機動警察Kanon 第184話












  「よっこいしょ」

 栞は工作室の机の上にドカンとポリタンクと小瓶をいくつか置くと笑った。

 「これがですね、私の考えたタネです」

 「何だ?」

 「うぐぅ、何これ?」

 北川とあゆが尋ねたが栞はそれに対して答えずに続ける。

 「私が病気で余命幾ばくかもないときに知り合った製薬会社さんが扱っている商品なんです。

 普通に市販されていないんですけど、頼み込んで少し分けてもらったんですよ」

 「だから何なの?」

 「…あゆさん、ノリが悪いですね〜」

 ちょっぴり不満げな栞。だがあゆはあゆで不満なのだ。

 「仕方がないでしょ。栞ちゃんが何をしたいのかさっぱりわからないんだよ」

 「わかりました、それでは簡単に説明しますね」

 そう言うと栞はポリタンクと小瓶のふたを開けた。

 「うぐっ、何この臭い!?」

 「シンナーか?」

 「化学薬品ですから臭いかもしれませんね〜」

 そう言う栞は涼しい顔のままポリタンクの中身をビーカーに取り分けた。

 「このままだとただの臭い科学薬品にすぎませんがこれを混ぜると……」

 今度は小瓶の中身をビーカーに混ぜる。

 「ど、どうなるの?」

 「それは見てのお楽しみです〜♪」

 栞はビーカーの中身をガラス棒でかき混ぜる。

 するとビーカーの中身に変化が起こってきた。

 「あっ、なんか固くなってきた?」

 「はい、そうです。……でもちょっと固さが足りないですね」

 さらに小瓶の中身をビーカーに混ぜる栞。

 するとビーカーの中身の物質は急激にカチンカチンに固まった。

 「うぐぅ、固まった!?な、何で!?」

 「これ強力な接着剤の一種なんですよ」

 「接着剤!? これが?」

 「はい。この溶剤が揮発すると非常に強固な粘着性を発揮するわけでして原理的には接着剤そのものです。

 で私が意図したのはこれを相手レイバーの間接部などに撃ち込めばアクチェエーターなどに急激なブレーキを

 かけることが出来るわけです」

 「それってトリモチみたいな物?」

 「まあそういうことですね。

 これを使えば真琴さんも危険な金属弾をばらまくことなく発砲できるようになるわけです」

 「なるほど、考えたな」

 感心する北川に

 「すごいよ、栞ちゃん!!」

 栞に手を取って感動に打ち震えるあゆ。

 「これさえあれば天野さんもボクも苦労が大幅に減るよ!!」

 「でもこれまだ未完成ですよ」

 「未完成!? だってこれ固まっているのに……」

 「これだと揮発時間が短すぎて全然流れないですからね。まだまだ使えませんよ」

 「そうなんだ……」

 完全には栞の言っていることを理解していないあゆではあったが未完成なのはとりあえず理解した。

 「それじゃあ栞ちゃん、がんばってね」

 「何を言っているんですか、あゆさん。逃げるなんてずるいですよ」

 「で、でもボクこういうのは苦手だよ」

 「苦手だからといって逃げていたらいつまでたっても苦手なままです。それに楽しいですよ〜実験は」

 「確かにおもしろいな」

 理系な北川も栞の言葉に頷く。

 「それじゃああゆさんに実験のおもしろをたっぷり教えてあげますね」

 「べ、別にいいよ……」

 だが栞はあゆの言葉を無視した。

 「それじゃあいっちょ行きましょう〜」

 「うぐぅ〜!!」







  「これだと揮発時間長すぎですね。固まるまでに時間がかかりすぎます」

 ビーカーを片手に栞は肩をすくめた。

 「早く固まりすぎてはダメですが遅すぎてもダメ。やっぱり難しいですね」

 「それじゃあもう少しこっちの溶剤を入れてみるか」

 北川は小瓶の溶剤をビーカーに注ぎ込む。

 するとあゆは鼻を押さえて、情けない表情を浮かべた。

 「うぐぅ、やっぱり臭いよ〜。二人ともよく大丈夫だね」

