機動警察Kanon  第190話














  「まった何が一体どうなっているのよ!?」

 ただでさえ夜間という悪条件なのに、そこへもって濃厚な煙幕が張られている状態だ。

 視界がきわめて悪く、肉眼での監視はほとんど役に立たない状態である。

 そしてそんな時にこそ役に立つであろうサーモグラフィを始めとする各種センサーは電波障害の影響なのか

 まともに使えないし……というわけでAIR二号機の七瀬はコクピット内でピリピリしていた。

 「折原、状況はどうなっているの!?」

 「知るか!! 俺の方が知りたいぐらいだぞ」

 指揮者失格な台詞を吐く浩平。

 だがその口調とは裏腹に、その視線は暗闇と白煙の向こう側をじっと見つめる浩平。

 そしてその視線の先に何かを見つけた浩平は口を開いた。

 「七瀬……」

 「な、何よ折原」

 いつもよりも少しだけ真剣な口調の浩平の言葉にとまどう七瀬ではあったが、続く言葉でそのとまどいは

 あっという間に吹っ飛んだ。

 「前方に何かレイバーらしき物体が見えるぞ」

 「レイバー!? 嘘じゃないでしょうね」

 「この状況でそんな嘘つくか!」

 たしかに日頃は馬鹿やっている浩平だが任務中、ましてこういう状況では真剣に仕事をしている。

 となればそこにレイバーらしき物体があるというなら間違え無くあるのであろう。

 「見つからないんだけどどこよ?」

 「…10時の方角だ」

 「10時の方角ね」

 AIRをその方向へと向ける七瀬。

 そして十歩あまり前進したところでその正体に気がついた。

 「あれってAIRじゃないの!?」

 「何だと!?」

 あわてて駆け寄る&走り寄る二人。

 そこには無惨な姿をさらすAIR3号機の姿があった。






  「酷い……」

 AIR3号機の無惨な姿を見て七瀬は思わずつぶやいた。

 頭部は吹っ飛び、胴体にも大穴が開き、そしてその他に無数の傷を負っていたのだ。

 そして指揮車を降り、無惨な姿をさらす3号機に近寄り状況を確認しちゃ浩平は思わず呟いた。

 「…撃たれたな、これは……」

 FRP装甲には火薬のものと思われる煤と焦げ付きが見られたからだ。

 「ちょっと撃たれたってどういうことよ!?」

 七瀬が浩平のつぶやきを聞き止めたのか叫んでくる。

 だが浩平は七瀬を無視するとそのまま3号機に乗っかるとコクピット内をのぞき込み、そしてほっと胸を

 なで下ろした。

 「どうやら柚木のやつは脱出したみたいだな」

 「本当!?」

 「ああ。コクピット内は目茶苦茶だが血痕も肉片もない。脱出した後に撃たれたんだろう」

 「なら安心ね」

 そんな七瀬の言葉に浩平は首を横に振った。

 「安心するのはまだ早いぞ」

 「なんでよ? 柚木さんは無事なんでしょう?」

 「まあそっちは茜が回収しているだろうから無事だろう。が、差し当たっての問題は俺たちだな」

 「どういうことよ?」

 「…3号機の銃が見あたらない。おそらく奪われたぞ」

 「嘘……」

 「嘘じゃない。しかも使用された弾丸はさっきの銃声とおぼしき音からして4発。

 犯人はまだ二発の残弾がある銃を所持したままだぞ。油断するなよ」

 「油断するな、ってこの状況じゃ油断し無くったって犯人がどこにいるかなんてわからないわよ!!」

 「がんばれ」

 「がんばってどうにかなる物なの!?」




  二人がちょっとした掛け合いをしているその様子をじっと見つめる視線があった。





  「みちる、聞こえます?」

 グリフォンの勇姿がよく見えるビルの一室から佐祐理さんは声をかけた。

 『聞こえてるよ、佐祐理〜。もう一機きたけど撃っちゃって良い?』

 だが佐祐理さんは首を縦に振らなかった。

 「あはは〜、一年前の時と違って今回はAVオペレーションシステムが目的ではないんですよ。

 グリフォンの動きをお客様に見てもらうんですから飛び道具はダメですよ〜♪」

