機動警察Kanon 第195話











  「おはよ〜」

 朝、さわやかな表情で第二小隊オフィスに入ってくる名雪。

 その姿を見て、今日の予定表をホワイトボードに書き込んでいたあゆは思わず固まった。

「な、名雪さん……ど、どうしたの!?」

 だが名雪はそんなあゆの言葉に口をとがらせた。
 
 「あゆちゃん、朝はおはようだよ」

 「おはよう、名雪さん……」

 信じられない物を見たかのように今も固まっているあゆ。

 だが名雪は気にせずに続けた。

 「今日はみんな遅いね〜。寝坊しているのかな?」

 (名雪じゃあるまいし)

 祐一ならそう言ったであろうその一言を飲み込むとあゆは首を横に振った。

 「うううん、名雪さんがいつも通り最後だよ。みんなは今ハンガーに降りているよ」

 「ハンガーに?」






  「今年はつけないんじゃなかったのか?」

 整備員たちがKanonに正月飾りを飾り付けている様子を眺めていた祐一の一言に、栞は首を横に振った。

 「始めはそのはずだったんですけどお姉ちゃんが縁起物だから付けろって」

 「天野ならいざ知らず香里はそう言うのを気にしないものだと思ってたな」

 「それはどういうことですか、相沢さん」
 
 祐一の言葉に眉を若干つり上げる美汐。

 だが祐一はそれに気が付かずに……というか気が付いても気に止めなかった。

 「天野はおばさんくさいからな」

 「…聞こえましたよ、相沢さん。そのは何ですか、そのは。いつもより酷いではありませんか!」

 「だって天野が時々ひけらかしてくれる知識ってあれ、おばあちゃんの知恵袋だろ?」

 「一般常識です!」

 さすがにおばあちゃん呼ばわりされては美汐も黙って入られなかった。

 自らの尊厳にかけて全力で祐一に反論する。

 だが

 「一般常識? ならみんなは天野の言うところの一般常識を知ってたか?」

 祐一に突如話を振られたほかの四人は対応に困った。

 「うぐぅ、ボ、ボク頭が悪いから……」

 「えぅ〜すいません……」

 「あうっ〜、美汐ごめん……」

 「くっ〜くっ〜」
 
 祐一をのぞく四人の反応に美汐はがっくり肩を落とした。

 「…そ、そんな酷なことはないでしょう……」

 「俺だけならともかく名雪やあゆや栞や真琴も一般常識とは思っていないんだ。

 天野のその知識はおばあちゃんの知恵袋で良いよな、天野おばあちゃん」

 項垂れる美汐に追い打ちをかける祐一。

 だがそれが美汐の逆鱗に触れてしまったことにこのときの祐一は気が付いていなかった。

 「……っ」

 「ん? 何か言ったかな?」

 勝ち誇ったように聞き返す祐一。

 だがその瞬間祐一の体は宙を舞い、そして引力に惹かれて大地に暑く抱擁した。

 「相沢さんを殺して私も死にます!!」

 「ま、待て!! 話せばわかる!!」

 言い過ぎたことにようやくと気が付いた祐一は痛みを必死でこらえて美汐を止めようとする。

 だが

 「問答無用です!!」

 「ぎゃぁああああああ!!」

 「天野さん祐一が死んじゃうよ!!」

 「美汐、やっちゃえ〜!!」

 「サスペンスドラマみたいで素敵です」

 「うぐぅ、どうしたら良いんだよ〜!?」

 決戦が近づいているであろうにマイペースな第二小隊であった。








  「相変わらず元気ですね」

 半ば呆れている由起子さんの言葉に秋子さんはにっこりほほえんだ。

 「うちの子たちはそれが取り柄ですからね」

 「いや、別に褒めているわけではないんですが……」

 困った由起子さんは秋子さんの視線から逃れようと、ふと窓の外を見る。

 そして空からハラハラと降りしきる白い物に気が付いた。

 「あら、珍しい。雪ですね」

 「雪ですか。久しぶりですね」

 「もう少し早く降ればホワイトクリスマスでしたのに残念でしたね」

 「ホワイトクリスマスなんてちょっと前まで珍しくも何でもありませんでしたから」

 そうこう言っているうちにも雪はどんどん降ってくる。

 「これは積もりますね」

 「事故が起こらなければ良いのですが」

 とその時、隊長室の中から電話の呼び出し音が響いてきた。

 「何でしょう?」

 「先輩何かこそこそ動いているんじゃないんですか?」

 由起子さんの言葉に秋子さんはにっこりほほえんだ。

 「こそこそ動いていると言われるのは心外ですね。どうどうと動いていますよ」

 「…もっとたちが悪いですよ」

 しかし秋子さんはそんな由起子さんの言葉を気にせずに受話器を取った。

 「はい、特車二課ですよ」

 『秋子さんですか、国崎です』

 それは今、張り込み中のはずの国崎往人部長刑事からの電話であった。

 「あら国崎さん、どうしたんです?」

 『動きがありました。例の連中、一斉にチェックアウトしてます』

 「ありがとうございます。今度観鈴ちゃんと一緒にごちそうしてあげますね」

 『ゴチになります!!』

 餌につられて意気盛んな国崎往人であった。







  特車二課でそのようなやりとりが行われているちょうどそのころ。

 東京湾沿岸に無数に存在する倉庫街の一角。

 雪が降る中エンジンがかけっぱなしの車が二台、そしてその片一方である密談が交わされていた。

 


