機動警察Kanon 第198話











  特車二課ハンガーの一角に数十人の男女が集まっていた。

 その集団の前には一台の大型テレビがでんと据え付けられており、一応はテレビの画面に食い入るように

 見つめていたのだ。




  『21世紀まで残りあとわずかととなりました』

 『元旦は良い天気となるでしょう』

 『ゆ〜れる飛行機雲〜 僕たちは見送った〜』

 『おいしそうなおせち料理ですね』






  「現場中継、どこもやっていないですね」

 年末恒例の特番のみが延々と流されているテレビに整備員の一人は思わず呟いた。

 Kanonと黒いレイバーの世紀の一戦。

 現場で生に観ることが出来なくてもせめて現場中継は……と思っていたのだがそれも出来無いらしい。

 「まったくこれだから日本の報道機関はレベルが低いのよ」

 香里が愚痴をこぼすと、一緒にテレビを眺めていた第一小隊の深山雪見巡査部長は頷いた。

 「日本のマスコミは自分で取材する能力に欠けているもの。

 お正月だからって浮かれている連中がすぐに取材に駆けつけるなんて無理な話よ」

 「そうかもしれないけど……」

 香里と雪見、二人の巡査部長が真面目に話しているその側では岬川奈、じゃなくて川名みさき巡査部長が

 年越しそばを夢中になってすすっていた。

 「おそば、おいしいよ〜。香里ちゃんも雪ちゃんも食べなくて良いの?

