加藤昇の(新)大豆の話

11.大豆はいつから食べられたか

大豆は他の木の実や野菜、穀物などに比べても食べられるように調理するのが難しい食材だと考えられます。果物は生でも食べられますし、野菜なら生でも、あるいは簡単な加熱でも十分に食べることが出来ます。米や小麦では生の状態で粉末にして水でこねて平らに延ばして火を通すとそれだけでも食べられます。しかし大豆には色々な機能性成分が含まれており、これらの成分を人の消化器官に適応させておくための調理工程が必要になります。まずリポキシゲナーゼとトリプシンインヒビターという酵素を含んでおり、これらの酵素活性を加熱により失活させなければ食べられません。リポキシゲナーゼが活性状態であれば不快臭を発して大豆を食べることが出来ませんし、トリプシンインヒビターが活性状態ですと消化不良を起こして下痢をすることになるでしょう。さらに種皮が頑強にできているので、どうしても 水で膨潤するのに長時間かかり、充分に浸しておいて軟らかくなってからでないと調理ができません。大豆を煮ることが出来る状態にするには、その時の水温にもよりますが8時間以上水につけておかなければならないでしょう。それだけの準備をして初めて大豆は調理することが可能となるのです。さらにその大豆を使った豆腐などの加工食品を作ろうとするとさらにそこから多くの作業工程が必要になります。現代の私たちは何気なく近くのスーパーなどで豆腐や油揚げなどを買ってきていますが、大豆によるこれらの生産工程は米や小麦食品に比べても手間のかかるものなのです。

 

我々の先祖の、例えば縄文時代の人たちはこのような作業を、手間暇をかけながらも長時間かけて行いながら大豆を食べていたことになります。きっと大豆には強い思い入れがあり、特別な食べものとして大切にしながら子供たちにその調理方法を伝えていったのでしょう。彼等には大豆にどんな思いがあったのか知る由もありませんが、大豆に対する強いこだわりがあったことは確かです。このように大豆を食べようとすると加熱工程が必要になります。だから大豆が食べられるようになるには火を使って加熱するための鍋のような土器が必要になります。そこから想像すると大豆が食べられたのは土器が開発された縄文時代になってからと考えられます。もちろん大豆を直火で焙煎しても食べられますが、縄文時代中期以前はまだツルマメという雑草の状態であり、その種子も大豆に比べて小粒でしたから焼いた石の上にツルマメを丁寧に並べて加熱をしていたものと思われます。私たちの祖先の人たちは、この大豆になる前のツルマメの頃からこれを食料とし、栽培していたと考えられます。こうして彼らは明日の食事の為に前日から時間をかけて前準備をしながら大豆食品を作り上げていたのです。はたしてどんな大豆料理が出来ていたのでしょうか、現在では知るすべもありませんが興味のあるところです。

 

大豆は今や米、小麦、トーモロコシと並ぶ世界の主要な穀物であり、年間36千万トン(2018年)生産されています。このように世界の消費者が大豆を追い求めているので、さぞ多くの人に大豆が食べられているのだろうと思われるかも知れませんが、意外にも大豆を日常的に食べている国民は日本、中国、韓国を中心とする東南アジア地域の人たちだけしかいなかったという時代が長かったのです。そのほかの地域の人たちは大豆を牛、豚、鶏などに飼料として与えて、そこから肉、卵、牛乳などを得て食糧としているのです。世界最大の大豆生産地である南米の大豆生産者も、自分たちが作っている大豆をアジアの人たちが直接食べている、などということは夢にも思っていなかった、とテレビのインタビューに答えている姿が映っていました。

大豆は、米や小麦に比べてもはるかに蛋白質や脂肪が豊富な穀物であり、家畜に与えるよりも直接人間が食べるほうが栄養効率のよい穀物といえます。欧米人たちも大豆の持つ豊富な栄養素には早くから注目しており、1908年頃になるとドイツは大量の大豆を満州から輸入するようになり、その栄養の高さに着目して「大豆は畑の牛肉だ」と評していたほどです。

 ではなぜ、わざわざこのような栄養豊富な穀物を家畜の飼料にするのでしょうか。そこには大豆を取り巻く長い歴史があったのです。日本に大豆が広がっていったのは丁度、稲作がわが国に根付いていくのと同じ時代であり、それは米に欠落しているアミノ酸を大豆が補充していく、という理想的な栄養の補完関係を保ちながら拡大していったのです。そしてこの稲作を支えたのが温暖な気温と適度な雨をもたらすアジアモンスーン気候だったのです。このように東アジアの大豆の生育環境は天から与えられた気候と地中の土壌細菌に支えられていた、ということが出来ます。そして、ここにもうひとつ、この地域の人たちが信仰した仏教が大豆を主役の座に押し上げたのです。

 

                   掲載日 2019.12

 

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