加藤昇の(新)大豆の話

10. マメ科植物になぜ窒素固定菌が棲みついたのか

大豆にとって大切な根粒菌についてもう少し踏み込んでみたいと思います。マメ科植物になぜ根粒菌が寄生したのだろうか。その理由としてよく言われてきたのが、まだ地球の大気中に酸素が少なく、窒素ガスが多かった太古の昔に生きた生物のシステムが大豆の中に残ったからではないかとの説でした。しかし、地球の歴史を振り返るとはたしてそうだったのか、疑問が残ります。

 

我々の地球は46億年前に誕生し、30億年前にシアノバクテリアが出現して酸素を作り始めます。しかし最初のうちは大気中に酸素は増えてきません。地上を覆う鉄分が酸素を取り込んで酸化鉄を作ってしまうからです。この鉄の酸化が一段落するまでは空気中の酸素は増えなかったのです。この初期の時期では、大気中には窒素ガスと炭酸ガスで満ちていました。だからこの時期に活動を開始したシアノバクテリアは多量の炭酸ガスに恵まれて効率的に光合成反応が行える環境にあったはずです。酸素が大気中に増え始めると、それらが紫外線と反応してオゾンを作り、そのオゾン層が地上での紫外線の害を和らげるようになってはじめて植物が地上に登場できるようになりました。酸素を利用するようになった微生物にシアノバクテリアが取り込まれて多細胞生物を作り始めるのは約9億年前のことです。こうしてシアノバクテリアが持っていた酸素を作る働きは植物の細胞内に移り、葉緑体の中に入って酸素を作り続けました。そして地上には酸素が増え続け、炭酸ガスが減っていきますが窒素ガスの比率はあまり変化がありません。現在の空気の成分は、窒素が78%と最も多く、次いで酸素の21%、初期に多かった炭酸ガスは今ではたったの0.039%なのです。

つまり、太古の空気と現代の空気を比べた時に変化したのは増えた酸素と減った炭酸ガスであって窒素ガスには大きな変化がなく、マメ科植物の根粒菌による窒素固定は必ずしも太古の名残とは言えないのです。

 

それでは何が原因だったのか、そのことについてはまだ正確には解明されていませんが、それはマメ科植物が持つレクチンという物質が関係しているのではないかと考えられます。レクチンの特徴は複合糖鎖を特異的に認識することにあります。そして動物や微生物の細胞表面にはそれぞれに特異的な糖鎖を持っているのです。恐らくマメ科植物の根に含まれているレクチンは根粒菌が持つ糖鎖と特異的な結合(認識)が起こっているものと考えられます。大豆が持つレクチンは糖タンパク質の一種ですが、それは成長の為に備えている栄養成分とは言えない物質です。このレクチンに誘導された微生物がたまたま空気中の窒素ガスを分解して水溶性窒素化合物をつくる能力を持っていたという偶然性ではなかったかと思われます。

根粒菌は他の土壌細菌に比べても宿主に対するえり好みが激しく、植物が発するサインと合致しないと反応しないことがわかっています。近年の研究によってマメ科植物は根から滲出液を放出しながら自分の生育に良い影響を与えてくれる微生物を根の周辺に集めるという働きをしていることがわかっています。そのためには葉で光合成して作った炭水化物(糖)の30-40%を根から滲出して根菌に与えているのです。そして根の周りに住む窒素固定菌などの微生物に餌を与えることにより、自分の光合成活動の原料となる窒素を微生物から受け取りながら光合成活動を安定化しているのです。こうして根粒菌はマメ科植物の根毛の周辺に集まりそこで繁殖を始めますが、やがて根毛を膨らませてこぶを作りそこに移り住むようになります。そして宿主植物に対して窒素を固定して供給する働きをし、その見返りとしてマメ科植物からは各種の栄養分をもらいながら安全な住み家を得るという共存共栄の関係が始まるのです。しかしそこにはマメ科植物の戦略も見え隠れしています。効率よく窒素化合物を供給してくれる根粒には葉の光合成で作った糖を多く与え、効率の悪い根粒には少しの糖しか分け与えないというお仕置きをしているのです。
 また地中海沿岸などではマメ科植物であるエンドウが育っていた土壌には、その他の地区に育つ植物の根圏に対して5倍の土壌生物が棲んでいることもわかっています。そして土壌の微生物に与えた栄養分の余りが周辺の小麦など他の植物の栄養にもなっているのです。

