機動警察Kanon 第181話
「ズズズズ〜」
「ふぅ〜ふぅ〜」
「あちちちっ」
ハンガー内にて北川とその他三名の整備員たちが夜食のカップ麺をすすっていた。
普段ならば整備班長の香里の怒声が飛ぶところだが、すでに香里は帰宅している。
となればゴミさえちゃんと捨てて証拠隠滅すれば問題ないわけだ。
しかしその日はちょっと違っていた。
「うん?」
突然一人の整備員が高い天井を眺めた。そのいつもと違う様子に仲間が声をかけた。
「おい、どうした? 何かあったか?」
「いや……今、猫の声がしなかったか?」
「猫の声? いや、聞いていないな」
仲間の言葉に首をかしげる。
「そうか……また猫が鳴いたような気がしたんだけどな」
「おおかた、野良猫でも入り込んだんじゃないのか?」
「だとしたら班長に見つかる前に追い出さないとどやされるな」
「そうは言うけどさ、オレ捜したけどどこにも見つからないんだぜ」
「いっちょ仕掛けてみるか、ブビートラップ」
どんなブービーとラップを仕掛けるか考え始めた部下たちの姿にそれまで黙ってカップ麺をすすっていた北川
は重い口を開いた。
「ここだけの話だが」
「何です?」
興味津々な部下たちの姿に北川は周囲を見渡し、声を潜めていった。
「お前ら口は堅いな」
「ええ」
「オフレコでいきますよ」
「誰にもしゃべりません」
「実は……月宮巡査、猫に呪われているらしいぞ」
「……………」
「……………」
「……………」
北川の言葉に一瞬黙り込む三人。しかしすぐに笑い飛ばした。
「月宮巡査が? それは何かの間違えでしょ。沢渡巡査じゃないんだから」
「だよな。まあ猫じゃなくてたい焼き屋の親父ならわかるけど……」
「月宮巡査が霊に取り付かれるね……月宮巡査、昔生き霊やっていたんじゃありません?」
しかし北川は首を横に振った。
「いや、それがかえって仇になったのかもしれないぞ。
なんと言っても元生き霊だ、本物の霊にとっては仲間に思えるのかもしれないな!!」
「ひぃいいい!!」
叫び声を上げカップ麺を落としてハンガーの暗闇を指さした。
「何だ?」
「何事だ?」
そして暗闇に目をやり、そして二人も悲鳴を上げた。
そこには噂の渦中であるあゆがやつれた顔のまま彼らをじーっと見つめていたからである。
そして
「にゃお〜ん」
と鳴いたあゆに、もはやパニック状態の整備員たちであった。
「ぽけ〜っ」
給湯室であゆはお湯が沸くのを待っていた。
まるで睡魔に襲われた名雪のようだ。しかしそうではなかった。
パタ
背後から聞こえてきたかすかな物音にあゆは素早く振り向くと鳴いた。
「にゃお〜ん」
「すっかりやつれたわね……」
そこにいたのは真琴であった。
そのためあゆは猫に祟られている演技をやめると、笑った。
「ピロ、すっかり元気になって動き回るようになったか目が離せないんだよ」
「本当は拾った真琴がピロの面倒見るべき何だろうけど……面倒かけてるし今度たい焼きおごるわよ」
真琴の言葉に憔悴していたはずなののあゆは満面の笑みを浮かべた。
「本当に!? ボク、頑張るよ!!」
実に単純なあゆに真琴は苦笑しつつ、しかし自分もそうだなと思いため息をついた。
「にしてもこんな怨霊作戦いつまで通用するの? 祐一のアイデアで始めたけど本当に大丈夫?」
真琴の言葉にあゆは首を横に振った。
「やっぱり無理あるよね。もっと根本的な方法でないとかわしきれないよね……」
二人がピロのために必死になっているちょうどそのころ。
隊長室ではそんな二人の努力も水泡となって消えようとしていた。
「先輩、今度二課総出で大掃除をしようと思うのですが」
由起子さんの言葉に秋子さんは首をかしげた。
