機動警察Kanon 第183話















  『二号指揮車へ、目標が予定のコースに入った』

 「了解、二号機用意!!」

 天野美汐巡査部長は予定通りに接近する目標レイバーの情報を元に沢渡真琴巡査に的確な指示を出す。

 だがその指示が気に入らないのか真琴は意見進言をしてきた。

 『美汐、発砲許可をちょうだい!!』

 「…速やかに迎え撃つ準備をしなさい、真琴」

 心の中でため息をつきつつ、しかし顔には出さずに美汐は即座に却下した。

 しかし真琴は諦めたりはしなかった。

 『美汐、発砲許可ちょうだいよ〜!!』

 「却下です」

 『発砲許可〜!!』

 「ダメです!!」

 『発砲許可〜!!』

 「何度言ってもダメなものはダメです!!」

 そんなやりとりをしている間にも目標レイバーはぐんぐん近づく。






  『名雪、移動だ!! 真琴機の一本向こう側につけるぞ!!』

 『了解だよ〜。…今日の夜食、何にしようか?

 『私語は慎め!! …冷蔵庫にコロッケが残っていたぞ

 『目標は足回りを改造している模様。動きが速いので注意されたし』

 『栞はキャリアで道をふさげ!! 死んでも持ち場を離れるんじゃないぞ!!』

 『えう〜っ、そんなこと言う人、嫌いです』

 『警視138号より本庁……』

 『あのコロッケ、いつ買ったのだっけ?

 『三日ぐらい前かな……来るぞ!!』

 『目標、C地点通過しました!!』







 『美汐〜!! 発砲許可〜!!』

 まだ発砲許可を求めてくる真琴。

 だがもうそんなやりとりをしているような状況ではなかった。

 「真琴、来ます!!」

 交差点の向こう側から作業用レイバー『ブルドック』が姿を現したのだ。

 さすがに改造機だけ足が速い。あっという間に二号機に迫る。

 『美汐、発砲許可〜!!』

 「絶対にダメです!!」

 さすがの真琴もこれ以上は発砲許可を求めたりしなかった。

 というか今更発砲許可が出たところで近すぎる。発砲したところで命中させられる状態ではないのだ。

 だから真琴は

 『死にさらせ〜!!』

 Kanonのマニピュレーターがぶっ壊れるのも気にせずに全力でブルドックをぶん殴ったのであった。











  「まったくいつになったら力加減がわかるのよ!!」

 ぶっ壊れたKanonの部品取り寄せ書にサインしながら、整備班長美坂香里はぼやいた。

 「Kanonの手足の使い方、ちゃんと教えているんでしょ」

 「はい、すいません……」

 真琴の不始末は美汐の責任。うなだれる美汐に香里は続ける。

 「出動するたびに修理代がかかった堪らないわよ、警察だって予算の枠内で動いているんだから。

 税金支払ってる国民の皆様に申し訳ないでしょ」

 「はい、ごもっともです…」

 「もう二年近く使っているのにこの使い方じゃ困るのよ」

 「はい……」

 胃がキリキリ痛む美汐。しかし耐えることしか出来ることはないのだ。

 「はい、これ。秋子さんと課長のサインもらってきてね」

 「お手数をかけます……」

 重い重い足取りで隊長室・課長室に向かう美汐。

 その背中を見て

 「天野さんは大変よね〜」

 何かと不祥事を起こす部下を持つのは美汐だけではない。

 同じ立場として同情の感の絶えない香里であった。








  

  「人間だって殴った方が骨折するみたいに、力いっぱい殴ればKanonで一番華奢なマニピュレーターが

 壊れることだってあるわよ〜!!」

 「うぐぅ〜。その力いっぱいというのが問題なんだよ〜」

 あゆは真琴に反論する。

 しかし美汐ならいざ知らずあゆの言葉に真琴が素直に頷くはずがなかった。

 「犯罪者相手に手加減しろと言うの、あゆあゆは!!」

 「手加減じゃなくて機体を壊さないように……」

 「同じことよ!!」

 あゆの言葉を遮り真琴は叫んだ。

 「犯罪者どもを圧倒的な力でたたき伏せる!! これが犯罪者どもをふるわせる決め手なのよ!!

