機動警察Kanon 177話












 
  真っ暗な地下道を人工の光が照らし出す。

 地下に潜った第二小隊の面々が証明のスイッチを入れたのだ。

 そのかすかな光の中、ドイツ製のアサルトライフルG36を手にした祐一は振り返ると指示を出した。

 「真琴、俺と一緒に先頭に立て」

 「わかったわよ」

 そう言って真琴は頷くとM249ミニミを構え、祐一の前に立った。

 そのにやにやしている表情からもう撃つ気満々であることは明白だ。

 そこで祐一は真琴に釘を刺した。

 「俺の指示があるまでは発砲するなよ」

 「あう〜っ、いちいち指示なんて待っていられないわよ。こんなのは臨機応変なんだから!!」

 「やかましいわ。なんのために指揮者がいると思っている」

 そして祐一は続けた。

 「名雪とあゆは後衛につけ。天野と栞は真ん中だ」

 「わかったよ」

 「了承」

 あゆと名雪はそれぞれG36を手に後衛へ。

 「ええ、そうします」

 「わかりました♪」

 前回同様、美汐は対人センサーを、栞は医療用パックを手に中衛へ回る。

 フォーメーションを組んだのを確認した祐一は地上と交信した。

 「ホークウィンドよりトレボー。映像を送る」

 そう言ってヘルメットに取り付けたカメラのスイッチを入れた。

 これで地上に地下迷宮の様子が次々と送られていくはずだ。

 『こちらトレボー。感度良好』

 地上との連絡が取れることは確認した。

 捜索に出ようとした祐一に秋子さんからの連絡が届いた。

 『祐一さん、悪い知らせです』

 「何かあったんですか?」

 『忠山が病院を抜け出したそうです』

 「またここに舞い戻ったと?」

 『その可能性が大です。斉藤さんたちの捜索の他、忠山の保護も平行してお願いします』

 「了解です」

 秋子さんとの交信を終えた祐一は早速他のメンバーにもその情報を伝えた。

「あの野郎〜!! 性懲りもなくまた真琴とやり合おうっていうのね!!」

 憤る真琴。

 「うぐぅ、またあの人がいるの?」

 おびえるあゆ。

 「ねえ、やっぱり止めようよ〜」

 止める名雪。

 「役者が揃いましたね。ダンジョン再び、ドラマみたいで格好良いです」

 浮かれる栞。

 「……………」

 無言な美汐。

 だが進むべき道は一つしかなかった。

 「行くぞ」

 祐一のその一言に第二小隊は地下道を奥深くへと進み始めた。







  真っ暗な地下道を照明だけをたよりに突き進む。




  「壁に寄り掛かるなよ。前と同じ過ちは犯すな」

 「わかってるよ」

 