「そう言うのは総務のお仕事じゃないかしら?」
「総務の方には私が話を通しておきますから大丈夫です」
「それなら良いんじゃないですか」
そう言って秋子さんは孫の手で背中をポリポリかいた。
「どうしたんです、乾燥肌ですか?」
「いいえ、違いますよ」
秋子さんは首を横に振るとくすっと笑った。
「どうもノミみたいなんですよね」
「ノミですか? まさか先輩、お風呂に入っていないんじゃ……」
「由起子さん?」
「いえいえ冗談です!!」
秋子さんのあまりに冷たすぎる視線にあわてて自分の言葉を取り消した。
「隊員たちにもよからぬ噂もありますし、やっぱり大掃除はした方が良いですね!!」
「というわけで明日大掃除をすることになりました」
秋子さんの言葉に栞が手を挙げた。
「それって噂の猫の怨霊退治ですか?」
「たとえ幽霊でも猫を退治するなんて駄目だよ!!」
名雪は寝言を叫ぶが当然皆黙殺だ、というさらにか美汐が青い顔で叫んだ。
「美坂巡査!! 幽霊なんて絶対にいません。居ないんだから退治なんて無理です!!」
「でも整備班のみなさんが噂しているんですよ」
そう言ってあゆをちらっと見るのであゆは決まり悪そうにうつむいた。
「うぐぅ〜」
しかし秋子さんはそんな部下たちのやりとりを気にせずに隊長室に戻ろうとする……がふと足を止めると
祐一・真琴に声をかけた。
「二人はノミ大丈夫ですか?」
「あう〜っ、どうしよう!!」
「だな」
「うぐぅ、どうしよう〜」
「ここは思案のしどころだな」
秋子さんの言葉に真琴・あゆ・祐一・北川の四人はこっそり集まって相談していた。
「あれは絶対にばれているわよ!!」
真琴の言葉に祐一は頷いた。
「そんなことはわかっている。それより秋子さんの真意だ、問題は」
「うぐぅ、それって明日見つかって大騒ぎになる前に何とかしろ、ってこと?」
「間違いなくそうだろうな」
あゆの言葉に北川が頷くと真琴が叫んだ。
「それってピロを捨ててこいってこと!? 真琴はそんなこと許さないわよ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
思わず黙り込んでしまう四人。
だがしばらくしてその沈黙を破るように北川が口を開いた。
「自立できるようになるまでどれくらいかかるんだ?」
「長森さんの話だと後二週間、二週間後ならだいぶ自立できる可能性が高くなるって」
「二週間後ね」
「よし、ここまで関わっちまったんだ。こうなったら後二週間なんとか面倒を見よう!」
「それは良いが相沢よ。さしあたって明日はどうするつもりだ?」
祐一の決断に北川が尋ねると祐一は頷いた。
「そう、さしあたっての問題は明日だ。そこであゆ、ビニールハウスのトマト畑はお前の担当だな」
「うん、そうだよ」
「ピロはその中に隠せ。で何とかして人を近づけるな!!」
「うぐぅ、どうやって人を近づけさせないんだよ!?」
あゆの言葉に祐一は腕を組んで考え込んだ。
「そうだな……たとえば秋子さんの謎ジャムが大量に保管されているとか……」
「うぐぅ!! そんなのボクだっていやだよ!!」
「ええい、理由なんてどうでもいいんだ!! とにかく人を近づけさせなければいいんだよ!!」
そう叫ぶと祐一は真剣な表情を浮かべた。
「ピロの運命は俺たちが握って居るんだ!! 後二週間、なんとかするぞ!!」
「…そうね、やるしかないわよね!!」
「そうだよね!!」
「やるか!!」
四人の決意とともに大掃除は迫る……。
あとがき
後一話で「ピロ」編は終わります。
以上。
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