機動警察Kanon 第185話












  「ふわぁ〜、眠いよ……」

  トイレに行って、歯を磨いて、顔を洗って。

 それでも眠気がとれず糸目な状態で特車二課第二小隊の水瀬名雪巡査はあくびをかみ殺しながらオフィスへと

 テトテト歩いていた。

 寝坊したいが当直勤務中……いつ出動がかかるかはわからないのだ。

 「今日までなんだからふぁいとだょ……」

 その下……ハンガー内では整備員たちが朝早くから忙しそうに駆けめぐっている。

 しかしそんなことは全く気にせずにマイペースな名雪。と名雪は不意に足を止めた。

 行く先に第一小隊の小坂由起子警部補が整備中のAIRをじっと見ていたからだ。

 「おはようごじゃいます……」

 舌っ足らずに朝の挨拶をする名雪。

 すると由起子さんは苦笑いしながらうなずいた。

 「おはよう。よく眠れた、って聞くまでもないわね」

 自己完結する由起子さんだがこれはまあ無理もあるまい。

 名雪が眠れないなど、天から槍が降ってくるぐらいあり得ないことだからだ。

 そんな由起子さんの心の内など気にせずに名雪は尋ねた。

 「AIRになにかあったんですか?」

 「べ、別に……。ただAIRがうちの小隊に配備されてよかったな、と思っていただけよ」

 「AIRが来てから第一小隊、大活躍ですからね。おかげで暇ができてけろぴーが磨けてうれしいです」

 「それはよかったわね」

 由起子さんはそう言うと時計にちらっと目をやった。

 「あら、もうこんな時間なのね。それじゃあ当直、今日までなんだからがんばってね」

 そして隊長室へと歩いていく由起子さん。

 その背中を見て名雪はつぶやいた。

 「なんか様子が変……」

 「そうだな」

 「わっ、ビックリしたよ〜」

 背後から声をかけてきたのは相棒の相沢祐一巡査だったのだ。

 「祐一、おはよ〜。ところで今わたしの言葉にうなずいていたけど……」

 「ああ、俺も由起子さんの態度が気にかかってな」

 「だよね。AIRの大活躍で喜んでいるのとも違うみたいだし」

 「なんだろうな?」

 「知らなかったのか?」

 「おうっ!!」

 「わっ、またまたビックリ〜」

 今度は北川だった。

 




  「第一小隊、異動の話があるらしいぞ」

 北川の言葉に名雪・祐一は首をかしげた。

 「だってAIR導入してからまだ三ヶ月もたっていないぞ。それなのにもうか?」

 「早すぎるよね〜」

 しかし北川は二人の言葉に首を横に振った。

 「違う違う。機種変換じゃなくて人事異動の方だよ」

 「人事異動って……誰か転勤するの?」

 名雪の言葉に北川はうなずいた。

 「噂じゃ一号機の深山雪見巡査部長・川名みさき巡査部長・上月澪巡査の三名がだとさ」

 「そんなに!? どこに!?」

 「大阪府警だそうだ」

 「何で!? 警視庁の人間が何で大阪府警に転勤するの!?」

 警視庁採用が何で大阪府警に……だがちゃんと理由があった。

 「大阪府警の方でもレイバー隊を作るらしい。

 しかしレイバー隊運用のノウハウはそう簡単に蓄積できるものじゃないわな」

 「なるほど、お偉いさんはそこに目をつけた訳か」

 祐一の言葉に北川はうなずいた。

 「そういうことだな。まあお偉いさん方にしてみれば政治力アップの絶好の機会という訳だ」

 「え〜っと、よくわからないんだけど……」

 難しい話で理解できない名雪は首をかしげて考え込む。

 そこで祐一が説明した。

 「レイバー運用のノウハウを教えてほしかったら手先になれ、とまあこんな感じだな」

 「わかったよ〜。でもそれがどうして大阪府警に転勤なの?」

 「それは俺にもわからないが……北川?」

 「はいはい。まあ噂によると特車二課まるごと警視庁から警察庁に移すということなんだ」

 「警察庁に!?」

 「まあそれなら大阪府警に転勤というか出向してもおかしくないわな」

 「どうして警察庁になるの?」

 そこで再び祐一が名雪に補足説明する。

 「レイバー運用するのにどれだけ金がかかるかは名雪だってわかるだろ?」

 「当たり前だよ。課長いつも『予算が足りない〜!!』って青い顔しているし」

 「俺の予想じゃSATみたいに主要な警察のみに配備、周辺地域を担当するという形になるんだろうな。

 これなら複数の警察で予算を分担するからさほど負担にならない。

 ここまでいえば名雪にだってわかるだろ」

 「言い方は引っかかるけど…確かにそうするなら警視庁より警察庁が上に立った方が良いよね」

 うなずく名雪に北川が付け足した。

 「他にも理由があってな、第一小隊、昔のまま三機編成だろ」

 「そうだね」

 うなずいてばかりの名雪だ。

 「それを第二小隊の二機編成+予備機と同じにしようって話があるんだ。

 ONEの時はいざ知らずAIRの性能で三機がかりなんて大袈裟すぎる、コストに見合わないってな」

 「それはそうだな」

 「だね」

 「まあそんなわけでいくつも理由はあるが……実験部隊な特車二課だ。

 必要とあらば組織の編成は変わる。第二小隊も同じだぜ」

 「わたし、ずっとみんなと一緒に楽しくやっていくとばかり思ったけど違うんだね……」

 「まあ時の流れは誰にも止められはしないからな」

 ちょっと暗くなる三人であった。








  そしてその日の夕方。

 「それでは当直勤務を第一小隊にお引き渡しします」

 「第一小隊確かに引き継ぎました」

 恒例の引き渡しを終えた秋子さんは素早く着替えると隊長室を後にしようとする。

 「あら、妙にご機嫌ですね。デートですか?」

 「はい、若い子と♪」

 






