機動警察Kanon 第182話














  そして大掃除は始まった。

 特車二課の人員が総掛かりでいつもはやらないような場所もピカピカに磨いていく。

 当直任務を第一小隊から引き継いだ第二小隊も例外ではない。

 あゆがビニールハウスを、名雪と栞が宿直室&給湯室を、祐一と真琴と美汐は第二小隊のオフィスを掃除する。

 その大掃除が佳境に入った頃。

 「うぐぅ〜!!」

 息せき切らしたあゆがオフィスへ飛び込んできた。

 「何事ですか、あゆさん?」

 本来ならばビニールハウスを担当するあゆがこの時間にオフィスに姿を現すのは変なことだ。

 怪訝に思った美汐が尋ねるのは不思議なことではないのだ。

 「もうビニールハウスの大掃除は終わったんですか?」

 「うぐぅ、それはまだだけど……」

 「ではどうしたというのです?」

 「それはその……」

 思わぬ事態に口ごもるあゆ。

 すると何となく事態を察した真琴が助け船を差し出した。

 「美汐〜。これちょっとわからないんだけど……」

 その手には無数のケーブル……LANケーブルや電源のコード、電話線などひっちゃかめっちゃか状態だ。

 「…わかりました」

 美汐は頷くとあゆにきっと言った。

 「可及的速やかに大掃除に戻ってください。わかりましたね」

 「わ、わかったよ…」

 美汐の迫力に思わず頷いてしまうあゆ。

 その姿を確認した美汐はPCと格闘している真琴の元へと歩いていく。

 そこで祐一があゆにこっそり尋ねた。

 「何があった、あゆ?」

 「うぐぅ、それがピロが消えちゃった……」

 「何!!?」

 思わず大声を上げた祐一に美汐が振り返る。

 「何かあったんでか?」

 「いや、何でもない何でもない」

 手をぱたぱた振って誤魔化すと、あゆに小声で尋ねた。

 「消えちゃったって……ビニールハウスの中に閉じこめておいたんだろ。ちゃんと捜したのか?」

 「それがビニールハウスに穴が開いていたみたいで……」

 「そんなの塞いでおけよ」

 「今更そんなこと言ったって……」

 とその時ものすごい勢いで名雪が飛び込んできた。

 そして祐一の目の前にいたあゆを突き飛ばすと大声で叫んだ。

 「祐一、酷いよ!! これってどういうこと!?」

 そう言う名雪の手にはピロに与えていたドライフードの箱が在った。

 「何で猫の餌が給湯室の流しの下から出てくるの!? 猫飼ってるんでしょ!?

 わたしにも猫見せてよ、さわらせてよ、抱かせてよ〜!!」

 よりによって最悪な相手にばれてしまったものだ。

 あゆも真琴も「あちゃ〜」な表情で見ている。

 しかしここで認めるわけにはいかないのだ。

 そこで祐一はすっとぼけることにした。

 「なあ名雪、そのドライフードが何か問題あるのか?」

 「問題あるのか……って祐一、すっとぼける気!? 猫さんだよ!? 猫の餌なんだよ!?

