加藤昇の(新)大豆の話

103. 遺伝子組み換え技術は地球環境を守るか

 私は遺伝子組み換え技術に対して3つの期待を持っています。そのことについて大豆を中心にして眺めてみましょう。

 まず、先にも書きましたように遺伝子組み換え大豆の収率の高さです。現在、遺伝子組み換え大豆を栽培しているアメリカとブラジルでは大豆の収穫量は、遺伝子組み換え大豆を栽培していない日本と中国に比べて2倍以上の単収となっています。具体的に2018年度の栽培実績でみると、日本での大豆の収率は1.74トン/haであり、中国は1.81トン/ha であるのに対して、アメリカは3.50トン/ha、ブラジルは3.21トン/haとなっています。もし現在、遺伝子組み換え技術がなければアメリカもブラジルも、日本や中国と同じような収率となり、世界の大豆生産量は現在の半分になっていることでしょう。このような状態が起こればどのような事態が起こると想像しますか。簡単に考えても二つのことが発生します。

 まず第一に、世界の経済力が高まり油脂、肉に対する需要が高まっている中で、それに対する大豆の供給力が不足する事態になると、需給のアンバランスにより大豆価格の高騰を引き起こします。するとすかさずそこに目を付けた世界の投機筋の資金が流れ込み、実態を離れた大豆価格の暴騰につながります。このことは穀物の相場を見ている人なら常識的な判断と言えましょう。かつてアメリカで一時的に行われた大豆の輸出禁止措置によって、日本でも豆腐などの高騰が起こり社会不安が大きな騒動になったことがあります。もし、長期的な大豆の供給不安が発生するようなことが起これば、さらに肉にも転化して社会不安が世界に広がっていくことになるでしょう。

 すると次に起こることは、競って大豆を増産しようとする動きです。現在も大豆の栽培が可能な土地が減っている中で増産意欲が高まると、必然的に起こるのは森林の伐採による耕地の拡大です。世界中の森林が伐採の危機にさらされ、地球環境の破壊が一気に進むことになります。遺伝子組み換え技術は現在、そのような危険性を防いでくれていると言えるのです。

 

 第2の期待は大豆の持つ窒素固定機能の応用です。マメ科植物は窒素固定菌との共生により窒素肥料の少ない痩せた土地でも少ない肥料で栽培が可能という、他の植物にない優れた機能を持っています。もし、遺伝子組み換え技術によってこれら窒素固定能が他の栽培作物に取り入れられるようになると、地球上の作物の栽培可能地域はさらに広がります。窒素肥料を工業的に製造するためには空気中にある窒素ガスを相当なエネルギーを使って肥料にするという効率の悪さがありますが、窒素肥料に対する期待からこのことについてはほとんど問題にされることはありませんでした。ハーバー・ボッシュ法による窒素肥料の製造には、400℃以上の高温と100気圧を超える圧力という過酷な条件を必要とし、さらに原料とする水素の精製にも膨大なエネルギーが費やされ、多量の石油が使われることになります。そして温室効果ガスとなる二酸化炭素も多量に排出するという工程を経ながら生産されているのです。

しかし大豆の根に共生している根粒菌が作ってくれた窒素にはそんな環境を汚すこともなく自然界に窒素肥料を供給してくれるのです。現在地球上では年間18千万トンの窒素が主にマメ科植物によって固定されている計算になります。一方、工業的には電気エネルギーを使って年間8千万トンの窒素肥料が生産されていますが、これに要する石油燃料は約7億バレルであると言われています。大豆の根に共生している根粒に含まれる窒素がいかに環境に優れているかは容易に想像できるものです。そして根粒菌はその優れた窒素固定能力によって農業生産的にはもちろん、地球環境的にも大きな貢献をしてくれているのです。

 

さらに農業が環境に与える影響の一つに窒素肥料の河川への流入があります。これらによる海域への窒素の流入許容量は6,200万トン/年とされています。しかし、実際にはこれをはるかに超えた15千万トンの窒素分が河川に流れ込んでいることになっているのです。もし、大豆の持つこれら窒素固定能が他の作物にも応用出来たら窒素肥料の多用が抑えられ河川への肥料の流失が防げることになります。そしてそのことが河川や海の安全性につながり、漁業資源への好循環を作り、世界の食料危機に苦しむ人たちを救うことへとつながることが期待されます。

 

 第3の期待は作物や果実に含まれる健康機能成分を高めることです。大豆には多くの健康成分がすでに含まれているので、これ以上の機能成分は望みませんが、その他の穀物や果実に対して、より人間の健康に寄与する物質を含ませることが出来るのではないかと思っています。現在、先進国では食べすぎによる健康被害が指摘されていますが、世界には栄養不足で命を落としている子供たちがまだ多くいます。そのような地域の子供たちのためにより栄養的な作物を作ってあげることは、現在の技術でも可能ではないかと思っています。

 すでに開発されているビタミンAを多く含む「ゴールデンライス」が話題になっていますが、花粉症などのアレルギー症状を緩和する穀物などこの技術に期待するものは多いと思います。現在、つくば市にある国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構において遺伝子組み換え技術を使った「スギ花粉米」の開発が進んでいます。これは花粉症を起こすアレルゲンの一部を米に作らせ、それを普通のコメに一部混ぜて炊くことにより、少しづつ体内に取り込んで花粉症を直していこうとするものです。この米は2003年には完成しており、今はスギ花粉症患者を対象にした薬事法に基づいた安全性、効能試験に入っているところと言われています。現時点では一日1回、その米を5g食べるだけでアレルギーの低下が認められ、しかもそのことによる人体への有害作用も起きていない、と聞いています。

今までは薬に頼っていたいくつかの病気を、これからはこのような機能性食品によって治療していく時代に入ったのではないかと思っています。このような機能性食品のテーマはすでにいくつか話題に上っています。今までは、生産者と環境に良いとされる遺伝子組み換え技術の利用でしたが、次には消費者が良いと実感できる作物をぜひ作ってもらいたいと思っています。

 

 掲載日 2019.7

 

 

 

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