機動警察Kanon 第192話
佃島での事件から数時間後。
壊滅した第一小隊の三機のAIRを回収するために宴会あけの第二小隊の面々は現場へとやって来ていた。
「…酷いよ……」
ズタボロにされ、もはや自力では動くことが出来ないAIR。
「…昨夜、わたしたちが応援に駆けつけてさえいれば……」
宴会にに明け暮れていた昨夜の自分の姿を思い出し、悔しそうに唇をかむ名雪。
だがその背後から否定する声があった。
「それはどうかしら?」
「香里、それはどういうこと?」
振り返り今の言葉の意味を問いただす名雪。
すると特車二課整備班班長美坂香里は肩をすくめた。
「言葉通りよ」
「言葉通りじゃわからないよ」
香里の言葉に名雪が文句をつけると香里は笑った。
「例えあなた達がどんちゃん騒ぎしていなかったとしても第一小隊壊滅には何の影響もなかった、って事」
「どうして? わたしたちが駆けつけていれば五機がかりで黒いレイバーを……」
「絶対にそれはないわね」
名雪の言葉を遮り、香里はきっぱり言い切った。
「増援要請にすぐに対応したとしても、第一小隊壊滅までには絶対に間に合わなかったわ」
「で、でも!!」
「良いこと名雪!」
香里は名雪の鼻先に指を突きつけると、言いくるめるように言った。
「あなたの特車二課における担当は何かしら?」
「それはけろぴーの操縦手だけど……」
「操縦手の任務に部隊運用なんてあったかしら?」
「それはないけど……」
それは小隊隊長の仕事だ。
「ならばあなたはそんな無駄なことは何も考えなくて良いの。むしろ考えないで。
それよりも次に黒いレイバーが姿を現したときにどう闘うのか、考えておくべきではないかしら?」
「うぅ〜」
図星を突かれすぎて名雪には反論する余地がない。
「まあとりあえず今やるべきことをやってもらいましょうかね」
香里は名雪の肩をポンポンと叩いた。
「AIR修理しなくちゃいけないんだからキャリアに載っけてちょうだい」
「わかったよ〜」
とりあえず元気を取り戻した名雪はけろぴーのコクピットに潜り込んでいく。
その姿を見送った香里は、首を横に振ると背後に声をかけた。
「相沢くん、いるんでしょ」
「ばれていたか」
そう言って姿を現したのは名雪の相棒である相沢祐一その人であった。
「何であたしが相沢君の仕事しなくちゃいけないのよ?」
不満そうに言う香里に祐一は笑った。
「俺は俺で仕事していて今来ようやく手が空いたところだからな」
「あたしだって仕事あるんだけどね」
「あれだけやられたらメーカー修理だろ」
ザタボロのAIRを見ながら祐一がそう言うと、香里は頷いた。
「あれだけやられると特車二課では無理だもの。たぶん工場で年超すわね」
「三機もいっぺんに持ち込まれたら部品調達するのだって時間かかるだろうしな」
「そういうわけね」
香里は「はぁ〜」とため息を付いた。
「黒いレイバーをまた相手にしなくちゃいけないんだから徹夜続きになりそうで嫌になるわ。
徹夜は美容と健康の敵だって言うのにね」
「香里だったら一晩や二晩の徹夜ぐらいなんて事はないだろ……黒いレイバーがまた現れると思うか?」
祐一の問いかけに香里は頷いた。
「Kanonとのリターンマッチ、やらない訳はないと思うけど」
「それもそうか」
祐一もため息を付いた。
「それじゃあさっさとAIRを工場に送り出してやるとしますか」
「お願いするわ」
「名雪に命令するだけだからな」
「それもそうね」
お互いに笑うと、二人はそれぞれ自分の仕事へと戻っていった。
「そーっと載せろよ、そーっと」
「そんなの言われなくったってわかってるよ〜」
「あう〜っ、腕がとれちゃった〜」
「真琴、何をやっているんですか!」
「まあまあですかね?」
破壊されたAIRをキャリアに載せている姿を見て秋子さんは呟いた。
すると秋子さんの背後から声をかけてきた男がいた。
「何がまあまあ何です?」
「うちの子たちの士気がですよ、国崎さん」
「そいつは結構なことですな」
そこには警察庁広域犯罪捜査官国崎往人巡査部長、そしてその部下の神尾観鈴巡査両名が立っていた。
「特車二課に伺ったところこっちだと聞いたもので」
往人の言葉に秋子さんはちょっと表情を曇らせた。
「もうすぐ戻るところだったので二課で待ていてくだされば色々おもてなしも出来たのに……」
「にはは〜、残念だったね往人さん」
「全くだ」
朝食一回分、損した往人は珍しく観鈴の言葉に頷き、そしてすぐに首を横に振った。
「いや、今回はそれどころではないんでした」
「そうしたんです?」
珍しく食事に引き寄せられない往人を訝しがる秋子さん。
「水瀬警部補の耳に早く入れた方が良い情報を掴んだんでね」
「何です?」
秋子さんだって何でも知っているわけではない。
往人の言葉に秋子さんは尋ねる。すると往人は懐から一冊の手帳を取り出した。
「妙なことにこの東京に世界のレイバー関係者が続々と集まってきているんだ。それも大物ばかり」
「国際レイバーショーが終わったばかりなのに?」
毎年年末に行われる国際レイバーショーは先日終わったばかり。
帰国することはあっても来日することはちょっと考えにくい。
そう思った秋子さんが尋ねると往人は頷いた。
「一体何をやるんだろうな?」
往人がそう言うと観鈴が二コっと笑った。
「きっと忘年会でもやるんだよ、往人さん」
「……あらゆるルートで調べたが公式な会合予定は何もない」
「にはは〜、きっと非公式な忘年会なんだよ〜」
「…まあさっきまで理由はわからなかったが今はわかったような気がするよ」
「国崎さんの考えていることはわかりました」
秋子さんは真剣な表情で頷いた。
「来日した顔ぶれのリスト、用意していただけます?」
「そう言われると思って用意してきたよ」
往人は懐から一通の封筒を取り出すと、秋子さんに手渡した。
「ありがとうございます。準備良いですね」
「がぉ、無視するなんて酷い……」
ポカッ
「がぉは無視してくれない……」
「晴子に言われているからな……何せだいぶおもしろい顔ぶれが混ざっていたんでね」
「おもしろい顔ぶれ…ですか」
秋子さんの言葉に往人は頷いた。
「レイバー関係者の仲でも特に裏の世界を根城にしている輩とかだな。後は死の商人とか」
「デモンストレーションというわけですか」
「今回の事件はまさに打って付けだと思ってね。いかがです?」
「良い線、行っていると思いますよ」
往人の言葉に秋子さんは満足げににっこり微笑んだ。
「レイバーのもっとも効果的なプレゼンテーションは実際に動いているところを見ることだと思いますから」
「そう思って早く伝えようとしたんだがな……一日遅れちまったが」
「いいえ、大変有効な情報だと思いますよ」
「そう言ってもらうとありがたいな」
往人はそう言うと笑った。
「とりあえずこの件はもう少し追って見る。何せやっと掴んだ手がかりらしき物なんでね」
「よろしくお願いしますね」
「任せてくれ……観鈴、行くぞ」
「往人さん、待ってよ〜」
去る往人とその後を生まれたばかりの小鳥のようにテクテク追いかける観鈴。
その二人をほほえましく見ていた秋子さんはやがて真剣なまなざしを浮かべた。
「小娘ごときに今度は好き勝手やらせませんよ」
あとがき
我ながら中途半端な終わり方だな〜と思う終わり方で申し訳ありません。
2004.04.11