  「秋子さんとデートとは光栄です」

 年の瀬も押し迫り、町中クリスマス一色になった一角にある喫茶店。

 そこで秋子さんから出かける前の話を聞いた国崎往人広域犯罪捜査官はぺこっとお辞儀した。

 「男の子と喫茶店で二人きりならデートかなと思いまして。それとも観鈴ちゃんにわるかったですかね?」

 「何でそこにあいつの名前が出てくるんです? それより捜査報告ですが」

 「何かわかりました?」

 身を乗り出して聞く秋子さんに往人は珍しく困った表情を浮かべた。

 「それは倉田佐祐理のこと? それともリリー=田のことですか?」

 「黒いレイバーのことですよ」

 「それではまとめて言っちゃいましょう」

 だが往人は困ったように頬をポポリかいた。

 「とはいうもののの……」

 「どうしました?」

 「いや、この一年ずいぶん歩き回ったんですが……」

 「想像していた以上にわかったことが少ない?」

 「ええ」

 秋子さんの言葉に往人はうなずいた。

 「とりあえず判明したことだけお話しします」

 そして往人は捜査資料を見ながら秋子さんに捜査状況を話し始めた。






  「……以上のようなわけで、どれ一つとっても決め手に欠ける状態でして」

 「そうですか……」

 往人の語る捜査状況はどれも決め手に欠けるものであった。

 確かに捜査は難航しているようだ。しかし往人は一つの確信を得ていた。

 「しかし一つ収穫がある。

 それは黒いレイバーの影を追っていくと、どういう経路であってもいずれ巨大なダムにぶつかっちまう。

 そしてそのダムの上では倉田って女狐がひらひら踊っているんだ」

 「巨大なダム……ですか?」

 「シャフトエンタープライズだよ」

「それは頑丈そうなダムですね」

 爪楊枝からスペースシャトルまで。世界的規模な巨大企業の名前に秋子さんは笑った。

 「秋子さん、そういうわけでやはり倉田は臭いますよ。

 もっともこんな先入観を持って捜査に当たるのはいかんのかもしれませんけどね」

 「良いんじゃないですか。それより倉田さんは現在は海外勤務でしたよね。

 警察お得意の任意同行の事情聴取って訳にはいきませんか」

 「ICPOに手配してもらって事情聴取、というところまで容疑煮詰まっていませんから無理ですな。

 「難しですね」

 二人して考え込んでしまう。

 やがて往人が何か決意したように真剣な表情で口を開いた。

 「俺はね、秋子さん。なんとかしてこのダムに穴の一つも開けてやりたいんだ。

 向こう側がどうなっているのか、ここまで来たら見ずにはいられないからな」

 そんな往人の言葉に秋子さんは昔を思い出しながらたしなめた。

 「慎重に行きましょうよ。突っ走ることは簡単です、でもよく見極めないと危ないですからね」

 「それはまあそうですが……」

 「警察官は保身が大事、無茶だけはしないでくださいね」

 「秋子さんにそう言われるとはね」

 何かと本業以外の仕事を頼まれる往人としては苦笑するしかないのであった。












  そして同じ頃。

 東京湾上はさんぐりあ号船上ではシャフトエンタープライズ企画七課課長代理の川澄舞があわただしく

 タラップを駆け上がっていた。

 「川澄さん!!」

 「佐祐理はいったいいつ帰ってきたの?」

 舞の質問に部下は困ったような表情を浮かべた。

 「つい先ほどです。成田から直接こちらに来たとかで」

 「まったく佐祐理は人騒がせが好きなんだから……」

 人騒がせな上司を持つと部下は苦労する。

 舞がぼやくと部下は続けた。

 「今回は一時帰国ではないそうです」

 「一時帰国じゃない!?」

 「そう言っていましたが……」

「わかった」

 舞はもう部下には関心がなかった。

 親友であり上司でもある佐祐理がすぐそこにいるのだ。

 浮かれる気持ちを隠し、佐祐理さんが待つ船室のドアを開け放った。

 「佐祐理、お帰り」

 するとそこにはいつものように満面の笑みを浮かべる佐祐理さんとみちる、その主治医の遠野美凪が

 お茶していた。

 「あははは〜、舞元気そうですね〜♪」

 「お久しぶり、舞〜♪」

 「…こんにちわ」

 「佐祐理、前もって帰国の話をしてくれれば迎えに行ったのに……」

 舞が抗議すると佐祐理さんはティーカップをテーブルの上に置き、舞の口に指を当てた。

「舞には佐祐理の分もお仕事がんばってもらわないといけませんからね」

 「佐祐理、それって……」

 言いかける舞。だが最後まで言う前に佐祐理が高らかと宣言した。

 「はい、G2計画発動です。いっちょぶわ〜っと楽しくやりましょうね〜♪」







  かくして再び戦いの幕が開いた。






あとがき
いよいよ最終編というか完結に向かって進めておきます。

どれくらいで終わるかな? 今年度いっぱいはきついか、どうだろう?



それはそうとレイバー隊を警察庁云々は私が勝手に想像しただけです。

原作にはありませんので勘違いしないでくださいまし〜。



P.S.
往人の口調がすごい変だが、往人、目上の人には敬語使うからな。

観鈴と組ませたときが一番自然に書けるよ。


2004.01.31

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