 「もちろんオレだって臭いぞ」

 北川はそう答えたが栞は首を横に振った。

 「私はあまり気にならないですね。薬には慣れていますから」

 「その言い方はあまり良くないよ……」

 まるで麻薬や覚醒剤をやっているようだ。

 栞の言葉にあゆがそう言うと栞は苦笑した。

 「それもそうですね。…あゆさん、良かったら外の空気吸ってきたらどうです?」

 「そうするよ」

 締め切った工作室の中は薬品の臭いが充満している。

 頭が痛くなっていたあゆは栞の提案に頷く。

 すると北川も立ち上がった。

 「すまないがオレも外の空気を吸ってくる」

 「はい、どうぞ」





  そして化学薬品の臭いが充満した工作室を出る二人は、外に出るなり大きく深呼吸した。

 「はぁ〜、空気がおいしいよ」

 「だなぁ〜」

 「栞ちゃん、よく大丈夫だね〜」

 「たいした物だよな〜」

 10数分、外で休憩した二人は再び工作室に戻る。

 するとそこではとんでもないことが起こっていた。





  「うふふ……」

 栞は化学薬品を混ぜながら笑っていた。

 「笑っていると言うことは完成したのかな?」

 そう思ったあゆは栞の顔をのぞき込む、と目をひんむいて驚いた。

 「し、栞ちゃん!?」

 「どうしたんだ!?」

 あゆの叫び声にあわてて北川も駆け寄る。

 そして栞の異変に気が付いた。

 「どうしたんだ、栞ちゃん!?」

 北川のその声が引き金になったか? とにかく栞は突然異様な笑い後をあげた。

 「うひゃひゃうひゃひゃ!!」

 「ラリったか!?」

 「アハハハハ……えう〜っ……どひゃひゃひゃひゃ!!」

 もはや完全に気違い状態だ。



  ガチャーン!!

  ドギャアーン!!

  ビチャアーン!!




 さらに手元にあったビーカーやら薬品をひっくり返し暴れ始める。

 「うぐぅ、栞ちゃんが狂った!!」

 「窓だ!! 窓を全部開けるんだ!!」

 「ウヒョヒョヒョヒョ!!」




  そして一晩が経った……。









  「おはようございます、班長」

 「おはよう」

 出勤してきた整備班長美坂香里は部下と挨拶しながらハンガー内へ入る。

 と、鼻につく臭いに足を止めると、部下に尋ねた。

 「何なのよ、この臭いは?」

 「いやそれが工作室の方で何かやっていたらしく……」

 「工作室? 何をやっていたのよ?」

 「いや、ちょっとわからないんですが……」

 困った表情を浮かべる整備員。そこで香里は手を振りながら言った。

 「いいわ、あたしが直接確かめてくるから」

 そして香里は工作室へ向かって歩き始めたのだが近づくに連れて臭いはどんどん酷くなっていく。

 「いったい何をやらかしたのよ?」

 部下の不祥事の予感と臭いのダブルアタックに頭を痛める香里だったが、すぐに工作室の前にたどり着いた。

 「いやな予感がプンプン漂っているわね……」

 とはいえ確かめないわけにはいかない。

 大きく深呼吸すると香里は工作室のドアを開け放つと中に入った。

 「いったい何をやっているのよ!?」

 すると中ではよく知った人物が香里を出迎えた。



  「あっ、お姉ちゃん」

 「げっ、班長!!」

 「香里さん、おはよう〜」

 そこでは妹である美坂栞、部下である北川潤、そして月宮あゆの三人が掃除しているところだったのである。

 「……いったいあなた達はなにをしているのよ……?」

 香里の質問に栞は笑顔で答えた。

 「掃除に決まっていますよ。そう見えません?」

 「…だから何でここで掃除しているのよ、って聞いているの!!」

 「えう〜っ、怒らないでくださいよ……」

 香里の剣幕に押される栞。だが香里の追求はとどまることを知らなかった。

 「ハンガー内に充満するあの悪臭は何のなのよ!? 