 猫さんを飼う以外に何に使うんだよ!!?」

 「むっ……」

 当たり前のことだがこんなことで誤魔化せるはずがなかった。

 そして真琴に元に行った美汐もこの騒動に気が付かないわけもなく、じっと見ている。

 そこで進退窮まった祐一は破れかぶれな答えを返した。

 「それは……俺が食うんだよ」

 「祐一が!? ……じゃあ食べてみてよ」

 そう言ってドライフードを祐一に差し出す名雪。

 その目は『正直に言えば勘弁してあげるよ〜。イチゴサンデーおごってもらうけどね〜』と訴えている。

 ここに至っては祐一に残された手は本当に食べるしかなかった。

 名雪からドライフードを受け取ると箱の中に手を突っ込み、一掴み取る。

 そして『本当に食べるの!?』『祐一、あんた漢よ』なあゆ・真琴の視線を感じつつ、ドライフードを

 口の中に放り込もうとする祐一。

 とその時、突然特車二課内に警報が鳴り響き、出動命令が下った。

 『世田谷区経堂にて409発生、第二小隊出動せよ。繰り返す、世田谷区経堂にて409発生、第二小隊出動せよ」

 これぞまさに天の助けだった。

 「出動だ、行くぞ!!」

 ドライフードをほっぽり出した祐一は名雪の手をひっつかむと駆けだした。

 「ちょ、ちょっと祐一〜!!」








  現場では一機のレイバー……ボクサーが立っていた。

 手には工事作業用の巨大なシャベルを持っている。

 そしてその周りを十重二十重に警察が取り囲み、にらみ合いを続けていた。




  「10年以上前になるがケーブル火災で大騒ぎになったことは覚えているかね?」

 実はあの下にも埋まっていね。それも大容量の光ファイバーが。おかげでうっかり手も出せない状態だ」

 現場責任者である所轄の警部の言葉に秋子さんは頷いた。

 「だとすると私たちが行動するのは逆効果かもしれませんね」

 「そういうことだな」

 「ところで犯人の要求とかは?」

 「呑める要求なら君たちを呼んだりはせんよ」








  「「「「「「嫁さんを七人!?」」」」」」

 秋子さんから犯人の要求を聞いた第二小隊の面々は一様にあきれはてた。

 「ハーレムでも作る気ですか?」

 「最低〜!! 女の敵だよ」

 「許せないよね」

 「そんなやつは射殺しちゃえばいいのよ!!」

 「なかなか精力的なやつだな」

 栞・名雪・あゆ・真琴・祐一の率直な感想……だが美汐は一人異なり、秋子さんに尋ねた。

 「理由は何ですか?」

 「過疎の村では若い女性は少ないですからね、色々在るみたいですよ」

 「逮捕覚悟のPRというわけか」

 まあよくある社会問題だ。だが

 「そんなこと言っても今時よっぽど奇特な人でもない限り農村なんかに嫁ぐ人いませんよね?」

 「そうですね。朝早くから畑仕事に姑にはいびられて……農家の人ですら自分の娘を嫁がせないというのに」

 「ボク絶対にイヤだよ」

 「わたし朝早く起きられないよ〜」

 「あう〜っ、絶対にイヤ〜」

 どうPRしても現状を変えない限りはその効果があるとは思えなかった……。

 「まあそういうわけで気が立ってますから犯人を刺激しないようにね」

 「それは始めますよ」

 美汐の号令に第二小隊の面々は駆けだした。

 




