天才少年マイケル・カーニー君はIQ200という頭脳の持ち主であるが、彼は乳児の頃からおやつ代わりに納豆を食べていた、として米国で大変な話題となったことがありました。納豆には、このような不思議な働きをもっていることが次々と紹介され、今や納豆を日常的に摂取することが健康を維持することと同義語とまでになっています。納豆は大豆の持つバランスの良い栄養素に加えて、納豆菌によって出来た新たな働きが加味され、栄養的にも健康機能的にも優れた食品といえるでしょう。

 納豆のルーツは古く、かつて照葉樹林帯文化が芽生えたアジアの各地では大豆を蒸した後、納豆菌で発酵食品を作るという伝統が今も残っています。古代の照葉樹林帯文化とは稲の栽培と密接に関連しており、この文化圏には糸引き納豆に類似した醗酵大豆が今も多く存在しています。インドネシアのテンペやオンチョム、納豆から変化したタイのトゥアナウ、ネパールのキネマと続き、それに日本の納豆を結んでみると、これらの食塩を用いない大豆醗酵食品によってみごとな三角形が形成されており、民俗学者の中尾佐助先生はこれに「納豆三角地帯」と命名しています。これらの分布から、恐らく納豆は縄文時代に南方漁労民によってわが国にもたらされたのではないかといわれています。

 糸引き納豆は、さらに鼓の系列として発展しながらわが国を目指していた流れとともに、豆鼓、豆醤、納豆など多くの醗酵食品を生み出しながら伝播して行ったのです。その結果、東アジアや東南アジアに現在のような大豆醗酵食品群を開花させることになったのです。我が国においても大豆が稲作と共に各地に広がっていったという古代の状況から推測して、煮た大豆と稲わらの出会いは古く、縄文時代には糸引き納豆が食べられていた、との説も有力視されています。既にコラムに書いたように、我が国へは、これとは別のルートからもう一つの納豆が国内にもたらされているのです。それは黄河より北に発生していた麹菌を使った納豆です。この納豆は遣唐使や帰化僧によってわが国に持ち込まれ、中国文化とともに奈良、京都を中心に定着していったと考えられ、「大徳寺納豆」、「浄福寺納豆」などの名で知られるように、現在でも、京都、奈良などの古い寺院を中心に、限られた地域でごくわずかつくられています。

 このようにして平安時代には、東南アジアから伝播してきた納豆菌による糸引き納豆と、黄河から北の唐文化と共に伝播してきた麹菌による寺納豆の2種類の納豆が定着していたのです。現在も関西を中心として糸引き納豆が好まれないのは、この地域が麹菌による寺納豆の文化圏であったことにより、糸引き納豆を敬遠するという長い食文化の違いによるところに起因しているとも言われています。

 納豆の健康機能については、すでに多くの人がいろいろなところから情報を取り入れており、十分に知れ渡っていることでしょう。大豆に含まれている成分であるタンパク質、油脂、レシチン、イソフラボン、ビタミンE、さらに納豆菌が繁殖することによってビタミンK2のような新たな働きが加わり、各種の生活習慣病を予防する働きが確認されています。

 納豆菌に含まれているビタミンK2は、骨粗鬆症や赤ちゃんのビタミンK欠乏性出血症の予防に力を発揮しています。その他の納豆の効果として確認されているものを羅列すると、ダイエット効果、更年期障害の軽減、血圧と血糖値の降下、血管の強化と肝機能向上、などが明らかにされています。さらに納豆菌の中には血栓を溶かす働きがある酵素、ナットウキナーゼが発見されており、脳梗塞などの予防が指摘されています。さらに納豆は、ネバネバ食品の代表ともいえますが、そのネバネバ成分はガンマ・ポリグルタミン酸であり、納豆菌の栄養源とされ納豆菌以外の微生物は利用できない成分ですが、なんと人間だけは体の健康に利用することが出来るのです。こうして納豆は細胞の若さを保ち、老化を防ぐ働きをもっているのです。納豆が強壮、強精食として知られるのも、この機能に関連した働きといえるでしょう。また、納豆の中には古くから抗菌成分として知られているジピコリン酸の存在が報告されています。ジピコリン酸は溶連菌、ビブリオなどのほか、食中毒菌O-157に対しても強い抗菌活性を持っています。また納豆中のジピコリン酸は放射能除去物質としても知られていますが、最近は制癌物質としても注目されている物質です。納豆菌は日本で育った「国菌」であり、光を感知することによりは胞子を作らない性質を持っています。胞子を作ると味が劣化し、「えぐ味」が出てくるとされています。

 ところで、どんな豆でも納豆が出来るかといえば意外にも大豆以外の豆ではほとんど納豆が出来ないのです。それは、納豆菌が繁殖するためには多量のアミノ酸が必要だからです。納豆菌が繁殖するためには豊富な大豆のたんぱく質を納豆菌の酵素で分解してアミノ酸として取り込み、その時に納豆菌からポリグルタミン酸を出すのです。これが納豆のネバネバ成分です。だから小豆などでんぷん質の多い豆に納豆菌を接種しても納豆にはならないのです。

 このように納豆は医食同源というよりは、健康に対して攻めと守りの両面で優れた能力を発揮するオールラウンドプレーヤーといったところではないでしょうか。豆腐の消費量が下降状態にある中で、納豆は踏みとどまって消費量を維持しているのもこのような健康機能に対する期待があるからでしょう。しかし、これだけの能力を持った食材であるだけに、もう少し食べやすい食品にならないものだろうかと、心ひそかに期待しているのですが、どんなものでしょうか。縄文時代から食べ方が少しも変わっていないとは、ずいぶん頑固な食べ物ですよね。


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