機動警察Kanon 第180話












  北川を子猫の世話に巻き込んで数日後。

 子猫の世話はいよいよ大変なことになりつつあった。




  「風邪だね。この部屋寒いから……」

 タオルの上でガタガタ震えている子猫。

 その姿を見、判断した長森瑞佳巡査の言葉に一同は眉をひそめた。

 「だ、大丈夫よね!?」

 真琴の言葉にだが瑞佳は首を縦に振らなかった。

 「大丈夫って言いたいけれど、この子体力が落ちているから……」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 瑞佳の言葉に真琴・あゆ・祐一・北川の四人は思わず黙り込んだ。

 昔から捨て猫を拾っては飼っていた瑞佳の言葉だけに重みがあったのだ。

 だが

 「何か手段はあるわよね!?」

 諦めきれない真琴は叫ぶ。すると瑞佳は頷いた。

 「食欲さえ出てくれば何とかなると思うんだよ」

 「食欲か……」

 「この子、スポイトで口の中に入れてあげないとミルクも飲めないもんね」

 「動物病院に連れて行った方が良いんじゃないのか?」

 祐一の提案に瑞佳は頷いた。

 「そうだね。でももう今日は遅いから動物病院も開いてないし……明日朝一で連れいけば」

 「それしかないな」

 「うん、そうだね」

 彼らに出来るのはそれぐらい、後は子猫の生命力にかかっているのだ。







  「瑞佳、当直なのに悪かったわね」

 真琴が礼を言うと瑞佳は首を横に振った。

 「気にしなくても良いよ、この子のためだもん。それより今夜のことだけど……」

 するとあゆは胸をぽんとたたいた。

 「大丈夫、部屋をしっかり暖めてボクが付いているからね!!」

 「うん、がんばってね」

 そして当直室へと戻っていく瑞佳。

 その姿を見送った一同は子猫の元に集まった。






  「…こいつ大丈夫かね?」

 ガタガタ震えるその姿はどう考えてもやばいのではないか。

 そう思った北川が首をかしげると真琴が叫んだ。

 「真琴たちがついているんだから絶対に大丈夫に決まっているわよ!!」

 「そ、そうだな」

 「そうだよね」

 「だな」

 真琴の叫びにちょっと弱気になっていた三人は自信を取り戻した。

 「それじゃあ後は任せたわよ」

 「うん、任されたよ!!」

 あゆに返事を聞いた真琴はしゃがみ込むと子猫の顔をのぞき込んだ。

 「…みんな、あんたのこと心配しているんだから元気にならないと許さないんだからね」








  そして翌日。

 始発のバスで通勤してきた真琴は真っ先に子猫の元へと向かった。

 「あゆあゆ、子猫の様子はどう!?」

 小屋の扉を勢いよく開け放つなり叫ぶ真琴。

 だが小屋の中を見た真琴は思わず固まった。

 「うっ、ううう……」

 子猫のそばに付いていたあゆが泣き崩れていたからだ。

 「ま、まさか……」

 最悪の事態を想像し、愕然とする真琴。

 すると真琴が来たのに気が付いたあゆが涙でぼろぼろになった顔を上げる。

 「ま、真琴ちゃん……この子が……この子が……」

 「まさか……」

 呆然したように足を進める真琴。

 そして恐る恐る箱の中をのぞき込んだ真琴は驚きの声を上げた。

 「あっ……」

 そこにはとても元気になった子猫が自らの毛繕いをしているところだったのだ。

 「あう〜っううう」

 予想と違っていた事態に次の行動に移れない真琴。

 すると子猫は毛繕いを止めると顔を上げ「ニャ〜ア」と鳴き声を上げた。

 「さっき初めて鳴いたんだよ、昨日まで声が出せないぐらい弱っていたのに……。

 ボクもう嬉しくて嬉しくて……」

 涙混じりのあゆの言葉に真琴も涙ぐみながら笑った。