 それに栞、第二小隊のあなたが何で整備班の工作室にいるわけ?」

 「それはですね……」

 ちょっと困った表情を浮かべる栞……だが誤魔化しきれないと観念したのか素直に口を割った。

 「実は新兵器の開発をちょこっと失敗しちゃって……」

 「新兵器!? 失敗!?」

 「徹夜で調合してたんですけど溶剤吸って、ラリっちゃって、溶剤を床にぶちまけちゃったんですよ。

 こんなにやばい物だとは思っていなかったものですからね……とりあえず危険なので後始末してたんです」

 栞の説明を聞いた香里は大きなため息をつき、そして北川をぎろっとにらみつけた。

 「北川くん、あなたが付いていながらなんでこんな馬鹿な真似やらせたの!?」

 「馬鹿なことって酷いです……」

 栞は不満そうだが北川はそれどころではなかった。

 「い、いやそれはその栞ちゃんに頼まれてだな……」

 「へえ〜、そう。北川くんは栞に頼まれたら何でもするんだ」

 「うっ……」

 栞に「好感度アップですよ〜」なんてそそのかされたとは言えない北川は黙りこくるしかない。

 「まったく最近少しはマシになってきたと思っていたのに……がっかりね」

 「うっうう……」

 もはや泣き出したい北川、だが香里は完全に北川に興味を無くしていた。

 「それで栞、失敗に終わったそうだけどもう気は済んだのかしら?」

 妹の性格を熟知している香里はそう尋ねた。

 すると栞は首を横に振った。

 「いいえ、まだです。まだ終わりません」

 そう言って栞は一発の37mmリボルバーカノンの弾丸を取り出した。

 「これの実験を済ませるまでは諦めません」

 「はいはい、それじゃあそれの実験が終わったらお終いにするのよ」

 はなっから栞のやることを信用していない香里はかなり適当に言う。

 そんな香里の言葉にむっとした栞は思わず叫んだ。

 「酷いです、お姉ちゃん!! やる前から失敗と決めつけないでください!!」

 「はいはい、じゃあそれはどんなものなのよ?」

 かなり義理的に栞に尋ねる香里。すると栞は胸を張って説明を始めた。

 


 「失敗したのは間接に撃ち込む物でしたが、これはコクピット目がけて撃ち込む物なんです」

 栞の言葉に香里は眉をしかめた。

 「コクピットに? 危ないわね……」

 「大丈夫です。これの中身は人体には一切無害な非致死性制圧兵器なんですからね」

 自信満々な栞の表情から嘘は付いていないのであろう。

 しかし失敗品の例もあるように、意図しない効果を発揮してしまうこともある。

 そこで香里は栞に弾頭に詰められている中身を問いただした。

 「これには何が入っているのよ?」

 すると栞は一瞬躊躇し、だがすぐに答えた。

 「それがですね、秋子さんからいただいたアレを入れているんですけど」

 「アレ? アレ……ってまさか……」

 背筋に寒気が走りつつも栞を問いだたす香里。

 すると栞はこくんと頷いた。

 「はい、オレンジ色のジャムを入れてみました。

 発射された弾は炸裂、コクピット内に進入し、パイロットの体内に侵入、パイロットを悶絶させるとこういう

 感じで威力を発揮するかなと。人体には無害ですし」

 だが何度と無くオレンジ色のジャムの威力を味わった香里は栞の意見を受け入れられるはずがなかった。

 「じょ、冗談じゃないわ!! オレンジ色のジャムが人体に無害ですって!? 

 月宮さん、あなたこのこと知っていたの!?」

 「うぐぅ、ボク知らないよ!!」

 即座に否定するあゆだがまあ無理もあるまい。

 もともとあゆは乗り気ではなかったのだ。しかもオレンジ色のジャム……知っていたら絶対に止めるだろう。

 「いったいあなたはどうやってこんな劇物を手に入れたのよ!?」

 「秋子さんに頼み込んで分けてもらったんです。人道的なのに破壊力は抜群ですから」

「まだサリンとかG3とかブタンとかの方が人道的よ!! 

 こんな危険なもの、使えるわけ無いわ、却下よ、却下!!」

 「香里ちゃん……」

 「ひぃ!!」

 突然背後からかけられた声に香里は思わず飛び上がり、あわてて振りかえる。

 するとそこにはににこと微笑む、しかし目は笑ってない秋子さんが立っていたのだ。

 「香里ちゃん、今何言いました?」

 「あわわわわ……」

 パニック状態で返事も出来ない香里……そんな香里を問いつめるのもなんだと思ったか秋子さん、今度は栞に

 矛先を変えた。

 「栞ちゃん、お母さんに食べ物を粗末にしちゃ行けませんって躾られませんでした?」

 「えう〜っ、されました……」

 恐怖にガクガクブルブルな栞はそれでも何とか返事を返す。

 「それでは『是非譲っていってください』と言ったジャムをそんなことに使おうとするんです?」

 「そ、それはその……ですね……」

 「威力抜群ですので…」なんて答えられるはずがない。

 「あらあら答えられないんですね」

 秋子さんは頷くとぽんと手をたたいた。

 「とりあえずお二人にはじっくり話を聞かせてもらいますね」

 そう言って秋子さんは栞と香里の手を取るとずるずると引きずり始めた。

 「ちょ、ちょっと秋子さん!?」

 「し、仕事があるんです〜!!」

 必死になって抵抗するが本気になった秋子さんに抵抗出来るはずがなかった。

 「課長にはちゃんと後で説明しておきますから大丈夫ですよ」

 「そ、そんな〜!!」

 「えう〜っ、ごめんなさい〜!!」

 まるでドナドナの子牛のように二人は連れられていくのであった。







 「し、栞の馬鹿〜!!」









あとがき
始めの構想ではオレンジ色のジャムはレイバーのFRP装甲をも溶かし、コクピットに進入。

パイロットを瞬時に悶絶させるというすさまじい威力のはずでしたが、さすがにこれでは強力すぎるだろうと

威力を落としてみました。

これでも十分強すぎですけどね……いったいいつからこんなに邪夢はすさまじい物になったのやら?


2004.01.28

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