  「まったく嫁さん欲しかったら努力しなさいよ、全く……」

 ぶつくさ言いながら二号機に乗り込もうとコクピットハッチを開放する真琴。

 そしてシートを見て思わず固まった。

 「ニャオ〜ン」

 そこにはピロがちょこんと座り込んでいたのだ。

 「な、何でこんなところにアンタが居るのよ……」

 「ニャァ〜ン」

 当然のことだがピロは答えを返さない、というか返せない。

 思わず固まってしまった真琴に美汐から指示が届いた。

 『真琴、何をくずくずしているのです?』

 「わ、わかったわよ!!」

 美汐の言葉にあわててコクピットに飛び込む真琴。

 もはやこうなってはどうしようもない。

 仕方が無く真琴はピロを膝の上に乗せると二号機を機動させたのであった。






  『あゆあゆ、居たわよ!』

 「居たわよ、って何が?」

 まさかピロがKanonのコクピット内にいるなどとは夢にも思わないあゆは真琴の言うことが理解できない。

 そのため続いて真琴が発した言葉に驚愕した。

 『ピロがコクピット内に居るのよ!!』

 「ピロが!? いったいどうやって!?」

 『あう〜っ、そんなこと知らないわよ!!』

 「うぐぅ、今どうしている?」

 『真琴の膝の上で眠りかけてる』

 「どうしようか?」

 『それは真琴が聞きたいわよ!!』

 二人ともパニック状態で良い考えなど全く思いつかない。

 だがはっきりしていることはあった。

 『とにかく美汐には内緒よ』

 「わかっているよ。…そうだ、祐一くんに相談しようか?」

 『…それしかないわね。あゆあゆ、頼むわよ』

 「まかせてよ」

 真琴との交信が終了する。

 そこであゆは祐一の乗る一号指揮車にこっそり繋いだ。

 「祐一くん、祐一くん」

 『なんだ、あゆ? 出動中なんだし用件は手短に言えよ』

 「…ピロが見つかったよ」

 『ピロが!?』

 あゆの言葉に祐一は驚いたようであった。

 『いったいどこに居たんだ!?』

 「…二号機のコクピットの中」

 あゆがぼっそり答えると祐一は愕然としたようであった。

 『今もコクピットの中に?』

 「うん……どうしよう?」

 『どうしよう……ってなあ。……ピロはどうしているんだ?』

 「真琴ちゃんの膝の上で眠りかけてるって」

 『眠らせておけ。善後策は……考えておく』

 「伝えておくよ」

 祐一との交信を終えたあゆはため息をついた。

 もっとも期待した祐一ですら頼りにならないのだ。

 「大丈夫かな?」

 不安なあゆであった。






  事件発生から数時間。

 状況は何も進展せず、膠着状態に陥っていた。



  「残りの動力は後どれくらい持ちそうなんですか?」

 犯人のレイバーの稼働時間を尋ねる秋子さん。

 それに対して祐一はレイバーの性能から答えを割り出した。

 「ディーゼルでアイドリング状態だから……後丸々一日ぐらいは」

 「そうですか」

 そこへ光ファイバー回線の状態を調査していた美汐が駆けつけてきた。

 「隊長。すべての回線を他にのケーブルに回すのは無理なようです」

 「やはり無理ですか。そろそろ夕飯の心配をしなくちゃいけませんし……困りましたね」




   困っているのは秋子さんだけではなかった。

 「ウミャ〜」

 さすがに寝飽きたピロがとうとう目を覚ましたのだ。

 「あう〜っ、ピロが目を覚ましちゃった」

 あわてふためく真琴を尻目に伸びをしたピロは真琴の膝から飛び降りた。

 そしてコクピット内の狭い空間に飽きたのかカリカリとひっかき始める。

 「ちょ、ちょっとピロやめなさいよ〜」

 しかしピロはやめない。

 それどころか突然、体を硬直させたかと思うとぷるぷると体を震わせる。

 「ダ、ダメ〜!!」

 だが真琴の制止も甲斐はなく、ピロはコクピット内で粗相してしまったのであった。





  「何!! コクピット内で!?」

 あゆから二号機コクピット内の状況を聞いた祐一は思わず唖然としてしまった。

 「被害の状況はどうなんだ?」

 『床でやっちゃったそうだから被害は少ないみたいだね。でもしっかり掃除しないと錆びるかも……』

 「香里に見つかったらやばいからな。二課に戻ったら見つからないようこっそり掃除しないと」

 『そうだね…』

 最先端の技術であるレイバーのコクピット内で猫の粗相の後始末。

 あまりに情けない未来の光景に祐一ががっかりしている、とそのとき現場に動きがあった。

 突然真琴の乗る二号機が気が狂ったかのように動き出したのだ。




  「ま、真琴!! 何をしているのです!?」

 指揮者である美汐が真琴を制止するが機体の動きは止まらない。

 そこで祐一は指揮系統も忘れ、思わず叫んでしまった。

 「真琴!! お前なにをしているんだ!?」

 予期せぬ祐一の言葉に美汐に話すとまずいと思っていた真琴も、つい叫んでしまった。

 『あう〜っ、そんなこと言ったってこの子が暴れるから〜』

 「この子!? この子っていったい何です、真琴!!」

 『わぁ〜、ダメ〜!!』

 コクピット内ではどんな惨状なのやら?

