加藤昇の(新)大豆の話

107.  大豆の持つ保身術

大豆は、高栄養な種子をつくり、次の世代に命をつないでいこうとしている植物です。このような高栄養植物は、動物にとっても最も食べたいと狙っている食べ物でもあるのです。寄ってたかって大豆の種子を動物たちが食べたなら、大豆は途絶えてしまいます。しかし、現実には高栄養の大豆は生き残っているのです。大豆の持つ生き残り戦略とは、はたしてどんなものだったのでしょうか。どのようにして動物たちに食べられない工夫をしてきたのでしょうか。

植物は受粉を手伝ってくれる昆虫を呼び寄せるために美しい花の色にしてみたり、甘い蜜や匂いを用意しています。また、敵から自分の身を守るために種々の毒を体の中に潜ませています。植物は近づいてくる動物に対して、花の受粉のお手伝いをお願いして、お礼に甘い蜜を用意しますが、それ以外は絶対に食べないでね、と願っていることでしょう。植物は動物のように歯向かったり逃げたりすることが出来ないので、引き寄せるものには蜜を、拒絶するものには毒をしのばせたと思われます。たとえ野菜の葉であろうとも植物にとって人や動物に食べられて良いものではありません。葉っぱがなくなれば植物は光合成による栄養補給が出来ません。植物にとって大切なものにはすべてに、強い弱いの程度の差はありますが、身を守る毒が仕組まれているはずです。だからこれらを食べるときには私達には調理が必要になっているのでしょう。

 

大豆に含まれる、これら動物たちから身を守る物質として考えられている一つがトリプシンインヒビターという酵素です。トリプシンはご存知のように私たちの膵臓から分泌されているタンパク質分解酵素です。この大切な酵素を不活性化させてしまうのがこのトリプシンインヒビターと呼ばれるものです。だから多くの哺乳類は生の大豆に含まれるこのトリプシンインヒビターを食べてしまうと下痢などを起こしてしまうことになり、二度と食べようとは思わなくなるはずです。

 

次にもう一つの大豆の保身術と考えられるのがリポキシゲナーゼという酵素です。生大豆を噛むと瞬時に不快味を発生させるリポキシゲナーゼという酵素は、大豆が自分の身を守る強力な防御システムと考えられています。この酵素は、大豆の組織を噛んだり磨り潰したりすると瞬時に働き出し、大豆に含まれているリノール酸などの不飽和脂肪酸に働きかけて過酸化脂質を作り、さらにそれを分解してアルデヒド類を生成して青臭みを発生させるのです。私たち人間はこれら大豆の防御システムを壊すために、大豆を食べるときには熱をかけて、この酵素を失活させて働かないようにしてから食べているのです。

 

 本文中には大豆が持つ三番目の保身物質として大豆レクチンについて書きました。しかし、現実にはこれらレクチンが人や動物の食を止めることにつながっているとは現時点では見つけられていません。それは働きの程度が弱いのか、あるいは人が栽培を繰り返しているうちに外敵に対する備えを弱めていったのかわかりません。いずれにしても現実としてレクチンはその機能をしていないのでこの項からは外しておきます。

 

生物学者たちは植物のつくる蜜にはなんの毒も含んでいないだろうと言っています。それは蜜には、昆虫たちに来てもらって自分の花の受粉を手伝ってもらうためのご褒美としての意味があるからです。もしこの中に昆虫たちにとって毒となるようなものが含まれていて昆虫が死滅してしまったら花は自分の子孫を残せなくなるからです。

 

 掲載日 2019.7

 

 

 

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