 「あははっ、あゆあゆ酷い顔してる」

 「これはうれし涙だから良いんだよ」

 「目の下の隈は何よ」

 「うぐぅ、昨夜は徹夜でずっとこの子を暖めていたから……それに真琴ちゃんだって人のこと言えないよ」

 「あう〜っ、あゆあゆのくせに生意気よ〜」

 そんなことを言い合う二人ではあったがその顔は晴れ晴れとしていた。

 「さっきスポイト使わずに自分でミルクを飲んでいたからもう大丈夫だと思うよ」

 「そっか。でも一応瑞佳に見てもらおうか」

 「後で呼んでこよう。きっとこの子のこと心配しているだろうしね」







  それからの回復は早かった。

 すっかり元気になった子猫は跳んだりはねたり一時だってじっとはしない。

 おかげで食欲は抜群。

 少しずつ缶詰のキャットフードを食べるようになり、ミルクで湿らせたドライフードを食べるようになり、

 そしてドライフードをそのままカリカリと良い音を立てて食べるようになるのに時間はかからなかった。







  「よいしょ、よいしょ」

 猫のトイレを掃除する祐一、とふとある物を発見し声を上げた。

 「おい見ろよ。こいつちゃんと形のあるうんこしているぞ」

 「えっ、本当!?」

 「どれよ、どれ」

 そして祐一がスコップですくい上げたウンチをあゆと真琴は見て喜んだ。

 「本当だ♪」

 「りっぱなウンチね」

 「姿形は兄弟なれど臭いでわかるよ、ウンコとあんこ」

 「…あゆは子猫の世話ですっかり寝不足だな」

 「この子元気良いから面倒見るのも大変なんだよ」

 「あゆあゆにしては良くやっているわね」

 祐一・あゆ・真琴の会話に北川は涙した。

 「……さらっと流さないでくれ。空しくなるから」

 「わかった、わかった」

 祐一が北川を相手にしていると、真琴はあゆに尋ねた。

 「この子に肉まんあげて大丈夫かな?」

 「肉まんはあげちゃ駄目だよ、って長森さん言ってたよ」

 「あう〜っ、肉まんおいしいのに〜」

 「肉まんに入っているネギがネコには良くないんだって」

 「それじゃあ仕方がないか……」

 納得する真琴に北川が提案した。

 「それはそうとそろそろこいつに名前付けてやったらどうだ? このままじゃ不便だろ」

 「名前……そっか」

 「『花子』はどうだ?」

 「あう〜っ、この子男の子〜」

 祐一の提案を却下する真琴。だが祐一はめげずに続けた。

 「それじゃあ『肉まん』はどうだ? お前好きだろ」

 「好きでも、食べ物の名前なんてやだぁっ!!」

 「贅沢なやつだな」

 そして祐一は腕を組んで考え込み、そして頷いた。

 「ピロシキなんてのはどうだ?」

 「何、それ?」

 「そ、それ…」

 あゆが口を挟もうとしたので祐一はあゆの口を押さえるとにっこり笑った。

 「かわいいだろう。ピロちゃんなんて呼ぶと、とってもキュートで超おすすめだ」

 「ピロか……確かにかわいいけど、なんか由来あるんでしょ?」

 「いや、無いぞ。純粋に俺の内なる乙女心をくすぐる宇宙、その名も乙女コスモより生まれ出たワードだ」

 「なんか怪しいけど……かわいいから良いか」

 真琴は納得して頷くと子猫を抱きかかえた。

 「今日からキミはピロだよ。いいよね?」

 「にゃあ〜」



  そしてピロと名付けられたネコは嬉しそうに鳴くのであった。














  「うぐぅ、ピロシキってロシア風揚げまんじゅうで肉まんと大して変わらないのに〜」






あとがき
後半のピロ命名シーンは小説を参考に(パクるともいう)書いてます。

それだけです、はい。



2004.01.14

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