 とにかく美汐や祐一の言葉など聞こえないかのように二号機は暴れ回る。

 そこでついに美汐が祐一に叫んだ。

 「相沢さん!! いったい真琴は何をしているのです!?」

 「す、すぐに止める!!」

 もはや指揮系統ははちゃめちゃ状態だ。

 「真琴!! やめるんだ〜!!」

 『あう〜っ!!』

 だが真琴はそれどころではなく、ピロを取り押さえようとして操縦桿やら計器やらを無茶苦茶に操作。

 ますますもって二号機は大暴れ。

 そしてこの動きは立て籠もりを続けている犯人を思いっきり刺激した。




  「そっちがそうするならこっちも実力行使するだす!!」

 そしてボクサーは手にした大型シャベルを大地に向かって振り下ろすとする。




  この光景に秋子さんは素早く決断を下した。

「名雪、発砲を許可します」

 『で、でも……』

 だが射撃が好きではない、出来れば撃ちたくない名雪は躊躇する。

 しかし今はそれどころではないのだ。

 「名雪、撃て!! 後で猫をめいいっぱい抱かせてやるから!!」

 『了承だよ!!』

 祐一の言葉に即座に反応すると名雪は37mmリボルバーカノンを抜き撃ちした。



 ズギューンー



  放たれた弾丸はボクサーの右足関節に直撃。

 片足を失ったボクサーは自重を支えきれなくなりその場にひっくり返る。

 『行け、名雪!!』

 「任せるんだよ!!」

 あっという間に犯人の乗るボクサーに近づくと名雪は37mmリボルバーカノンをコクピットに突きつけた。

 「神妙に縛に付かないと酷い目に遭うよ〜!!」

 こうなっては犯人としても何も出来ようはずがなかった。

 あわてて機体を停止し、コクピットの外に手を挙げて出る。

 かくして嫁さん七人を要求した男の犯罪は幕切れとなったのであった。



  「やっと捕まえた〜!! 全く大人しくしていないよね!!」











  「小学生ではないのですから……さすがに今回のはちょっと情けないです」

 秋子さんの言葉に真琴・あゆ・祐一の三人はうなだれた。

 いつもやさしい秋子さんがこうまで言うのだ。本気でそう思っているのであろう。

 「猫さん……ピロちゃんは没収しますよ」

 「うぐぅ、保健所に渡すの?」

 最悪のことを考え、青ざめるあゆ。

 だが秋子さんは首を横に振った。

 「それはいくら何でもかわいそうですからね。

 二週間前に退職した事務の田中さん、田舎に引っ込んだんですけどそこでネズミが出るらしくて。

 ピロちゃんのことを話したら是非うちにって」

 「本当!? ピロは保健所送りじゃないのね!!」

 「ええ、そうですよ」

 そう言ってにっこりほほえむ秋子さんの言葉に三人は安堵の表情を浮かべた。

 「よかった〜」

 「うん、本当良かったよ〜」

 「努力の甲斐があったってもんだな」

 「でもね、真琴」

 続く秋子さんの言葉に一同は即座に沈黙した。

 「香里ちゃんにちゃんと謝っておくのよ」






  「あう〜っ、香里すっごく怒りそう……」

 「だな……」

 「うぐぅ、怖いよ……」

 ハンガーへの道中、三人の足取りは重かった。

 こっそり猫を飼うという行為ですら香里に怒鳴られるだろうに、コクピット内での粗相の一件もある。

 2〜3時間はお説教が続くであろうと半ば確信しているだけにどうしてもそうなってしまうのだ。

 しかし社会人としてケジメを付けるのは当然のことだ。

 意を決してハンガーに向かい、そして入り口にさしかかったところで青ざめた顔の北川が三人に声をかけた。

 「まずい…まずすぎるぞ……」

 「何がまずいのよ?」

 「あれ……」

 そう言って北川は整備作業を監督していると思われる香里の背中を指さす。

 「香里がどうかしたのか?」

 すると自分を噂しているのに気が付いたのであろうか?

