機動警察Kanon 第209話
「あけましてあめでと〜♪」
年末の死闘から数日。
冬休み明けに特車二課のオフィスに姿を現した水瀬名雪は笑顔で挨拶する。
すると先に出勤していた相棒の相沢祐一手を挙げて応えた。
「けろぴーの修理は完了しているぞ」
「見たから知ってるよ」
「そうか、それと田舎はどうだった?」
「お正月は『あけましておめでとう』だよ、祐一」
名雪におっとり窘められた祐一は苦笑すると頷いた。
「あけましておめでとう」
「はい、お土産だよ」
祐一の挨拶に満足げに頷いた名雪は大きな紙袋をテーブルの上にドンを置いた。
「おっ、サンキュー」
「祐一は何してた?」
「実家に帰って友人と飲んでた。名雪はどうだった? ……って聞くまでもないか」
祐一の言葉に名雪は口をとがらせて抗議した。
「聞くまでもない、ってどういうことだよ?」
「どうせ寝正月だったんだろ?」
「……大掃除だってしたもん」
「寝正月だったのは否定しないわけだな」
「うぅ〜」
祐一の言葉を否定しきれない名雪は思わずうなる。
とそこへ更衣室で制服に着替えてきた月宮あゆ・沢渡真琴・美坂栞の三名が姿を現した。
「なゆちゃん、あけましておめでとう〜」
「あけおめ〜」
「あけめあしておめでとうございます」
「みんな明けましておめでとう〜」
女三人集まれば姦しい、というのに四人も集まったのだ。
「私は実家に帰ってました」
「香里はどうしたの?」
「えうぅ〜、お姉ちゃん仕事だったので一緒に帰れなかったです〜」
「整備班長だもんね〜」
「ボクは真琴ちゃんに連れ回されていたよ〜」
「仕方がないでしょ。誘うにも美汐、入院してたんだから」
「その言い方だとボクでなくても良かったんじゃ……」
「あゆあゆは美汐の代わりよ、代わり」
「うぐぅ〜」
真琴の言葉にへこむあゆ。
だがそんなあゆを無視して名雪は尋ねた。
「天野さん、まだ入院しているの?」
すると真琴は頷いた。
「そうなのよ。怪我はしてないけど検査だって」
「まあスタンガンで気絶させられたんだからな、無理ないさ」
祐一の言葉に名雪はちょっとだけ悲しそうな表情を浮かべた。
「佐祐理さん、そんなことするような人には見えなかったんだけどね」
「まあ確かにな」
今や日本国内に指名手配犯に面識のある二人は、真実を知ってもやはりそう納得は出来ない。
だが
「捕まった例の天才ゲーム少女が自供しているんでしょ」
「そうなんだよな」
「そうなんだよね」
真琴の指摘通りであった。
名雪に破れ動けなくなったグリフォン。
そのグリフォンからベイルアウトしたみちるはその急激なGによって気絶、そのまま警察によってその
身柄を拘束されて今は事情聴取を受けている身であったのだ。
「うぐぅ、今でもちょっと信じられないよ」
「真琴はあんなガキに二度も敗れたのが納得いかないわよ!」
「犯罪組織によって手駒になるよう育てられた少女、ドラマみたいで格好いいです」
「ねえ、祐一……」
名雪の言葉を予想していた祐一は首を縦に振った。
「国崎さんから話を聞いたが間違いないらしいぞ」
「うぅ〜、やっぱりそうだよね……」
肩を落とす名雪に祐一は声をかけた。
「気になるんだったら会いに行ったらどうだ? 捜査協力も頼まれているんだし大丈夫だろ」
だが名雪は首を横に振った。
「やめておくよ。だってわたしにはあの子の考えがさっぱりわからないんだよ。
どうしてゲームだ、ってあんな楽しそうに悪いこと出来るのかさっぱり理解できないよ」
「それはきっと悪いことだと思っていなかったからだろうな」
祐一の反論に名雪は目をむいた。
「なんで!?」
「何でって言われても悪いことだって教わらずに育てば、ああなるんじゃないのか」
「そうかな…?」
「『人は人として生まれるのではなく、人に育つ』って言うだろ。
オオカミに育てられた子供って話を聞くが、ああいうものなんじゃないのか」
「そうかもしれないけど……」
祐一の言葉に納得できない名雪は口ごもる。
とその時、廊下の方からバタバタバタと走る足音が聞こえた。
「何だ?」
「何だろうね?」
出動でもないのに廊下をバタバタ走ると第一小隊隊長の由起子さんや、深山雪見巡査部長、整備班長である
美坂香里等が口うるさく注意するので廊下をはしる人物はかなり珍しい。
気になって廊下に続くドアを開けると
「天野!?」
オフィス前を走り抜けた人物の姿を見た祐一は思わず叫んでしまう。
その祐一の言葉に四人の少女たちは反応した。
「天野さんが来ているの!?」
「美汐は入院中って聞いているわよ!」
「えうぅ〜、挨拶無しなんて水くさいです〜」
「うぐぅ、どうしたんだろう?」
「かなり血相変えてたぞ。どこへ行ったんだ?」
一瞬ではあるがその表情を見た祐一は首をかしげる。
だが
「美汐!!」
「天野さん!!」
真琴と名雪が後を追って走り出したのだ。
「…俺たちもついて行くか?」