  「真琴、何か反応があります。注意してください」」

 「何だ〜、ネズミが一匹いるだけだよ」



  「誰か怪我しませんか?」

 「……なんだか怪我して欲しいみたいだよ、栞ちゃん」








  前回の経験を教訓に第二小隊は地下道を突き進む。

 とあるところで地上にいる秋子さんが声を発した。

 『祐一さん、ちょっと待てください』

 「何です?」

 『左です。もうちょっと首を振ってください…あ〜、行き過ぎです。

 もうちょっと上です。はい、そのまま前進してください』

 そこで地下に潜った六人は天井に何が書かれていることに気が付いた。

 「何かいっぱい書いてあるよ」

 名雪の無邪気な言葉に美汐は頷くと天井に書かれている単語を読んだ。

 「WELCOME TO PROVING GROUND OF MAD OVERLOAD……」






  「一生遊んでも飽きないおもしろさ。退屈はさせないわ」

 地上の秋子さんが送られてきた映像を元に訳すと、オペレートしていた北川は怪訝な顔をした。

 「何です、それは」

 「さあ? よくわからないですけど」






  「90歳以下の子供は両親・守護者・司祭または悪魔と同行すること。例外は認めない」

 地下で続きを訳す美汐の言葉に真琴は癇癪を上げた。

 「あう〜っ、何なのよ!?」

 「私にはわかりかねます」

 奇しくも地上で秋子さんと同じような事を言う美汐。

 そのため第二小隊の面々は口々に勝手なことを言い合った。

 「なんだかRPGらしくなってきたな」

 「RPGというとドラクエとかFF?」

 「ちっちっち、甘いですよ名雪さん。この場合はWIZに決まってます」

 「囁き…祈り…詠唱…念じろ!」

 「あゆあゆは灰になった」

 「うぐぅ、酷いよ真琴ちゃん!!」

 「消滅してないだけマシよ〜!!」

 完全に第二小隊の面々は天井に書かれた文字に気を取られていた。

 だから足下に仕掛けられていた罠に気がつかなかったのだ。




  プッン

  「ん、何だ?」

 足下で突然聞こえた音に怪訝な表情を浮かべる祐一。

 だがその疑問はすぐに驚愕に変わった。

 「どわぁあああああ!!」

 突然目の前に数mはあろうかという巨大な何かが数体現れたのだ。

 「この野郎〜!!」

 反射的に叫ぶと真琴は照準を合わせトリガーを引き絞った。



  ドガガガガガガガガガガガガガガガが!!



  真琴の手にしたM249ミニミがその火力を発揮し、NATO採用のSS109弾薬をばらまく。

 「死にさらせ〜!!」



  キューン バズゥン ドキュンー ドガァン キュィーン


  ミニミから放たれた銃弾が跳弾となって第二小隊の面々を襲う。

 「うぐぅ!!」

 「だぉっ!?」

 「はうっ!!」

 「えう〜っ!!」

 「どわぁああ!!」

 『祐一さん、どうしました!?』

 地上から叫ぶ秋子さんの声……だがその声ももはや祐一たちに届くことはなかった……。











   カチンカチンカチン

  