 それとも真琴・あゆ・祐一・北川の気配を察知したのか。

 香里がゆっくりを四人の方に顔を向ける。

 そしてそのほおを見て真琴・あゆ・祐一の四人は思わず固まった。

 そこには猫の爪痕が四本、くっきりと香里の整った顔に残されていたのだ。

 「あう〜っ!!」

 「うぐぅ!!」

 「あうあう〜」





















  「ピロ、今頃どうして居るんだろう?」

 香里をひっかいて逃げたピロはあれっきり姿を見せなかったのだ。

 まだ自立するには早すぎる独り立ち……しかしもはや真琴たちには何もしてやれることなど無かった。

 時々心配し、しかし日々の忙しさに埋没していったピロのこと。

 だがこうやってあの日のことを思い出すとやはりとても気になることだったのだ。

 「元気だと良いね」

 「元気に決まっているわよ!!」

 二人がそんなことを話していると祐一が駆け寄ってきた。

 「真琴!! あゆ!! ちょっと来てみろよ!! 早く!!」

 「あう〜っ、人が想い出に老けているのに何事よ〜!!」

 「そうだよ。酷いよ、祐一くん」

 「良いからサッサと来いって!!」





  「おっ、二人とも来たな」

 祐一が二人を連れて行ったその場所には北川が立っていた。

 「いったい何なのよ?」

 あゆが尋ねると祐一と北川の二人はニヤリと笑った。

 「いいからあそこ見てみろよ」

 「あそこ?」

 「何があるの?」

 そうは言いつつも祐一が指し示した場所をじっとみつめる二人。

 そしてそこにいる正体に気が付くと思わず叫んだ。

 「ピロ!! 元気だったのね!!」

 「良かった、元気だったんだ〜!!」

 そこには雨に打たれながら彼らをじっと見つめる大人に成長したピロの姿があったのだ。

 「良かった…ちゃんと自立できていたんだね」

 あゆがしみじみと感慨深げに言うと祐一はニンマリした。

 「元気なだけじゃなくてやることもやっていたみたいだぞ」

 「何よ、やることって?」

 「ほら、あそこ」

 「あそこ?」

 するとそこにはピロと同じくらいの大きさの猫が二匹、そして7〜8匹の子猫の姿があったのだ。

 「あれってもしかしてピロの奥さんと子供!?」

 「たぶんな。なかなかもてるじゃないか、二人も奥さんがいるぞ」

 「あう〜っ、真琴はピロをそんな風には育てていないのに〜」

 「雄猫は雌猫の求愛を断れないそうだからな。まあもてる男はつらいよ、といったところかね〜」

 「ボクは良いと思うよ、ピロが元気で」

 「それはそうだけど〜」

 女としてはハーレムを作り上げたピロが許せないと言ったところか。

 しかし同時にピロの元気な姿を見て嬉しく感じるのも、また真琴の嘘偽り無い感情なのであった。

 「ピロ〜!! こっちおいで〜」

 思わず叫ぶ真琴。

 だがピロは近づいては来なかった。その代わりに招かざる客がやって来たのだ。

 「あ〜っ、猫さんだよ〜!!」

 真琴の声を聞きつけたのか、名雪がやって来、そしてピロたちの姿を見てしまったのだ。

 「ねこ〜、ねこ〜!!」

 雨が降っているのもお構いなしにピロたちの元へ駆け寄ろうとする名雪。

 この事態に祐一・北川・あゆの三人はあわてて名雪を制止した。

 「祐一も北川くんもあゆちゃんもなにするんだぉ〜!! ねこさんが!! ねこさんがいるんだぉ〜!!」

 「こっから先には一歩も行かせないぞ!!」

 「なゆちゃん、ごめんね。でもダメなんだよ!!」

 「ピロが不幸になる姿は見たくないんでね、悪いな、水瀬さん!!」

 「ひどいよ、おーぼーだよ〜!!」

 なおも暴れる名雪に、真琴はつい叫んだ。

 「ピロ!! ここは危険だから早く逃げるのよ!!」

 すると真琴の声がわかったのか?

 ピロは妻と子供を促すかのような仕草をすると草むらの中へと消えていく。

 「ねこさんが〜!! ねこさんが行っちゃうよぉ〜!!」

 「お前は黙っていろ!!」

 感動的な場面なのに名雪のせいで台無しだ。容赦のかけらもなく名雪の口を塞ぐ祐一。

 そして名雪の叫び声が無くなったところでピロはもう一度だけ、真琴たちの方を見、軽くぺこっと挨拶した。

 いや、単に頭を下げただけだったのかもしれない。

 しかし真琴たちにはピロがお礼を言いに来たようにしか感じられなかったのだ。

 そして妻子たちを見、そして今度はもう振り返ることもなく草むらの中へと姿を消したのであった。











  「また会えるわよね?」

 祐一に口を塞がれモガモガしている名雪を無視して感慨深げにつぶやく真琴。

 そんな真琴に対して祐一は首をかしげた。

 「それはどうかな?」

 「それはどうかなってどういうことよ!!」

 「ピロさ……たぶん引っ越しするんじゃないかな」

 「引っ越し!? 何でよ!!」

 「ここ埋め立て地は野犬が多いだろ。子供を育てるにはお世辞にも良い環境とは言えないわな」

 「そっか……」

 祐一の言葉に真琴は頷ざかざるをえなかった。

 たしかにここ特車二課のある埋めたって地は野犬が出没、夜は人でさえも危険なのだ。

 「ピロ……元気でやっていけるかな?」

 心配そうなあゆ。そしてそんなあゆの言葉に真琴は反論した。

 「大丈夫に決まっているわよ!! あんな小さな時から生き延びてきたピロだもの。

 きっと奥さんも子供もちゃんと守りきるわよ!! 真琴はそう育てたんだから!!」

 「そうだよね……ピロだもん、大丈夫だよ!」

 「がんばれよ、ピロ」

 「俺たちより大人になったんだな、ピロのやつ……」

 「モガモガモガ」




  そしてピロの消えた方向に向かって真琴はつぶやいた。

 「元気でやっていかなかったら真琴、許さないんだから……がんばるのよ、ピロ……」



























あとがき
「ピロ」編もこれで完結です。

結構長くなってしまい我ながらちょっとびっくりしてしまいましたがね。

それと途中であった農家の嫁問題ですが、これは近所の農家の嫁さん(50歳代と70歳代)が実際に言ってた

ことです。色々大変みたいですね。

ちなみに名雪が主人公のくせに扱いが悪いのはシャレです(笑)。


2004.01.20

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