  「君の意向は社長から聞いている」

 シャフトエンターブライズジャパンの徳永専務はしかめっ面でそう話を切り出した。

 「オークションには私が行くことになったよ」

 「あはは〜、そうでしたか♪」

 誰もが思わずにっこりしたくなってしまうような佐祐理の声に、だが徳永専務はしかめっ面のままであった。

 「倉田君、なぜ私に一言相談してくれなかったんだね」

 自分を無視して社長に話を持ちかけた佐祐理さんを咎める。

 だがさすがの佐祐理さん、そんな専務の言葉など気にもとめなかった。

 「それはですね、専務♪ 佐祐理は専務のことが大嫌いだからですよ♪」

 ギリと歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど憤怒の表情を浮かべる専務。

 「き、君は……」

 だが怒りの感情を押し殺すと専務は必死になって用件を伝えた。

 「私のことはともかく今の君があるのはシャフトエンタープライズのおかげではないかね!! それを……」

 「あははは〜、何寝ぼけた事言っているんですか♪ 
 
 やりたいことをやりたいように出来る場所があれば佐祐理は十分なんですよ〜♪

 そう言う意味では今のシャフトジャパンはちょっと窮屈になってしまい居心地が悪くなってしまいました♪

 佐祐理にはそれが実に残念でたまりませんね〜♪」

 「何勝手なことを……」

 外資系の会社の専務にしては古くさい考えの持ち主である徳永専務は今にも怒り出しそうだ。

 その気配を察したのであろうか。

 「まあ安心してください♪ 

 最悪の場合でもグリフォンとその基礎資料は専務の手に渡るようにしておきますからね。

 佐祐理は会社に損をさせたことはないんですよ♪ そうでしょう?」

 「うぬぬ……」

 たしかに過去の佐祐理さんの実績はそのことを裏付けていたため徳永専務は反論できない。

 「……是非ともそうであってほしいものだね」

 そう捨てぜりふを吐くと徳永専務は車の後部ドアを開けると雪の降りしきる車外へと出た。

 そして隣に停車しているもう一台の車へと足を進める。

 だがその途中、徳永専務はほんの一瞬だけ足を止め、そして車に乗り込み去っていった。




  「…佐祐理、わざわざ敵を作る必要はないと思う」

 運転席にいた舞の言葉に佐祐理さんは笑った。

 「あははは〜♪ 佐祐理も大人げないと思ったんですが専務の顔を見たらつい文句を言いたくなりまして」

 「…佐祐理は不用心すぎる。専務といい、今度のことといい……止めるのは無理?」

 「あははは〜、舞は心配性ですね。今度ので日本での活動はお終いですから心配無用ですよ〜♪」

 佐祐理さんの太鼓判、だが納得しかねていた舞はつぶやいた。

 「佐祐理を守るため……」

 その一言は佐祐理さんの耳に届くことはなく、そして専務同様二人の乗る車もすぐに立ち去ったのであった。









  「はい」

 詳しい説明なしに舞からある物を受け取ったグリフォン開発責任者。

 だがそれを受け取った彼の顔は不満というか納得できない、といった感情をありありと示していた。

 「このことは課長も承知しているのですか」

 その言葉に舞はこっくりうなずいた。

 「気になるなら佐祐理に確認を取ってみると良い」