 もし食べないんだったらおそば伸びちゃうから私がもらって良い?」

 「食べるわよ!!」

 みさきに取られそうになったそばを引き寄せると割り箸を割った。

 「美坂さんも食べたらどう? ここで必死になっても現場に変化あるわけでもないし。

 それより腹が減っては戦は出来ないと言うし、これからに備えて腹ごしらえしておいた方が良いと思うけど」

 「…それもそうですね」

 香里もそばをすすり出すと整備員たちはほっとため息をつくと同じようにそばをすすり始めた。

 整備班長たる香里がピリピリしていたため整備員たちは皆戦々恐々としていたのだ。





  「やっぱり年越しそばはおいしいよね〜」

 「さすがみさき先輩、年越しそばをわんこそばのように食えるのはすごいな」

 「うぅ〜、どうしてあんなに食べてもばっちりプロポーションを維持できるのよ〜」

 『すごいの』

 「そばにはお酒が欲しいですね」

 「ほら茜、日本酒の良いの、用意してあるよ」

 「里村さんも詩子さんも勤務中にお酒はだめだよ〜」

 「みゅ〜、おそばおいしい……」





  することがないためただひたすらそばを食べ続ける特車二課の面々。

 これだけの人間がただひたすらそばを食べ続ける光景というのもある意味シュールかもしれない。

 やがてそばを食べ終えた香里は隣に控えている北川に尋ねた。

 「北川くん、まだ第二小隊から報告はないの?」

 香里の問いかけに北川は首を横に振った。

 「今のところ報告は入っていないみたいだ」

 「そう……状況が確認できない状態って本当もどかしいわね……」

 するとその時、二階の無線室から整備員の一人が駆け下りてきた。

 「た、大変です!! 二号機がやられました!!」

 「二号機って沢渡巡査の二号機のこと?」

 香里の確認に報告してきた整備員は力強くうなずいた。

 「何でも舞浜大橋から海に引きずり込まれたらしいです」

 「引きずり込まれたって……」

 あまりに考えにくい事態に香里は一瞬絶句し、すぐに気を取り直すと整備員に尋ねた。

 「沢渡巡査は無事なの?」

 「辛くも機体から脱出したそうです」

 「そう……一年前と同じく名雪は一人で黒いレイバーと対峙しなくちゃいけないわけね」

 親友の苦境に香里は思わず嘆息した。

 「第一小隊のAIRは三機ともメーカー修理に出しているし、唯一うちに残っているKanon三号機も修理のために

 パーツがいくつか抜けている状態だから動かないし。名雪一人で本当に大丈夫かしら?」

 「ちょっときついかもしれないわね」

 つい先日たった一機の黒いレイバーによって三機のAIRが撃破されたのだ。

 その光景を指揮車から見ていた雪見はそう楽観的にはなれない。

 そしてそれは他の第一小隊のメンバー、そして整備員たちも同様であった。

 「黒いレイバーに負けたままなんて納得できない!! AIRが無くても何とか一矢報いる方法はないの!?」

 七瀬留美巡査のその一言からその場は一気に盛り上がった。





 「Tacticsに返したONEを借りて、現場に駆けつけるのはどうだ?」

 「いや、それは難しいだろう。それより自衛隊から対レイバーライフルを借りて来てだな」

 「それだったら装備開発課から実験中の新兵器を借りた方が良いだろ」



 「まあ待てよ。俺たちには黒いレイバーが持っていない素晴らしい武器があるじゃないか」

 「知恵と勇気と根性なんてベタな展開は飽きたぞ」

 「……………」

 「そのものズバリかよ!!」



 「大型トレーラーを何台も用意して連続して黒いレイバーに突っ込むっていうのはどうだ?」

 「誰が運転するんだよ、誰が!!」

 「…俺以外の誰か」



  「機動隊を総動員して黒いレイバーを包囲するって言うのはどうだ?」

 「簡単に蹴散らされてしまうだろうが!!」

 「まあ待て。生身の人間をレイバーで蹴散らすのはなかなか度胸がいることとは思わないか?」

 「思わなかったら殉職者多発だぞ!!」



  「スナイパーを用意して黒いレバーのカメラやセンサーを全部つぶしてしまえば怖くも何ともないだろ」

 「おお、それは良い考えっぽいぞ」

 「問題は今すぐにスナイパーを用意できるかどうかだが……」

 「うちの上層部がそんなすぐに決断できるわけないだろ」




  玉石混合な意見が出されるがどれも非現実的な物ばかりで実行することが出来ない。

 「何かできること無いのかしら?」

 「ちょっと難しいわね」

 香里と雪見の二人はため息をつく。

 とその時、年越しそばの最後の一杯を平らげたみさきが口を開いた。

 「ねえ、雪ちゃん。良い考え思いついたんだけど」

 「一体何よ?」

 あまり期待していない雪見がみさきに聞き返すとみさきはにっこり微笑んだ。

 「え〜っとね、AIRの駆動系って確かKanonとほとんど同じだよね。部品流用できないかな?」

 思わず呆気にとられる雪見。だがすぐに我に返ると叫んだ。

 「美坂さん、どうなの!?」

 「言われてみればそうだったわ。北川くん、ただちに三号機のチェックにかかってちょうだい!!」

 「了解!! 一班二班オレに続け!!」

 北川と整備員たちが一斉にKanon三号機にとりつく。

 その姿を見た香里は続けざま叫んだ。

 「住井くんはAIRの予備パーツを引っ張り出してきてちょうだい!!」

 「任せておけ!! 三班四班急げ!!」

 住井と整備員たちがAIRを整備していたブロックへと駆けつけていく。

 「斉藤くんと南くんは出撃準備急がせて!! 予備弾丸と予備のバッテリーを忘れないように!!」

 「了解だぜ!!」

 「俺は沢口だ〜!!」
 
 南の抗議を無視し、香里はハッパをかけた。

 「20分で片づけるわよ!! グズグズしているやつは東京湾に叩き込むからね!!」

 「「「「「「「「「お〜っ!!」」」」」」」」」

 真琴の二の舞にはあいたくない整備員たちは俄然力が入るのであった。







  「みさき、あんたにしては良い考えだったわ」

 「う〜っ、なんだか褒められている気がしないよ〜」

 雪見の言葉に複雑なみさきが唸っていると、そこへ笑顔の香里が声をかけてきた。

 「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 「お役に立てて何よりだよ。ほらほら雪ちゃん、褒めるって言うのはこういう言い方なんだよ」

