加藤昇の 大豆の話


T−9 大豆と共生する根瘤菌の不思議

 春になると田んぼや道端にれんげの花が咲きそろう風景は一昔前の懐かしい日本の景色でしょう。れんげはマメ科植物であり、その根には根瘤菌が共生しています。根瘤菌には空気中の窒素ガスを取り込んで寄生植物に供給するという性質があるために、緑肥として農地の地力回復に役立っているのです。マメ科植物に共生する根瘤菌にはこのような不思議な力が備わっているため、大豆は肥料分の少ない土地にも空気中の窒素分を補給しながら生育できる力を持っています。そのため大豆には将来の人口爆発に対応できる作物と期待されているのです。

 マメ科植物だけにこのような働きがあるのはなぜか? その理由は推測の域を出ませんが、まだ大気の中に酸素が少なく、窒素ガスの多かった太古の昔に生きた生物のシステムが大豆の中に残ったからではないかと言われています。世界の焼畑農業の歴史を見ると、紀元前300年頃のギリシャ・ローマ時代にすでにマメ科植物は“緑肥”として土壌に鋤きこむことがおこなわれており、このような働きは古くから知られていたようです。アメリカは現在世界最大の大豆生産国ですが、このアメリカでも大豆栽培の最初の目的は、小麦・トーモロコシ栽培で痩せた土地の地力回復を図ったもので、緑肥として大豆をそのまま土壌の中に鋤きこんでいたのです。アメリカで大豆種子の収穫を目的とする栽培が緑肥目的を上回るのは、やっと1940年代後半になってからのことです。また、根粒菌は優れた窒素固定能力によって農業生産上はもちろん、地球環境的にも大きな働きをしているのです。現在地球上では年間1億8千万トンの窒素が主にマメ科植物によって固定されている計算になります。一方、工業的には電気エネルギーを使って年間8千万トンの窒素肥料が生産されていますが、これに要する石油燃料は約7億バレルであると言われており、マメ科植物の果たしている役割は計り知れないものがあるのです。

 マメ科植物に窒素固定の細菌が共生していることが証明されたのは1888年のことでした。その後現在に至るまで根瘤菌についての研究が続けられてきています。しかし、その研究の主眼は、それぞれの国の農業形態によって若干異なっています。根粒菌はどのマメ科植物に根粒を作るかによって、ダイズ菌、エンドウ菌、クローバー菌、アルファルファ菌などとグループ分けされています。例えばアルファルファ菌などはヨーロッパ諸国を中心に、ダイズ菌はアメリカ合衆国を中心に、またクローバー菌に関してはオーストラリアを中心に研究が行なわれています。これらは、それぞれの国の農業のあり方を見れば容易に想像できることです。窒素固定能力は同じマメ科植物でも異なっており、クローバーが最も強く大豆の数倍の能力を持ち、アルファルファも大豆の倍近い固定能力を持っていることが知られています。わが国では、かずさDNA研究所が2003年1月、大豆根粒菌のゲノム(全遺伝情報)を解読したと発表しており、日本も高い技術力を発揮しています。

 この根瘤菌には不思議な働きがあることは近年の研究で次々と明らかとなってきています。その一つが窒素肥料との関係にあります。根瘤菌は土壌の中に窒素分が少ないときには精を出して空気中の窒素ガスを固定するが、土壌中に窒素分が多いと固定作業を控え、根瘤菌も弱ってくるのです。さらに、大豆の葉に含まれる窒素分が高い状態であれば、根における根粒活性も大幅に低下することが確かめられています。このことは大豆に窒素肥料を過剰に与えることは根粒菌の働きを弱めてしまうばかりであり、大豆に対する窒素肥料の効果は小さくなってしまうことを意味しています。つまり、生育の良い大豆への窒素追肥は無駄であることを示しているのです。また、根瘤菌がどうやってマメ科植物の根を見分けて寄生するのか、というメカニズムも明らかになってきています。大豆の場合、根粒菌は根の先端に付着して侵入し、根の組織が伸長するにしたがって増殖をして窒素固定を行なうようになります。根粒菌の中には大気中の窒素をアンモニアに固定するニトロゲナーゼという酵素が含まれており、この働きによって空気中のガスを窒素源として大豆に栄養分を提供しているのです。このように根瘤菌が大豆の根を見分けられるのは、大豆の中に含まれているレクチンの働きであると言われています。

 近年、マメ科植物の中には根以外に茎にも共生して窒素固定を行なう植物が存在することがわかってきています。茎粒を形成する種に共通する性質は過度な湿地で成育をしていることであり、大豆などの有用マメ科植物が過湿に弱いのと対照的です。

 根瘤菌の持つこれら有用な性質をマメ科植物に留まらず、広く農業生産全体に活用できるようになれば、現在の石油に依存する化学肥料から離れて、真に地球環境にやさしい農業へと近づくのではないかと期待されています。そして宇宙船地球号で既に始まっている人口爆発に救いの道を開くのみならず、将来窒素濃度の高い大気に覆われている星に人類が降り立つときには根瘤菌は食糧生産の切り札になるのではないかと想像するのです。


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