 自信満々にそう言う舞の言葉にグリフォン開発責任者はうなずいた。

 「いえ、その必要はありませんが……しかし本当にこんな物が必要ですか?」

 自ら作り上げたグリフォンの性能に自信を持っている彼はそこいらが不満であったのだ。

 「むろん使わずにすめば超したことはない。ただの保険みたいなもの」

 「はぁ」

 「チーフ!!」

 とそのとき、グリフォンの整備を行っていた一人がグリフォン開発責任者を呼んだ。

 「今行く!!」

 舞から受け取った物を手に、グリフォン開発責任者は舞の前を立ち去ろうとする。

 「みちるは所詮お子様なんだから過信は禁物。わかった?」

 「…………」

 そして舞は彼とは逆の方向へと立ち去ったのであった。







  一台の観光バスが渋滞になりかかりの首都高速をのろのろと走っていた。

 ぱっと見れば中には様々な国籍の人間がずらり……海外から観光に来た外国人のように見える。

 だがその実態は国崎往人&神尾観鈴の両広域犯罪捜査官が追い続ける海外から来たレイバー関係者&武器商人

 ご一行様だったのである。

 「さてみなさん、第二ラウンドはホテルの部屋からゆっくりご覧になれます♪」

 バスガイドよろしくマイクを片手に案内する佐祐理さん。

 そんなしい佐祐理さんの姿に一同は嬌声をあげる、と思いきや皆一同に神妙な面持ちで席に座っていた。

 今はこの場にいないとはいえ、佐祐理さん側近の舞に知られたら……。

 つい数日前の出来事が彼らの頭の中からはそうは簡単に抜けていなかったのである。

 「なお繰り返しますがオークションの対象になるのはグリフォンではありませんよ〜♪

 対象になるのは開発スタッフですからね〜♪ そこいらは間違えないでくださいよ〜♪」

 茶目っ気たっぷりに佐祐理さんはそう案内すると運転手に目配りし、うなずいた。

 「それではこの先揺れますから気をつけてくださいね〜♪」

 その言葉と同時に観光バスは狭い車両間隔を縫って、無理矢理車線変更をかける。

 そして首都高から一般道へと降りて行くではないか。

 プププー!!

 ビィビィビィー!!

 けたたましくクラクションが鳴らされる中、一台の車だけは反応が違っていた。

 「にはははは〜。往人さん、バスが逃げるよ〜」

 「こなくそ! 逃がしてたまるか!!」

 往人も乱暴にハンドルを切り、無理矢理車線変更をかけると観光バスの後を追う。

 だが

 「が、がお。往人さん、見失っちゃった」

 ぽか

 「酷い…どうしてそういうことするかな」

 涙ぐむ観鈴を無視して往人は悔しげに唇をかんでつぶやいた。

 「くそっ、巻かれたか……」







  『やられましたよ、秋子さん。まんまと巻かれてしまいました』

 受話器の向こう側から聞こえてくる往人の言葉に、秋子さんは笑ってうなずいた。

 「いえ、十分ですよ。それよりこの後どうするつもりです?」

 『…手がかりが切れちまったからな。どうしようか考えているところだよ』

 往人のその言葉に秋子さんはうなずくと、提案した。

 「国崎さんと観鈴ちゃんを巻いたのは新しく動くからだと思うんですよ」

 『まあそれしか考えられないな』

 「そこで国崎さんと観鈴ちゃん、うちの小隊と一緒に行動しませんか?

