機動警察Kanon 第179話











  それから数日。

 真琴たちの懸命の介護の甲斐もなく子猫は回復の兆しを見せなかった。

 食事もトイレもきちんと面倒見てあげなれば自分ですることも出来ないのだ。

 それゆえに出動がかかると仕事に手が着かない、そんな有様だったのである。






  「あう〜っ、早く決着付けないとミルクの時間に遅れちゃう〜」

 真琴はコクピットの中で地団駄を踏んだ。

 二時間ごとに与えているミルク……このままで事件が膠着状態に入ってしまえば子猫の命に関わるのだ。

 そこで真琴は美汐に気づかれないようこっそりあゆを呼び出した。

 「あゆあゆ、何とかならないの!?」

 『うぐぅ、ボクにそんなこと言われても……』

 「このままじゃ子猫が危ないんだから!!」

 『わかっているけど……瑞佳さん、面倒見られないかな?』

 あゆの言葉に真琴は首を横に振った。

 「第一小隊、今日は警備活動に出動中なんだから絶対に無理よ!!」

 『うぐぅ、どうしよう?』

 「だからそれを聞いているのよ! まったく役に立たないんだから!!」

 真琴のきつい言葉に「うぐぅ」の一言も出ないあゆ。

 そこで真琴は足りない頭で必死に考え、そして決断すると無線機を切り替えた。

 「秋子さん!! 突入命令はまだ!?」

 すると無線機の向こう側にいる秋子さんが笑った。

 『今、犯人の説得中ですからね。

 突入しなくて済むならそれに超したことはないんですからもう少し待ちましょう』

 「あう〜っ、それじゃあ間に合わないよ〜」

 思わず漏らしたその一言に美汐がかみついた。

 『真琴、何が間に合わないのです?』

 (や、やばい!!)

 当然のことではあるが子猫のことは美汐には内緒だ。

 だから真琴は必死になって誤魔化した。

 「それはその…夕方に見たいテレビがあるの!! だからさっさと事件を解決しないと……」

 『……真琴』

 「あう〜っ!?」

 無線機の向こう側から聞こえてきた美汐の冷たい声に真琴は背筋に寒気が走った。

 『いったい何を考えているのですか、あなたは。

 任務とテレビ、どちらの方が大切か一目瞭然、比較することすらどうにかしていますよ』

 「あう〜っ、ごめんなさい〜」

 『だいたいテレビだったらビデオに撮れば済むことです。

 二課には整備班の方々が残っているのですから頼めば……』

 怒られることは本意ではなかったがとりあえず矛先はあさっての方向に向けることが出来、ほっとする真琴。

 そしてそんな美汐による真琴への説教を聞いていたあゆは

 (真琴ちゃんの骨はボクが拾ってあげるよ)

 と感動に打ち震えるのであった。






  そして数時間後。

 事件は無事解決し第二小隊は二課に戻ってくる。

 そしてあゆはキャリアをハンガー内へ止めるなり飛び降りた。

 「真琴ちゃん、後よろしくね!!」

 そう言って子猫の元へと走っていくあゆ。

 あわててその後を追おうとする真琴ではあったが祐一に止められた。

 「待て!! 二人いっぺんにいなくなったら怪しまれるぞ!!」

 「で、でも!!」

 「それに美汐の説教がまたあると思うぞ。なのにおまえの姿が見えなかったら……」

 「あう〜っ」

 思わず真琴はうなだれた。

 「…まだ説教あるの?」

 「とりあえず今日の事務仕事は終わっているし出動予定はないしな。

 おそらくというか間違いなくお説教の続きがあると思うぞ。天野はおばさんくさいからな」

 祐一は笑いながら真琴を慰める。すると

 「物腰が上品だと言ってください、相沢さん」

 二人の背後に美汐が一見落ち着いて、しかしよく見るとこめかみをヒクヒクさせながら立っていた。

 「あ、天野!?」

 「み、美汐!?」

 子猫のことがばれたかと一瞬緊張する二人。

 しかし美汐はそのことには一切触れずに続けた。

 「相沢さん、女性に対しておばさんくさいなどとそんな失礼なことは言わないでくださいと毎度毎度

 言っているではありませんか。

 相沢さんはたったそれだけのことを学習する知能もないというのですか?」

 「いや、それはその……」

 口ごもる祐一に、思わずいつものノリで真琴ははやし立てた。

 「あははっ、祐一怒られてる〜」

 「真琴もです!!」

 しかしこれは藪蛇であった。

 「さっきもさんざん注意しましたけど真琴は警察官としての自覚に欠けています。

 私たちは公僕として市民の皆さんに対して……」

 美汐の説教は二時間あまりにわたって続いた。






  「…出動の度にこれじゃあ子猫にも私たちにも良くないよね……」

 「……激しく同意だ」

 説教疲れした真琴と祐一の二人であった。










  祐一は北川とともに一軒の屋台にいた。

 店の名前は天竜軒……どこにでもある普通のラーメンの屋台であった。

 それ故に


 ズルズルズル〜

 ズルズルズル〜


 二人の麺をすする音だけが夜空に響き渡る。


 ズルズルズル〜

 ズルズルズル〜


 「……秘密を要する重大な任務がある」

 やがて祐一が本題を切り出すと北川はにんまりした。

 「誘ったときから薄々感じていたぜ。聞かせてもらおうじゃないか」

 「後悔するかもしれないぞ」

 「オレだって男だ。そこまで言われてはい、そうですかと黙って引っ込めるわけないだろ」

 「そうか」

 祐一は頷くと周囲を見渡し、そして北川の耳元に口を近づけた。

 「実は……」

 「実は?」

 「ふぅ〜」

 「ぎゃああああぁああ!!」

 いきなり祐一に息を吹きかけられた北川は思わず立ち上がり絶叫した。

 「何しやがる、相沢!!」

 「ほんの軽い冗談じゃないか」

 「帰るぞ」

 「まあ待ってくれ」

 「……今度やったら本当に帰るからな」

 そう言いながら席に腰を下ろす北川。

 そこで今度はまじめに祐一は言った。

 「つまりだな」

 「うんうん」

 「そのだな」

 「うんうん」

 「……子猫の世話を頼みたい!!」

 「うんうん……はぁ!?」

 思わず呆気にとられる北川に祐一は笑い飛ばした。

 「いや〜、真琴のやつが弱った子猫を拾ってきてな。

 捨てると即座に死にそうなんで捨てるに忍びないし。

 俺と真琴とあゆの三人で面倒見ているんだが出動があると手が回らないんだよ」

 「…でオレに?」

 「そっ。あ、ちなみに課長・秋子さん・由起子さん・香里なんかには当然内緒ね」

 「…相沢、お前な……」

 「ラーメンおごるからさ」

 「…見つかった時のことを考えると全然割に合わんぞ」

 北川が反論すると祐一はにんまりした。

 「まあまあ落ち付けって。別に報酬用意したからさ」

 「報酬?」

 頭に疑問符を浮かべる北川に祐一は一通の封筒を差し出した。

 「これだ」

 「どれどれ」

 封筒を受け取った北川は封筒を開け中をのぞき込む。そして驚嘆した。

 「こ、これは!?」

 「どうだ、北川。気に入っただろ」

 「ああ、気に入ったよ。これが報酬なら文句はない。にしても相沢、お前もなかなか悪だな」

 「北川もな」

 「ふっふっふっ……」

 「あはっはっ」

 そして二人は顔を見合わせると高らかと笑う。

 かくして子猫の世話を次の段階を迎えるのであった。







あとがき
今回はとくにないです。

それでは。

2004.01.11

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