また、根瘤菌がどうやってマメ科植物の根を見分けて寄生するのか、というメカニズムも明らかになってきています。大豆の場合、根粒菌は根の先端に付着して侵入し、根の組織が伸長するにしたがって増殖をして窒素固定を行なうようになります。根粒菌の中には大気中の窒素をアンモニアに固定するニトロゲナーゼという酵素が含まれており、この働きによって空気中のガスを窒素源として大豆に栄養分を提供しているのです。

 

現在、かつてのダーウィンの進化論と違った生物間の共生による進化が指摘されています。この大豆と窒素固定能力を持った微生物の間で生まれた共生関係もお互いの生存戦略によるものと思われます。大豆の根に入り込んだ根粒菌は他の外敵から自分の身を護ることが出来る環境を手に入れることが出来たことに対して、大豆は自分の栄養を土壌中に含まれる微量な窒素に頼ることなく自分の為に空気中の窒素を安定的に供給してくれる自前の給食設備を手に入れたのです。

私たち人の細胞の中でエネルギーを作り続けてくれているミトコンドリアも太古の昔に細胞内に入り込んだものだと言われているし、食物の分解や免疫活動に関係している腸内細菌も私たちと共生関係にある微生物と言えます。牛が牧草だけを食べながら多量のたんぱく質や脂肪などを作ることが出来るのも消化機関内に共生している微生物の働きなのです。

 

根粒菌のいろいろ

 マメ科植物に窒素固定の細菌が共生していることが証明されたのは1888年のことでした。その後現在に至るまで根瘤菌についての研究が続けられてきています。しかし、その研究の主眼は、それぞれの国の農業事情によって若干異なっています。根粒菌はどのマメ科植物に根粒を作るかによって、ダイズ菌、エンドウ菌、クローバー菌、アルファルファ菌などとグループ分けされています。例えばアルファルファ菌などはヨーロッパ諸国を中心に、ダイズ菌はアメリカ合衆国を中心に、またクローバー菌に関してはオーストラリアを中心に研究が行なわれています。これらは、それぞれの国の農業のあり方を見れば容易に想像できることです。窒素固定能力は同じマメ科植物でも異なっており、クローバー菌が最も強く大豆菌の数倍の能力を持ち、アルファルファ菌も大豆菌の倍近い固定能力を持っていることが知られています。だから昔の我が国の田んぼで春先にクローバー菌が働いているレンゲを育てていたことは理にかなっていたことだったのです。わが国では、かずさDNA研究所が20031月、大豆根粒菌のゲノム(全遺伝情報)を解読したと発表しており、日本もこの分野で高い技術力を発揮しています。

 

  じつはこのような自分の栄養として必要な窒素を細菌に頼る植物はマメ科植物だけではないのです。ハンノキ、ポプラ、ヤナギは根粒菌を誘導して、植物が生えにくい川の砂洲のような窒素に乏しい土壌に群落をつくるのを手伝わせるのです。そして根の周辺に根粒菌を集めるのではなく茎の部分に集めるものも見られます。このような茎粒を作る種に共通している性質は湿地で成育をしていることであり、大豆などの有用なマメ科植物が過湿に弱いのと対照的です。近年、マメ科植物以外にもコーヒー、サトウキビのような重要作物の組織内や根圏にも根粒菌がいることが見つかっているようです。2018年にはアメリカ、ウイスコンシン大学で窒素固定菌をゲルで守っているトーモロコシの原種を発見したと発表されました。この窒素固定菌の作る窒素量は自分が必要とする窒素分の30-80%を作ることが出来るとしており、彼らはこれらの遺伝子解析をして育種へと進めていこうとしています。

 

 さらに空気中の窒素を絶えず固定することが出来るようにゲノム編集された細菌の販売が米国で始まっています。これは蒔いたばかりのトーモロコシにこれらの細菌を散布すると、その細菌はトーモロコシの根に毛玉のようなコロニーを形成し、空気中の窒素を取り込むようになるというのです。これらの取り組みを始めたのはアメリカ、カリフォルニア州にあるビボット・バイオ社であり、これが世界で最初の取り組みとされています。

 ドイツのバイエル社も遺伝子組み換えした細菌によって、自ら肥料を作りだす作物の開発が進められています。それはちょうど大豆が根粒菌によって窒素分を供給されている関係を他の作物でも再現したいという取り組みであり、数年後には実現できるのではないかと予想されています。

 

                     掲載日 2019.7

 

 

大豆の話の目次に戻る