「なんだかおもしろそうですからね」
「何なんだろうね?」
祐一・栞・あゆも好奇心には勝てずに後を追ったのであった。
「あ、天野くん落ち着きたまえ!!」
美汐の後を追った五人が行き着いた先は特車二課にて一番どうでも良い場所、課長室であった。
その課長室の中からちっとも落ち着いていない課長の叫び声が聞こえてきたのだ。
「何だろうね?」
「知らん。わかるか、あゆ?」
「うぐぅ、ボクにわかるわけないよ」
「ちょっと一体なんなのよ〜」
「とりあえずは聞いてみましょう」
栞の一言の一同は頷くと黙り込み、そして課長室のドアに耳を当てた。
「課長、外事課への転属を希望します!」
「ま、待ちたまえ天野くん!! 何で君が特車二課を出なければ行けないんだ!!」
「倉田佐祐理ことをリリー=田を追うためです!!」
「すでに指名手配済みだ。直に捕まるから君がわざわざ追わなくても……」
「どうせ海外に逃亡しています。その状況での指名手配が何の意味があるのですか!?」
「それはICPOを経由して海外にも……」
「すでに何年も前に手配されているのに捕まらずに今回の騒動を起こしたのですよ!!」
「そ、それは……。水瀬くん、君もなんとか言いたまえ!!」
「りょ」
「了承は無しだ!!」
「課長、必死だね」
名雪のその一言が全てを表していた。
転勤を希望する美汐に、必死に止める課長、そして我関せずな秋子さん。
「まあ課長としては幹部候補な天野に特車二課を出られたら困るだろうしな」
「うぐぅ、課長だけでなくてボクも困るよ〜。だれが真琴ちゃんの手綱をしめるのさ〜」
「ちょっとあゆあゆ、それはどういうことなのよ〜!!」
「きっと言葉通りですよ♪」
「それはしおしおの台詞じゃないでしょ!」
「そんなこという人、嫌いです」
「おい、騒ぐと中に聞こえちまうぞ」
「それは拙いですね」
「課長のお説教はゴメンだよ」
「聞き流せば良いだけの話よ」
「それだってやだよ」
まあそれでも好んで説教を受けたい人間など異様はずが無く、五人は騒ぐのをやめた。
「それにしても天野もずいぶん思い詰めていたんだな」
祐一の言葉に名雪は頷いた。
「仕方がないよ。過去に何があったのか知らないけど銃で撃たれてこんどはスタンガンだよ。
わたしだってきっと許せないよ思うな」
「そうだよね〜」
「真琴だったら37mmリボルバーカノンで風穴開けて開けてあげるわよ」
すかさず同意するあゆと真琴。だが栞は……
「天野さんと倉田佐祐理、その秘められた過去は一体……。
ドラマみたいで素敵です、今度お話聞きたいですね」
「…天野が教えてくれるとは思わないがな」
呆れた祐一はただそう言うしかない。
とその時、特車二課構内にサイレンが鳴り響いた。
『品川駅工事現場にて503発生!! 第二小隊出動せよ!! 繰り返す、第二小隊出動せよ!!』
「出動だ、ハンガーへ急げ!!」
祐一の言葉に四人の少女たちは一斉に頷いた。
「栞ちゃん、遅れないでね」
「名雪さん、置いていかないでくださいよ〜!」
「あゆあゆ、急ぎなさい!」
「うぐぅ、引きずらないでよ〜」
駆けていく四人の後ろ姿を見送った祐一は、課長室のドアをノックせずに一気に開け放った。
「な、何だね相沢くん……」
どうやら今の出撃命令が聞こえなかったほど白熱した話し合いであったらしい。
突然の祐一の乱入にただ唖然とするだけだ。
そんな課長を無視して祐一は叫んだ。
「秋子さん、出撃命令です!!」
「了解です、他のみなさんはどうしています?」
「もうハンガーに向かいました!!」
祐一の返事に秋子さんは満足げに頷くと、振り向いて美汐の顔を見た。
「美汐ちゃん、行きましょう」
「で、ですが……」
「転属希望の意向は聞きましたけど、まだ美汐ちゃんは第二小隊の一員です。
与えられた仕事はきっちりこなさないといけませんからね」
「……………」
秋子さんの言葉に一瞬考え込む美汐、だがすぐに頷いた。
「確かにその通りですね。今は目の前の仕事をこなさなくては」
「では行きましょう」
「はい」
「了解です」
「あうぅ〜、遅いわよ、祐一!」
「祐一さん、いつでも出撃準備できてる準備は整ってますよ」
「天野さん、真琴ちゃんを止めてよ〜!」
「いつでも行けるよ〜」
キャリアに乗り込んで準備万端な四人の言葉に祐一は美汐の顔を見ながら愚痴をこぼした。
「ほれ、天野を待っていたからあんなこと言われるじゃないか」
「だいぶ昔に私には関わらないと言ったはずです。
ですから相沢さんがなんと言われようと私の知ったことではありません」
「ひ、酷い……」
「はい、遊んでいないで早くしてください。指揮者不在では仕事になりませんよ」
秋子さんの言葉に祐一と美汐はうなずき、指揮車に飛び込んだ。
「秋子さん、準備OKです」
「こっちもいつでも行けますよ」
「それでは特車二課第二小隊出動です。ちゃっちゃとお仕事片付けましょうね」
完