 『せっかくシューティングも楽しめると思ったのに〜』

 みちるは不満を漏らすが佐祐理さんは決して首を縦には頷かなかった。

 「シューティングはゲーム機で遊んでください。グリフォンでは格闘だけですよ♪」

 『うにゅ〜』

 いまいち不満そうなみちるの声に、佐祐理さんはもう一声与えようとする。

 とそこへ接客中であった舞が駆け寄ってきた。

 「佐祐理!」

 「あはは〜、舞どうしました?」

 「さっきまで動いていなかったAIR一機がこっちに向かってきている!!」

 「やっぱり故障ではなかったんですね♪ それでこそやり甲斐があるというものです♪」

 佐祐理さんは嬉しそうに笑うとみちるに指示を出した。

 「みちる、AIRがもう一機接近中です。

 二機同時に相手にすると面倒ですからさっさと目の前のAIRをやっちゃってください♪」

 『うにゅ〜、わかったよ〜』

 佐祐理さんに逆らうと後が怖い。





 「こんなのもういらないわよ」

 シューティングをあきらめたみちるはグリフォンの手にある37mmリボルバーカノンを海面めがけて放り込んだ。






  ボチャン!!





  「い、今のは何の音よ!?」

 突然、響いた音に七瀬は叫ぶ。

 だが指揮者である浩平にだってわかるはずがなかった。

 「知るか!! 気になるんなら自分で調べろ!!」

 「全く役に立たないわね」

 「悪かったな!」

 とはいえ言い合ったところで解決するはずもなかった。

 七瀬は十分に警戒しつつ音がした方向……川岸に視線をやる。

 するとそこには巨大な波紋が広がっていくだけであった。

 「何なの?」

 「知るか」



 ギョイーイン!!



 とそのとき二人の背後にレイバーとおぼしき駆動音が鳴り響いた。

 「背後だ!!」

 「わかっているわよ!!」

 あわてて振り向く二人。

 そしてそこで二人は信じられない物を目のあたりにした。

 「く、黒いレイバー……!?」

 「そ、そんな馬鹿な……、なんでこんなところに……」

 だがそこにいたのは間違えなく一年前にKanonと死闘を繰り広げた黒いレイバー……グリフォンの姿だった。 





  「ちょっと折原!! 黒いレイバーって東京湾に沈んだんじゃなかった!?」

 「俺が知るか!! ……そういえば夏の怪獣騒ぎの時に姿を見せたって話は聞いていたが本当だったのか?」

 目撃したのが水瀬名雪巡査であり、かつそれが夜間と言うこともあって特車二課の人間の大半は大方、名雪が

 寝ぼけていたのであろうと思っていたのだ。

 「…3号機はこいつにやられた訳?」

 七瀬の言葉に浩平は頷いた。

 「偶然にしちゃ出来過ぎだ。こいつが犯人だと思った方が妥当だろうよ」

 「それじゃあ3号機の分までお礼しなくちゃいけないわね……」

 七瀬は上等な獲物を目の前にし、舌なめずりする肉食獣のようににんやりした。

 「敵としては不足ないわ。覚悟しなさい!!」

 そう叫ぶと七瀬はスタンスティックを片手にし、グリフォンに襲いかかった。





  「チェストー!!」

 すさまじい剣圧とスピードでスタンスティックをグリフォンに振り下ろそうと飛びかかる。

 だが

 「どこに消えた!?」

 突如、その姿を見失ってしまう七瀬。

 すると指揮者である浩平が叫んだ。

 「七瀬、下だ!!」

 「下!?」

 あわてて姿勢を立て直そうとする。

 だが勢いよく飛びかかったため、すぐには体勢を立て直すことは出来ない。

 そしてみちるはその隙を見逃したりはしなかった。



  「動きが甘いのよ〜!!」

 しゃがみ込んで七瀬の攻撃をかわしたみちるは、十分にため込んだバネのように素早く飛び上がると

 右手で一気にAIR2号機の頭部をわしづかみにした。

 そして手をひねりながら一気に引きずり倒す。



  バァーン!!