 それを見せつけるにはリボルバーカノン……ライアットガンの方が本当は良いんだけど……が最適なのよ!!

 それさえ使えれば真琴、Kanonの華奢な腕で殴りつけるような真似なんかしないわよ」 

 「だって真琴ちゃん、本番で当てたことないじゃない……」

 「何か言った!?」

 「うぐぅ、何にも言ってないよ……」








  「真琴ちゃん、こんなこと言ってたんだけどこのことについて栞ちゃん、どう思う?」

 あゆの質問に栞はあっけらかんと答えた。

 「それだったらいっそのこと真琴さんのご要望通り撃たせちゃったらどうです?」

 「じょ、冗談じゃないよ!!」

 あゆは思わず椅子から立ち上がると叫んだ。

 「撃った後の惨状を考えてよ! 飛び交う銃弾、炎上するパトカーや民家。バイオレンスだよ!?」

 「刑事ドラマみたいでおもしろそうじゃないですか」

 「し、栞ちゃん!!」

 あわてふためくあゆを見て、栞は笑った。

 「冗談ですよ、あゆさん」

 「冗談にしてはたちが悪いよ…。

 天野さん、最近ストレスたまっているみたいだしボクも何とかしてあげたいんだ」

 「立派です、あゆさん」

 パチパチ拍手する栞にあゆは照れた。

 「そ、そんな立派なことじゃないよ…」

 「謙遜することはないですよ。というわけでさっきの話の続きですけどこれ見てください」

 そう言って栞は『警察画報』というタイトルの雑誌を取り出した。

 「これがどうかしたの?」

 「え〜っと……ほら、ここのページです」

 「何々…神奈川県警で研究中の新兵器『合金ネットランチャー』? うぐぅ、これがどうかしたの?」

 「真琴さん、射撃の腕はすごいですよね?」

 「本番じゃ全然当たらないけどね」

 苦笑するあゆに、栞は頷いた。

 「真琴さんの場合、コクピットを撃ち抜く危険を避けるために腕や足や関節部など当てにくい箇所を

 狙うから命中しないと思うんですよ」

 「そうかもしれないね。射撃訓練じゃバシバシ的中させるし」

 「そこでコクピットを撃ち抜く心配をなくせば……」

 「真琴ちゃんの銃の腕前も役に立つか。

 確かにこれなら銃弾の消費したあげく格闘戦して機体を壊す、なんて事態にはならないかもね」

 「ええ、そういうことです」

 「でも、これって神奈川県警の話だよ。所轄違うし……」

 警察はことのほか縄張り争いにうるさい。

 そのことを二年あまりの警察官生活で身にしみているあゆが不安を漏らすと栞はにっこりほほえんだ。

 「何を言っているんですか、あゆさん。私たちで独自に開発しちゃえばいい話ですよ」






  「何、工作室を貸してくれ?」

 栞の提案に北川は渋い顔をした。

 「一応、工作室は整備班の管轄だから……香里、じゃなくて班長、部外者が立ち入るのをいやがるんだよ。

 いくら班長の妹である栞ちゃんでもちょっとな……」

 断られる栞。しかし策士である栞にはその程度の断りなど何でもないことであった。

 「そうですか、残念です。せっかくお姉ちゃんに北川さんのことを良く言うチャンスだったんですが……」

 「……今何て言ったかな?」

 「『お姉ちゃんに北川さんのことをよく言うチャンスだったんですが……』って言ったんですけど」

 「…マジで?」

 「はい、マジです。北川さんの株が上がるチャンスだったんですけどね」

 そう言ってにっこり微笑む栞に北川は屈した。

 「良いよ、何だって協力しちゃうぜ!!」

 「さすが北川さん、話がわかります〜♪」

 「それじゃあ鍵取ってくるから待っていてね。なんかお菓子用意しようか?」

 「バニラアイス、お願いします」

 「OK〜♪」

 浮かれた足取りで鍵を取りに向かう北川の背中を見ながらあゆは呟いた。

 「栞ちゃん、策士だね……」