  弾切れになるまでミニミをぶっ放した真琴は呆然としたように呟いた。

 「…一体何事なのよ?」

 「…トラップだ」

 同じく立ち直った祐一は立ち上がると悔しそうに吐き捨てた。

 「こんなちゃっちい仕掛けに引っかかるなんて……。各自被害状況を報告せよ」

 「うぐぅ、美汐ちゃんが失神しちゃったよ。それと対人センサー行方不明」

 「医療キットも所在不明です。えう〜っ、私の見せ場が……」

 「投光器が破損しちゃった」

 「俺のもだな。それとVTRに無線もやられた」

 「被害甚大ね」

 真琴のその一言に祐一は叫んだ。

 「全部お前がやったんだよ、お前が!!」

 「な、何よ!! 全部真琴のせいにする気!?」

 「だれがどうみたってお前の仕業だろうが!! トラップは何も攻撃してこなかったぞ!!」

 「あう〜っ……」

 ぐうの音もでない真琴はへこむ。

 「これってやっぱりあのおじさんの仕業?」

 名雪の言葉に祐一は頷いた。

 「おそらくはそうだろうな。他に誰がこの地下に潜り込む?」

 「そ、そうだね」

 頷く名雪に祐一は上でを組んで考えこんだ。

 「しかし困ったな。これじゃあもう上とは連絡とれないぞ」

 「一度地上に戻りますか、祐一さん?」

 栞がそう言うとへこんでいたはずの真琴が叫んだ。

 「事は急を要するのよ! こうなったら前進ただあるのみよ」

 「…どうせ帰り道はわからないしな」

 ぼっそり呟いた祐一の言葉に名雪・あゆは叫んだ。

 「祐一、マッピングしてなかったの!?」

 「うぐぅ、ボクたち迷子!?」

 それに対して祐一は気周り悪そうに答えた。

 「悪かったな。俺はああ言う面倒なことは嫌いなんだ」

 「そんな……」

 とはいえここに至ってはもはやどうしようもなかった。

 「名雪、真琴と位置を変われ。あゆと栞は美汐を頼む」

 「な、何でよ!!」

 トップから外されるのを不満に感じ、抗議する真琴。

 だが祐一は真琴の抗議を一蹴した。

 「当たり前だろうが。お前を先頭にしていたら命がいくつあっても足らないぞ」

 「あう〜っ……」

 「それじゃあ行くぞ。前進!!」

 「「「お〜っ!!」」」

 そして第二小隊は再び進み始めた。










  「うぐぅ〜!?」





  「あう〜っ!?」





  「だぉ〜!?」





  「どわぁああ!!」





  「えぅ〜っ!?」











  「やっぱり来るんじゃなかったよ……」

 「ボク…ボク……」

 「えう〜っ…お腹空きました……」

 「いったいどこにいるのよ〜!?」

 肉体的にも精神的にもボロボロ状態な第二小隊。

 そんな状況に祐一は思わず呟いた。

 「こりゃあ斉藤たちも生きてないかもな……」

 「だね……」

 「それより私たちの命の方が風前の灯火です」

 栞のその一言に皆、黙りこくった。

 「……………」

 「……………」

 「……………」

 「……………」

 やがてその沈黙に耐えられなくなった真琴は思わず叫んだ。

 「だぁ〜!! な、何よ、この湿っぽい雰囲気は!! まだゲームは終わった訳じゃないのよ!!」

 「ゲームオーバー寸前でキャンプ中だろ」

 「そ、それでもまだ全滅した訳じゃないでしょ!!」

 「それなら何か良い考えあるのか?」

 「それはその……無いけど……」

 「だろ……」

 もはや絶望にどっぷり浸っているパーティー。

 誰も言葉を発しようともしない…と突然な名雪が立ち上がった。

 「どうした、名雪?」

 祐一が尋ねると名雪は顔を真っ赤にしてあわてた。

 「な、何でもないよ!! …あゆちゃん、ちょっと一緒に来てくれない?」

 「別に良いけど…名雪さん、どうしたの?」

 怪訝な表情のあゆに、名雪は耳打ちした。

 「ごにょごよぎょにょ」

 「わかったよ。…ボクも良いかな?」

 「うん、一緒にしよ」

 そう言って名雪とあゆの二人はその場から離れようとする。

 そこで祐一は二人を止めた。

 「おい、二人ともどこへ行くつもりだ? 罠があるかもしれないからここを離れるな」

 「ちょっとそこまでだから心配すること無いよ」

 名雪はそう言うが祐一は納得しなかった。

 「心配ないってここは危険だらけだぞ。どうしても行くって言うならみんなで行動すべきだ」

 だがこれから彼女たちがやろうとすることに祐一がついてくるのだけは勘弁したかった。

 「栞ちゃんや真琴がついてくるのは構わないけど祐一はここに残ってよ」

 「何でだ?」

 「う〜ぅ、それはその……」

 「それはその?」

 食い下がる祐一に、名雪は叫んだ。

 「トイレに行きたいんだよ!!」

 「そ、そうか……」

 「そうなんだよ!! それでもついてくる気!?」

 「い、いや……」

 「じゃあ良いよね?」

 「お、おう……」

 さすがに異性のトイレについていくは拙い。祐一は気まずそうに頷く。