  本来ならあり得ない動きにAIR2号機の頭部はもぎとれた。

 そして重力に逆らうすべのないAIR2号機は大地と激しく接触、十数メートルにわたってアスファルト・

 コンクリートと激しく接触した。

 



  「七瀬、無事か!?」

 浩平の言葉に七瀬はすさまじい衝撃に閉口しながらも頷いた。

 「何とか大丈夫……」

 「次、来るぞ!!」

 「くっ!!」

 倒れたAIR2号機に追い打ちをかけてくるかのように襲いかかってくる黒いレイバー。

 あわててその攻撃をかわそうとその場で転がり何とか一撃目はかわした。

 だが倒れたAIRと、立っている黒いレイバーではとっさに出来る動きに大きな違いがあった。

 すぐに繰り出される二撃目、これは何とか不安定な姿勢ながらシールドで受け止める。

 だが三撃目はもはや食い止めることが出来なかった。

 十分にスピードの乗った黒いレイバーの一撃……これはAIR2号機を物の見事に吹っ飛ばした。





  「む〜っ、大したこと無いじゃないの〜」

 みちるはコクピットの仲で不満そうに呟いた。

 「Kanonの後継機っていうから期待したのにパイロットがイマイチだよ。

 せっかくの機体のスピードを生かせてないんだったら宝の持ち腐れ〜」

 七瀬が聞いたら激怒ものだったであろう。

 だがそれは間違えない現実でもあった。

 それほど二機の間にはれっきとした差があったのである。






  「七瀬、発砲を許可する!!」

 浩平の言葉に、七瀬は歯ぎしりしつつ、しかし頷かざるを得なかった。

 特車二課で一番の格闘能力を持つ七瀬。

 それゆえに自分の力で黒いレイバーを組み伏せることができないことに悔しさを覚えていたのである。

 だが目の前にいる黒いレイバーはそれが通用しない相手だと肌で感じることも出来た。

 それゆえに七瀬は浩平の指示に従った。

 「動くな!! 動くと発砲するぞ!!」

 AIRの左脇から37mmリボルバーカノンを取り出し、黒いレイバーに照準を合わせる七瀬。

 だがみちるはそんな銃口を全く気にもとめずに、グリフォンの性能を100%引き出しきった素早い動きで

 二号機に迫る!!

 「くっ!!」

 七瀬はトリガーを引き絞った。



  ドキューン!!  ドキューン!!



  銃声が夜空に鳴り響く。

 だが弾丸は黒いレイバーを貫くことは出来なかった。

 まるで人間のように、否人間以上の素早い動きで銃撃をかわすと黒いレイバーはあっという間にAIR2号機が

 手にした37mmリボルバーカノンを取り押さえた。

 「は、離しなさい!!」

 3号機に続いて銃を奪われては大変と必死に抵抗する七瀬。

 だがそれは無意味な抵抗であった。

 みちるの目的は銃ではなかったのだから。




  「銃に気をとられる過ぎなのよ〜!!」

 みちるの駆るグリフォンはAIR2号機の右手をつかむとそのまま柔道の袖つり込み腰のようにぶん投げた。

 ダァーン

 AIR2号機は激しく大地と接触する。




  「まだまだよ!!」

 反撃しようとする七瀬。

 だがその反撃が行われることはなかった。


 バァキーン!


  黒いレイバーはそのままAIR2号機の右腕をへし折ったのだ。

 夥しい部品が周囲に飛び散り、そしてその手からこぼれ落ちたリボルバーカノンは大地に突き刺さった。

 「ぐっ!!」

 ドガァーン!!

 もぎ取られた右腕を棍棒のように叩きつける黒いレイバーの攻撃にAIR2号機はなすすべもなく崩れ落ちた。




  「それじゃあトドメ刺さおっと」

 鋭い指先をワキュワキュしながら崩れ落ちたAIR2号機に迫るみちる。




  
  
 「もはやこれまでなの?」

 武器もなく、そしてまだ無傷な黒いレバーの姿に絶望する七瀬。

 だが絶望するにはまだ早かった。





  「それ以上はやらせないよ!!」

 そこには間一髪のところで間に合った川名みさき巡査部長の乗るAIR1号機の姿があった。

















あとがき
本来は188〜190話で一話の予定だったんですがね。

時間の関係で三つに切り離すことに。

それにしてもレイバー同士の戦闘シーンは文章で表すと難しいです。


2004.03.28

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