機動警察Kanon 第178話













  ザァアアアアー



  秋も深まる今日この頃。

 一昨日から引き続いて降りしきる雨が特車二課の屋根をしっぽりと濡らす。

 そんな憂鬱な空模様を眺めていた沢渡真琴巡査はため息をついた。

 「いったいいつまでこの雨は降り続けるのよぉ〜」

 するとその背後から近づいてくる人影があった。

 「どうしたの、真琴ちゃん?」

 「なんだ、あゆあゆか」

 「うぐぅ、あゆあゆは酷いよ〜」

 抗議する月宮あゆ巡査の姿を見た真琴は肩をすくめた。

 「いったいいつまでこの雨、降るんだろうって思っていただけよ」

 「仕方がないよ、秋雨だもん。去年だってこんな天気だったでしょ」

 「去年……そうね。あの子がやって来たのもこんな天気だっけ」

 急にしんみりする真琴……だがあゆも頷いた。

 「もうあれから一年もたつんだね…」











  「まったく鬱陶しい雨なんだから」

 バスから降り立った真琴は傘を片手にそう愚痴った。

 朝から降り続いているせいで気分が最低最悪状態だっだったのだ。

 「これはもう地球防衛軍の連中の活躍を期待するしかないわね。

 そうすれば美汐が何と言おうと銃を撃ってストレス解消するんだから…クックック…」

 マスコミに聞かれたらやばそうな発言をし、怪しげに笑う真琴。

 しかしすぐに妄想するむなしさから我に返るとバス停からすぐそばの特車二課へと歩き始める。

 足にまとわりつく滴を気にしつつ、一歩、また一歩と特車二課へと近づいていく。

 だがその足が止まった。

 「いったいあの箱は何なのよ!?」

 そう言った真琴の視線の先には雨に打たれ、フニャフニャになりかけた段ボール箱が特車二課の門の脇に

 デンと置かれていたのである。

 「ま、まさかテロリストの仕掛け爆弾!?」

 特車二課が出来て二年ほど……今まで特車二課自体がテロのターゲットになったことなど無かったが、

 だからといってこれからも無いとは限らないのだ。

 「……中身を確認しないとね……」

 真琴は恐る恐る段ボール箱に近づくとしゃがみ込んだ。

 そして段ボール箱に外見上は問題がないのを確認するとそっと箱に手を伸ばした。

 「ミィミィミィ……」

 「何よ、この音は?」

 時限爆弾なら「カチカチカチ」と時を刻む音が聞こえるはず、と思いこんでいた真琴はあっけにとられた。

 だがすぐに気を取り直すと恐る恐る段ボールを開け、中をのぞき込んだ。

 「……はぁ!? ね、ねこ!?」









  「あう〜っ、どうしたらいいのよ〜」

 真琴は弱々しい息の子猫を抱きかかえて途方に暮れていた。

 とにかく何をどうしたらいいのやら!? 完全にパニック状態だ。

 正直言って自分に子猫の面倒を見ることなど不可能なのはわかる。

 だが誰の手にこの猫をゆだねればいいのだろう!?