 「あんたにはその程度で十分よ」

 「うぅ〜、雪ちゃん酷いよ〜」

 幼なじみの気楽さからみさきと雪見がじゃれているとそこへ七瀬と詩子の二人が駆けつけてきた。

 「美坂さん、Kanon三号機は誰が操縦するの? もし決まっていないんだったらあたしにやらせて!!」

 「ずるいよ、私も操縦したいよ」

 「留美ちゃんも詩子ちゃんも抜け駆けはずるいよ〜」

 第一小隊の三人が自分を乗せてくれと立候補する。

 しかし

 「そうは言われてもね……」

 香里は困った。

 なんせ特車二課でそれなりの権限を持っているとはいえあくまでも整備班班長でしかない。

 当然のことだがレイバー運用に関しては一切の権限を持ち合わせていないのだ。

 「Kanonに関しては秋子さんに相談するしか無いと思うけど結論は分かり切っているし……」

 誰であってもおそらくは了承してしまうであろう。

 圧倒的な防御力と総合能力に長けた川名みさき巡査部長。

 攻撃力……とくに白兵戦だけは天下一品な七瀬留美巡査。

 何でもそつなくこなし、これといった欠点を持たない柚木詩子巡査。

 そして

 「間違いなくKanonに一番慣れているのは沢渡巡査なんだけど……」

 香里がそう呟いたとき、突然目の前に息せき切った男が現れ叫んだ。

 「沢渡真琴巡査を三号機に乗せるだけは勘弁してくれ!!

 AIR三機の修理費だけでも大変なのに高価な三号機が加わった日には特車二課の予算は赤字だ!!」

 「課長、わかりましたから落ち着いてください」

 「本当だな。本当に沢渡巡査を三号機には乗せないな?」

 髪が乱れ、目は血走り、汗をだらだら、息を乱した課長の様子に思わず香里は頷いてしまった。

 「あたしにはそんな権限ありませんからそれでは課長が決めてください」

 すると課長は何か憑き物がふっと落ちてしまったかのように落ち着いた表情を浮かべた。

 「私はレイバー運用に関しては詳しくないからな、君たちで決めたまえ」

 そう言い残すと課長室へと戻っていく。





 「課長、何のために出てきたのかしら?」

 「さあ?」

 「きっと最後の見せ場だから顔ぐらい出したかったんじゃないかな?」

 「最近、というかずっと出番無かったし」

 「かわいそうな課長……」





  「まあ課長は置いておくとして三号機のパイロットはどうするの?」

 香里の言葉にみさき・七瀬・詩子の三人は顔を見合わせた。

 「どう決めたってカドが出るよね」

 「やっぱり機会は平等でないと」

 「それならやっぱり……」

 三人はお互いに頷くと叫んだ。

 「「「最初はグー、ジャンケンぽい!!」」」

 「「じゃんけんかよ!!」」

 思わず口をそろえてつっこみを入れてしまう香里と雪見。

 だが三人は気にせずに続けた。

 「「「あいこでしょ!!」」」

 「「「あいこでしょ!!」」」

 「「「あいこでしょ!!」」」




  この状況にさすがにばかばかしくなった香里は出動準備の指揮に出ることにした。

 「広瀬さん、パイロット決まったら名雪の起動ディスクのコピーをベースに、カスタマイズしてあげて」

 「任せてちょうだい」



  そして雪見は

 「独断専行もまずいし、とりあえず隊長の許可もらって来るわ。

 聞こえてないでしょうけどさっさと決めなさいよ」

 ジャンケンしている三人に声をかけると雪見は由起子さんの元へと向かったのであった。









  「やった〜♪」

 「負けちゃったよ〜」

 「何であたしが負けるのよ!?」







あとがき
香貫花がいないのでその代わり、と思っていたら無茶苦茶話が広がりました。

それと突撃レポーター桃子さんもいませんし、代わりのネタを入れると脱線しまくりそうです。

予定では210話までに完結予定ですが……果たして終わるかな?

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