加藤昇の(新)大豆の話

108. 大豆の話を振り返って、参考文献


 大豆シリーズを書き終わって改めて大豆を振り返ってみるといろいろな思いが沸き上がってきます。

 何よりもまず大豆のすごさを感じさせたのは、大豆に含まれている健康成分の数々です。もちろん大豆は人に食べられるために種子の中に豊富な栄養成分を蓄えているわけではないはずです。自分の子孫を無事に成長させるために必要な栄養成分を種子の中に蓄えているのです。それらの成分が人間の必要としている成分にこのように合致することは何を意味しているのでしょうか。人間の生命を支える成分と大豆が子孫を育てる成分が重なっていることにどんな意味が隠されているのでしょうか。もちろん生命を支える成分がある程度限られており、それらをそれぞれの生命体が備えていることは想像できますが、大豆ほどに必要成分を数多くそろえている生物は他にはあまりないのではないだろうか。ごく単純にに考えて人間に必要な成分を最もバランスよく持っているのは人間そのものです。しかし、栄養的に無駄がない成分を含んでいるといえども人類が共食いをしていたのでは滅んでしまいます。人類の次に人類に似た成分を備えているのは、生物進化の過程を考えても人間に比較的近い哺乳類ということになるでしょう。牛肉や豚肉は人間に近い同じ哺乳類として人間の栄養を補う成分を沢山持ち合わせています。さらに人類の進化をさかのぼれば鳥類や魚類も人間と似た成分を持ち合わせていても何ら不思議を感じません。しかし豆類と人類とをつなぐ糸ははるかにかけ離れているように思われます。どうしてこんな離れた生命体の中に人間の必要としている栄養素を豊富に含んでいたのだろうか、不思議としか言いようがありません。しかもそれらの成分が現代のわれわれが生活習慣病と称している、日常の栄養や生活習慣のアンバランスによって起こる体調不良を調整してくれるところにまで手を回してくれるとなると、目に見えない糸でつながれている関係といいたくなるほどです。皆さんはどのように読まれましたか。

 このように人間にとって優れた成分を多く備えている大豆に対して私たちはどのように接しているのでしょうか。現在地球上で栽培されている大豆の多くは家畜の飼料として使われているのです。そして我々は大豆を餌として牛肉や豚肉、鶏肉やミルク、そして鶏卵を得て食べているのです。はたして私たちは優れた成分を含んでいる大豆に対して正しく向き合っていると言えるのだろうか。幸いにも東アジアに住む我々日本人は古代から大豆を主要な食材として利用してきています。そしてそのことも我々を支えている健康長寿の一つの要因になっているものと考えられます。しかし、地球上の限られた面積で栽培された大豆に対して現代のわれわれは正しく向き合っているとは言えないでしょう。これら優れた成分を家畜に与えて大豆に比べて劣る食材に変えて食べている姿は決して望ましいやり方とは考えられないのではないでしょうか。大豆を家畜の餌として見るのではなく、直接大豆を食べて大豆の持つ健康成分を私たちが直接享受することこそ理にかなったことではないでしょうか。これから人口 100 億人の時代に向かっている途上にあって、私たちはもう一度考え直す必要がないだろうかと考えずにはいられません。

 次に大豆の持つスケールの大きい神秘性とは根粒菌との共生によって空気中の窒素ガスから我々の生理メカニズムで活用できる窒素化合物を取り込む仕組みに他なりません。地球上の植物はこのマメか植物のシステムにより成長成分である水に溶ける窒素化合物を得ているのです。そしてその植物を食べた動物はこの窒素を自分の体内に取り込み、アミノ酸などの栄養成分にして生命活動を支えているのです。いったん生物界に取り込まれたこれらの窒素化合物は動物、植物の間をリサイクルされながら永遠に活用され続けていくのです。もちろんこのことは大豆だけではなく、多くのマメ科植物に共通したメカニズムですが、このメカニズムがなければ地球上の哺乳類や鳥類、魚類の繁栄もなかったことでしょう。近代工業の中で多くのエネルギーを使った窒素肥料などの工業的な固定作業が始まるまでの長い地球の歴史で窒素化合物の補給源はもっぱらマメ科植物の働きに頼っていたと考えることが出来るのです。私たちの体を支えている主要な元素である窒素はこれらマメ科植物が大気ガスから取り込んだものなのです。体を作るもう一方の成分である酸素と水素は植物の細胞中に取り込まれた葉緑体によって水を分解して得ており、それを我々が利用できる形に変換しながら体に必要な栄養成分に変換しているのです。いったん我々のシステムに取り込まれた元素は、それ以降は生物界の循環システムにより繰り返し利用できるのです。このように空気中に存在して安定化している元素を生物界で活用できるようになるにはマメ科植物や葉緑体の働きに大いに依存しているのです。

 まだ人類が社会生活を築くことが出来ていなかった古代にあって、偶然にマメ科植物が身の回りに生えていた地域の穀物は窒素の栄養分を得て豊かに実り、そこに住む部族の富の蓄積に貢献していたことが考えられます。こうして富の蓄積が集団社会を作り、国家の形成と繁栄、さらには文明の発達へと貢献していたことが想像されます。こうして考えるとマメ科植物が地球とそこに住む生物たちの発展に果たした貢献は想像以上のものだったのではないでしょうか。

 私たち日本人は長年、大豆製品をいろいろな形で食事として取り入れてきました。しかし、近年の食事の洋風化などにより多くの大豆食品の消費量が減少しているのが現実です。私たちはもう一度大豆製品に向き直ることが大切ではないでしょうか。調理器具の発達によって大豆の調理の幅もより広がってきていますし、食べ方も今の時代にマッチした姿が現れています。自分の健康のためにも、家族の健康のためにももう一度大豆に向き合ってみる必要があるでしょう。


参考文献

 この(新)大豆の話を書くにあたって参考にした文献は下記の通りです。

@  加藤 昇 「大豆の話」 落照亭

A  デイビッド・モントコメリー&アン・ビクレー 「土と内臓」 築地書館

B  安冨歩 「満洲暴走 隠された構造」  角川新書

C  「ホーネン70年のあゆみ」 (株)ホーネンコーポレーション

D  石田武彦 「中国東北部における糧桟の動向」 北海道大学経済学部編

E  加藤 昇 「ソイオイルマイスター教本」 アメリカ大豆輸出協会

F  朱 美栄 「20世紀初頭から第2次世界大戦終結に至るまでの日系製油企業の満州進出とその展開」  

G  加藤 昇 「ダイズが歩んだ道」 ARDEC 55

H  小畑弘己 「タネをまく縄文人」 吉川弘文館

I  加藤 昇 「大豆の大研究」 PHP

J  山内文男・大久保一良 「大豆の科学」 朝倉書房

K  黒田寛子 「豆腐の社会学」 神戸大学国際文化学部 卒業論文

L  加藤 昇 「大豆の学校・大豆を知る」 キラジェンヌ株式会社

M  渡辺 昌 「大豆と日本人の健康」 幸書房

N  家森幸男 「大豆は世界を救う」  法研

O  塚本知玄 「大豆の栄養と健康」 ARDEC 55

P  喜多村啓介 「リポキシゲナーゼ欠失大豆品種とその食品への応用」 第16回油化学酸化セミナー

 

        掲載日 2019.7

 

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