加藤昇の(新)大豆の話

16. 枝豆は何故おいしいのか

 夏の暑いときの冷えたビールと枝豆は最高の組み合わせといえるでしょう。ビールと枝豆が何故合うのか。それは枝豆に振ってある塩がビールによるナトリウム欠乏を補うという答もあるでしょう。ビールにはナトリウムが少なく、ビールを飲み続けると血液中のナトリウムが希薄になるために塩を振った枝豆が欲しくなるのだということですが、これだけでは十分な説明とはいえないでしょう。やはり枝豆にも我々を引きつける魔力が潜んでいるはずです。農水省の作物研究室ではこんな研究もしています。

 

 枝豆は未熟の状態で食べる大豆であり、完熟の大豆にない旨さを持っています。この旨さはどこから来ているのだろうか。その秘密はまさに大豆という植物の生理機構そのものにあるのです。独特の風味を持つ枝豆は蛋白質のほかにビタミンA,B,C,E,Kなどを多量に持つ野菜としての性質と同時に、食味試験の結果、甘味、旨味、香りがあり、さらにテクスチャーの面でも優れていることが明らかになっています。枝豆のおいしさはスクロース、グルタミン酸、及びアラニンが重要なうま味成分として働いているのです。

大豆が開花し、莢を作ってからは、大豆の種子の中では水分・澱粉・蔗糖・グルタミン酸・アラニンの含量が大きく変動します。これらの挙動は大豆の品種によって多少異なりますが、開花後40日前後がいちばんバランスの取れた枝豆のおいしい食べごろとなるようです。水分含有率が70%前後の枝豆適期にはスクロース含量が増加して、ゆでた時に甘味が感じられるのです。ところで登熟途中の枝豆種子には何故遊離アミノ酸のグルタミン酸やアラニンが多いのか、それには種皮と子葉との関係が重要な鍵を握っているのです。

 しかし、枝豆も収穫後48時間で当分は約1/3に、アミノ酸も4割減少することがわかっています。つまり採りたての枝豆が一番おいしく、時間が経過するに従い甘みが減少するのです。また、枝豆の収穫時間も、日が昇る前の枝豆は糖分が多く甘味も多いのですが、太陽の照射を浴びると呼吸作用が高まり糖分が消費されてしまうので甘みが減少することがわかっています。さらに収穫後もできるだけ低温状態で保管すると甘みを維持することが出来ることがわかっています。

根や葉で合成された大豆蛋白質の原料となるアミノ酸などは、種子まで輸送して届けられなければならなりません。そのために、これらの物質は輸送に適した状態で送られてくるのです。そして、維管束系統の終点となる莢と種皮でアミノ酸の組み換えを行い貯蔵に適した組成に変わるのです。つまり、枝豆に適した品種では、子棄のグルタミン酸合成酵素の活性が高いことからこれらの種子では大豆の旨味であるグルタミン酸含有量が多くなるのです。

 

枝豆と大豆の成分比較  (100グラム中)

成分

大豆

枝豆

エネルギー

422kcal

135kcal

たんぱく質

33.8g

11.7g

脂質

19.8g

6.2g

炭水化物

29.5g

8.8g

食物繊維

17.9g

5.0g

ビタミンB1

0.71mg

0.31mg

ビタミンB2

0.26mg

0.15mg

ビタミンC

3.0mg

27.0mg

ビタミンE

24.0mg

9.9mg

葉酸

260μg

320μg

カリウム

1900mg

590mg

カルシウム

180mg

58mg

マグネシウム

220mg

62mg

6.8mg

2.7mg

            (農水省 作物研資料)

 もう一つ枝豆がおいしくなる仕組みが大豆には潜んでいます。枝豆種子が豆腐用大豆に比べておいしく感じられるのは、枝豆大豆には耐熱性のβ-アミラーゼが豆腐用種子に比べて多いことによるのです。大豆を茹で始めたときに耐熱性β-アミラーゼによって澱粉が分解されて甘味を増強させることによりマルトースが1%程新たに生成され、枝豆が甘味を増すのです。これは、さつまいもを蒸かしたり、石焼きいもを焼いたときに澱粉が分解されマルトースが生成されて美味しくなることと同じ現象です。

 枝豆をゆでると加熱46分後にマルトース生成量が最大となります。大豆のβ-アミラーゼは耐熱性であり、沸騰水中で種子の内部に熱が伝わると、澱粉粒に酵素が働き甘味を持つマルトースに分解されるのです。澱粉を30%程度含むエンドウやソラマメをゆでても、これらのβ-アミラーゼは耐熱性ではないためにほとんどマルトースは生成されてこないのとは対照的です。ゆでる過程で生成されるマルトースは食べる直前に作られる糖であるため、収穫後の流通中に低下することとは関係なしに補強されるので、その甘味強度はスクロースの0.4以下と弱いが、補完甘味源として役立っているのです。

 わが国ではこの枝豆を使った伝統料理が東北地方で愛されています。それは「ずんだ」と呼ばれる緑色をした菓子で、枝豆をすりつぶして作ったもので、最も一般的なのは「ずんだ餅」と呼ばれるものです。主に緑色をしている枝豆を使いますが、時には「ソラマメ」を使うこともあるようです。原材料の枝豆は夏に採れるので、以前は夏のお盆のお供え物としていろどりを添えていましたが、近年は保存技術も発達して、年間を通して食べられるようになっています。「ずんだ餅」の作り方は、枝豆を茹でて莢から取り出し、すり鉢ですりつぶしてペースト状にし、砂糖・塩など若干の調味料を加えて作ります。このペースト状になったもので餡を包んだのが「ずんだ餅」です。なお、「ずんだ」の語源には、いくつかの説があるようですが、伊達政宗が出陣の時に「陣太刀(じんだち)」で枝豆を砕いて食べたとの言い伝えから、この「じんだち」が東北弁で「ずんだ」となったとも言われています。この「ずんだ」を使った加工品は、今では餅にとどまらずクッキー、チョコレートなど幅広く作られており、枝豆を使った根強い商品となっています。

 最近では枝豆の美味しさを楽しんでいるのは我々日本人だけではないようです。肉食に舌が慣れた欧米人の間でも枝豆が好まれているようですが、はたしてこの微妙な味わいを彼らは感じ取ってくれているのであろうか。

 

               掲載日 2019.10

 

 

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