 きっと数時間後にはリリー=田こと倉田佐祐理のそばにいることが出来ると思いますよ」

 秋子さんの提案に往人はうなずくことしか出来なかった。

 『確かに闇雲に捜すよりその方が効率的ではありますが……良いんですか?』

 往人の言葉に秋子さんはうなずき、そしてお約束の一言を伝えた。

 「了承」







  往人との電話を終えた秋子さんは席を立ち上がるとハンガーへと降りていった。

 するとそこには今にも帰宅しようと車に乗り込むとする美坂香里整備班長の姿があったのだ。

 「香里ちゃん」

 秋子さんの呼びかけに香里は振り返った。

 「秋子さん、何ですか?」

 すると秋子さんはちょっとだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 「申し訳ないんですけど、今日は帰るの諦めてくれません?」

 普通ならば何を馬鹿なことをと思うかもしれない秋子さんの一言に、香里はあっさりうなずいた。

 「秋子さんがそう言うって事は何かあるって事ですよね。わかりました」

 そう言うと香里はにやりと笑ったのであった。














  「血圧良し、脈拍良し、睡眠時間良し、食事良し、トイレ良し。

 みちる、何か具合の悪いところありませんか?」

 みちるの健康管理を一手に担う遠野美凪のことばにグリフォンのパイロットみちるは元気良くうなずいた。

 「もうみちるは絶好調だよ! 今日こそ一年前の仇取ってやるもんね」

 「けがしないようがんばってくださいね」

 「美凪、大丈夫だよ」

 パイロットスーツに身を包んだみちるはガッツポーズを決める。

 そこへ真剣な表情の舞がやってきた。

 「みちるの調子はどう?」

 「バッチリグーチョキパー」

 美凪の独自の感性による言葉に舞は顔色一つ変えず、そしてみちるに指示を出した。

 「計画は予定通り進行している。勝手なことをしないで佐祐理の指示通りに動くこと」

 「そんなのわかっているもんね〜。イーだ!!」

 相性の悪い二人であった。










  ウゥ〜 ウゥ〜 ウゥ〜


 特車二課内に出動を告げるサイレンがけたたましく鳴り響いていた。

 往人&観鈴の張り込みから得られた情報を元に解析した秋子さんの予想はズバリ的中、数日ぶりに

 黒いレイバーがその姿を現していたのだ。

 そのため香里のいつも怒声がハンガー内に鳴り響いていた。

 「ぐずぐずしているやつは東京湾に叩き込んで魚の餌にするわよ!!

 そこ!! 立ち止まっていないでさっさとやることをやりなさい!!」

 同時に何十人もの整備員たちの行動を素早く観察し、的確に指示を出す香里。

 そのため出動の準備は着々と進む。

 「急げ〜!!」

 「邪魔だ、どけどけ!!」

 「おい、忘れ物だぞ!!」

 だがそれでも香里の目からすればまだまだであった。

 「予備の電池を忘れないで!! それと課長の許可が出ているんだから例の長物に弾込めておきなさい!!」

 「了解です!!」

 「鍵だ、鍵を持ってこい!!」





  そんなあわただしい背後を無視して咲子さんは第二小隊の面々に声をかけた。

 「この出動は予期されていたことに過ぎませんから今更言うことはありません。

 ただ確かなことはこの事件を解決しなければ私たちの正月はこないと言うことです。

 美汐ちゃん、祐一さん、名雪、真琴、栞ちゃん、あゆちゃん。みんな頼みますよ」

 「「「「「「はい!!」」」」」」

 そして六人は敬礼するとおのおの自らの持ち場たる指揮車・キャリアへと飛び乗る。

 「第二小隊、出動です」

 そしてミニパトに乗った秋子さんを先頭に第二小隊は強敵との決戦に向けて出撃したのであった。


 



 
 


あとがき
更新を休んでいる間に「CLANNAD」やっていました。

期待していた通りの作品でとてもおもしろかったです。

ただ惜しむべきは「AIR」同様、非常にSSが書きにくいストーリーになっていること。

それとヒロインはもう渚完全固定状態ですので他のヒロインでストーリーを作るのは難しそう。

まあ気に入った作品ではあるのでがんばってみるとしますか。



2004.05.14

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