 そう思いながらトボトボと第二小隊のオフィスへ向かう真琴。

 すると幸いと言うべきかそれとも不幸と言うべきか。あゆが一人で掃除しているところであった。

 「あゆあゆ、ちょっとこっち来なさいよ〜」

 真琴がそういうとあゆは不機嫌そうな表情を浮かべた。

 「ボクはあゆあゆじゃないよ〜。ところで何?」

 「それはその……」

 真琴にしては珍しく煮え切らない態度を不審に思ったあゆは首をかしげつつ近づく。

 そしてはたと気が付いた。

 「真琴ちゃん、そのシャム猫どうしたの?」

 「捨てられてたんだけど…ってシャム猫?」

 「この子の品種だよ。でもずいぶん弱っているね」

 「そうなんだけど……何とか出来ない?」

 「うぐぅ、そんなこと言われてもボク猫飼ったことないからわからないよ」

 「あう〜っ、どうしたらいいのよ〜」

 動物を飼うにはあまり向いていない二人は途方に暮れる。

 だが結論だけは決まっていた。

 「こんなに弱っている子猫を捨てるわけにはいかないよね」

 「当たり前よ!!」

 だがその先はとなると考えはなかった。

 「秋子さんに頼めば『了承』してくれるよね?」

 「でも課長とか由起子さんとか香里さんは反対すると思うよ。

 その三人の反対を押し切ってまで秋子さんに了承させるのは良くないんじゃないかな?」

 「あう〜っ……」

 実質特車二課TOPの秋子さんとはいえ、いやだからこそ強権の発動は慎重にならざるを得ない。

 いくら秋子さんの人柄でカバーしているとはいえ第二小隊は独断専行が多いので反感を買いやすいのだ。

 である以上、任務に関係していない子猫のことで秋子さんの立場を悪くするのも……。

 あまり賢いとはいえない二人ではあったがそういう結論に達することは不可能ではなかった。

 となれば……




  「こうなったらこっそり飼うしかないわね!!」

 「うん、その通りだよ!!」

 まるで捨て犬やら捨て猫を拾ってきた小学生のような結論だった。まあ捨て猫には違いないのだが……。

 「でもどう飼ったらいいのかな?」

 「さあ?」

 やっぱり話は最初に戻っていた。

 ここで延々と話がエンドレスに突入する、かと思いきやそこに救世主が現れた。

 「おまえら朝っぱらから何を騒いでいるんだ?」

 「ゆ、祐一!?」

 「祐一くん!?」

 あわてふためく真琴とあゆ。

 だが祐一はそんな二人には目もくれずに、真琴の腕の中に抱かれている子猫に興味を示した。

 「おっ、子猫じゃないか。拾ったのか?」

 「あう〜っ……祐一、それはそのあの……」

 真琴が口ごもると祐一は頷いた。

 「わかっているって。みんなには内緒にしておく。とくに名雪にはな」

 「お願い……」

 いつもの強気な真琴はどこへ行ったのやら? まるで借りてきた猫のようにしょぼくれている。

 「こいつはシャム猫か。オスとメス、どっちだ?」

 祐一が訪ねると真琴とあゆの二人は首をかしげた。

 「さあ?」

 「よくわかんなよ」

 「じゃあ確かめるとするか」

 そう言うと祐一は猫づかみすると猫の股付近を凝視した。

 「おっ、こいつはオスだな」

 だが二人はそんな祐一の言葉など聞いていなかった。

 「な、何するのよ!?」

 「この子弱っているんだからそんな持ち方したら駄目だよ!!」

 さっさと祐一の手から子猫を奪い取ると、まるで自分の赤ん坊のように優しく抱きかかえる。

 子供子供していてもそこはやっぱり女ということなのであろうか?

 しみじみとそう思う祐一であった。








  ザァアアアアー

  相変わらず降り続く雨の中、祐一は特車二課の敷地の外れにある物置の一つの前にいた。

 真剣なまなざしで周囲委を見渡し、そして意を決したように拳で扉をたたいた。



  トントン トントントン トントン



  一瞬の間の後、扉が細く開いた。

 そして真琴が真剣な眼差しで祐一の姿を確認し、一気に扉の中に引きずり込んだ。

 


  「誰にも見つからなかったでしょうね!?」

 「抜かりはない。それにここなら人目に付くことはないからな。これで良いですか、長森さん?」
 
 バスタオルや牛乳などを懐から取り出す祐一。

 「うん、これでOKだよ」

 そう言って頷いたのは第一小隊の長森瑞佳巡査であった。

 受け取ったタオルを小さな段ボール箱に敷き詰める。

 「こんなに小さいとまだ体温調整が上手くできないからね、こうやって暖めてあげないと駄目なんだよ」

 「へぇ〜なるほど」

 「へぇ〜」

 「へぇ〜へぇ〜へぇ〜」

 一年後にはもはや死語になっていそうな返事をしながら感心する祐一・あゆ・真琴の三人。

 猫を飼ったことがない三人にはこの程度のことでも感心することなのだ。

 「こんなに弱っていると自力でミルクも飲めないからね、スポイトは持ってきてくれた?」

 「持ってきたよ」

 そう言って瑞佳にスポイトを手渡す祐一。

 スポイトを受け取った瑞佳は牛乳を皿に取り、スポイトで少量取った。

 「本当は乳糖を分離した物の方が良いんだけど二課に置いてあるわけないからね、後で買って置かないと。

 それで脱水しないようにミルクをあげて……だいたい二時間おきぐらいが良いかな?

 ちゃんと自分で食事がとれるようになったらもう大丈夫だよ」

 瑞佳の言葉に頷く真琴とあゆ。

 その姿を見た祐一はあゆに尋ねた。

 「ちゃんと覚えているか? あゆ一人で出来るな?」

 「ボクだってこれくらい出来るよ〜!! ……ちょっと不安だけど」

 聞いている方が不安になりそうだ。

 そんなわけで二人のやりとりを聞いていた瑞佳は眉をひそめた。

 「ごめんね。わたしが面倒見られたら良かったのに……」

 「うんん、大丈夫。ちゃんとボクたちだけで面倒見られるよ」

 「本当にごめんね、月宮さん。

 今週は第一小隊が当番だから……それにわたし浩平の面倒も見なくちゃいけないから……」

 「大変だよな……」

 「うん」

 「同感ね」

 猫なんかとは比較にならないぐらい手のかかる折原浩平巡査の世話をしながら、さらにこの子猫の世話も……

 などとは口が裂けてもいえない三人であった。





  「何かあったら呼んでくれればすぐに駆けつけるからね!!」

 何度も念押ししながら戻っていく瑞佳の背中を見ながら三人は決意を露わにした。

 「それじゃあがんばるわよ!!」

 「おおっ!!」

 「おおっ!!」








あとがき
やっとピロの出番だったりします。

だいぶ前から暖めていた話で……そんなわけで今までピロという名前が出てこないのでした。


2004.01.08

感想のメールはこちらから

  


「機動警察Kanon」TOPへ戻る  読み物部屋へ戻る   TOPへ