 「失礼ですね、あゆさん。これもあゆさんと天野さんのため、しいては第二小隊のためなんですよ」

 「本音はどうなの?」

 「なんかおもしろそうじゃないですか♪」

 「うぐぅ……」

 なんだかんだ言っても特車二課に配属されるだけのことはあるのであった。






  「それではいっちょやるとしますかね〜♪」

 おもしろい遊びを見つけた栞は浮かれ気分で電話を手に取った。

 そして素早くダイヤルする。

 「あ、もしもし。

 私、五年ぐらい前に臨床試験で検体やっていました美坂と申しますが、商品開発部の鈴木係長お願いします」

 『商品開発部の鈴木ですか? 少々お待ちください』

 そして保留音の『エリーゼのために』が受話器から流れ出し、そしてその音楽が止まると野太いおじさんの

 声が聞こえてきた。

 『やあ栞ちゃん、お久しぶり。元気にしてたかい?』

 「お久しぶりです〜。元気にしてますよ。実はですね、鈴木さんにお願いがありまして」

 『うん、なんだね?』

 「お願い事というのはですね……」

 そして旧知の相手らしい鈴木係長やらと栞は話を弾ませるのであった。







  「何をやっているんだ、栞は」

 電話している栞を見て祐一はあきれた表情を浮かべた。

 「真琴の暴走なんかほっとけば良いのにな」

 「あゆちゃんとか天野さんの苦労がほっておけなかったんだよ。栞ちゃん、やさしいから」

 「そうか?」

 名雪よりは栞の本性をつかんでいる祐一は名雪の言葉に懐疑的だ。

 しかし今週は第一小隊が当直と言うこともあり比較的暇なこともあり

 「まあ仕事に差し支えない限りは好きにやらせておくか」

 と、とりあえず黙認する。

 「そうそう。今より悪くはならないんだし、もし上手くいけば万々歳だよ」

 「それもそうか。天野の階級でかろうじて真琴の暴走を押さえつけている状態だからな」

 「だよね」

 苦笑する名雪はそこではたと気が付いた。

 「わたし良いこと考えついたんだけど」

 「どんなことだ?」

 珍しい名雪の提案に祐一は興味を示す。

 すると名雪は傍らに置いておいたヘッドギアを手に取り自らの考えを述べた。

 「真琴のヘッドギアのここのところに細工するんだよ」

 「どんな風にだ?」

 「たとえば真琴が暴れそうになったら天野さんがお経を唱えるとここが締まって真琴の頭をギリギリと……」

 「孫悟空かよ!!」

 祐一の鋭いつっこみが名雪に加えられた。

 「痛いよ、祐一……」

 名雪は泣き言を漏らすが祐一は無視した。

 「物事を科学的に考えるクセをつけろよ!! それにそれじゃあ真琴が操縦できなくなるだろ!!」

 「そっか…そうだよね」

 頷く名雪に祐一は続けた。

 「俺だったら真琴には常にモーショントレーサーを付けて出動させる。

 でこれが遠隔操作可能なようになっていて、いざとなれば天野が操る!!」

 「それは良い考えだね!」

 「だろ」

 良いアイデアとも思えるこの考え……しかし

 「それでしたら私が直接操縦した方が早いと思います」

 美汐のその一言にあっさり打ち砕かれた。

 「そうか……そうだよな」

 「天野さん、レイバー操縦技術だってすごいもんね。なんでパイロットにしないんだろう?」

 「なんで…ってそりゃあ真琴にしろあゆにしろ指揮を執らせるわけにはいかないだろ」

 「あっ、そっか」



 第二小隊の人材不足はこんなところにも現れているのであった。









あとがき
漫画12巻にあったエピソードが元ネタです。

かなり初期から暖めていたネタだったりします。

展開は当然○○○○色の○○○が落ちになるわけですがね。



2004.01.24

 

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