 「行こう、あゆちゃん」

 「うん、名雪さん」

 二人は仲良く連れ立って連れションに向かい、祐一たちの視界から消えると突然叫び声を上げた。

 「ゆ、祐一!!」

 「祐一くん!!」

 「な、何だ!?」

 あわてて名雪とあゆのもとへ駆け寄る祐一&真琴&栞+未だ失神中の美汐。

 そこで四人……というか三人が見たものは一つの扉であった。




  「うぐぅ、どこかで見たことがあるがある扉だよ」

 あゆの言葉に祐一は深々とうなずいた。

 「忘れてたまるか。あれは迷宮の悪魔、忠山のアジトだ」

 「あのこそ泥!! こうなったら斉藤たちの弔い合戦よ!!」

 奮起する真琴に祐一はうなずいた。

 「強襲をかけるぞ。全員戦闘準備」

 祐一の指示に全員薬室に銃弾を送り込んだ。

 「真琴、お前の見せ場だ。蹴破って突入しろ。そのあとに俺・名雪・栞・あゆが続く」

 「わかったよ」

 「了解です」

 「任せなさいよ」

 「OKだよ」

 自分がなすべきことを理解した一同は扉に前に張り付いた。

 「ちぇすとー!!」

 そう叫ぶや否や真琴は扉を蹴破った。

 そして中にいるであろう忠山の反撃準備を整えさせる前にと六人(美汐は失神中)は一気に部屋になだれ込む。

 そこで彼らが見たのは……のんびりご飯を食べている斉藤以下三人の姿であった。

 「よお、相沢」

 思わず脱力してしまった第二小隊の面々……だがすぐに立ち直った真琴は叫んだ。

 「……『よう、相沢』じゃないわよ!!」

 そしてミニミのトリガーを容赦なく引き絞った。




 ズガガガガガガガガガガガガガ!!




  「人が心配して助けに来てやったっていうのに何あんたたちはこんな奴と何のんびりメシ食ってるのよ!!

 市ね! 氏にやがれ!! 死んで詫びをいれろ!!!」

 そして再びミニミをぶっ放した。



 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!



  「うぉ〜!!」

  ぷっつんした真琴の手にしたミニミから放たれた銃弾が家具を次々に吹っ飛ばす。

 「うわぁああああ!!」

 「た、助けてくれ〜!!」

 「お母ちゃ〜ん!!」

 逃げまどう三人の整備員たちを見て真琴は笑った。

 「あははははっ!! 踊れ、踊りなさいよ!!」

 「ちょ、ちょっと真琴ちゃん。話を聞いてくれ!!」

 「問答無用!!」

 

  ゴチーン



  「あうっ……」

 突然うめき声を上げばたりと前のめりに倒れた真琴。

 その後ろにはG36のストックを真琴の頭に振り下ろした祐一の姿があった。

 「斉藤、話を聞かせてもらおうか」
 
 「お、おう……」
 








  「かくがくしかじかこういうわけで……」

 斉藤の話を聞いた祐一はうなずいた。

 「なるほど、一言にまとめるなら迷子になっていたところを助けてもらったというわけだな」

 「頭はちょっとおかしいけど根はいい人みたいだな」

 「道中ひどい目にあった俺たちとしては素直にうなずけないが……例の物は?」

 すると斉藤はにやりと笑った。

 「龍の涙。おっさんから聞き出したんですが……」

 「うん」

 「このすぐ下の階にごろごろ転がっているのを見たと……」

 「本当か!?」

 「いっぱい、いっぱい」

 忠山の言葉に祐一と斉藤は顔を見合わせ、にやりと笑った。

 「それじゃあ行こうか」

 「「「おう!!」」」

 すると名雪が叫んだ。

 「わ、わたしは反対だよ!! 三人の回収という任務は達成したんだし早く地上に帰ろうよ」

 だが祐一は首を横に振ると名雪の肩に手を置き、顔をのぞき込んだ。

 「名雪……確かに任務は達成した。だから後はおまけだ。駄賃だ。事のついでだ」

 「私は反対だよ!!」

 「何でだよ!? ここから目と鼻の先に2億円がゴロゴロしてるんだぞ。お前欲しくないのか!?」

 「そ、それは……」

 名雪は即座に言い返すことはできなかった。

 たとえ警察官といえども人は人。お金はいくらあってもいいのだ。

 「たった一つで一生イチゴに困ることはないんだぞ!! 

 それに名雪、お前レイバー用の超高級ハイポリマーワックス欲しがっていただろ。

 ちょっと帰りに寄り道するだけでそれらがドラム缶単位で山のように買えるんだぞ。欲しくないのか?」

 「ほ、欲しいよ……」

 「真珠一粒あればたい焼きが200万個も買えるんだぞ。一日10個ずつ食べても約540年も食えるんだぞ」

 「うぐぅ、540年も!? ほ、欲しいよ!!」

 墜ちた名雪にあゆを見た祐一はその矛先を変えた。

 「栞だってもう金の事なんか気にせずにアイスがいくらでも買えるんだぞ。

 給料日じゃなくったってハー○ンダッツのアイスが食べ放題だ!!」

 「最高です!!」

 続いて栞が墜ちると祐一は気絶している真琴をたたき起こして叫んだ。

 「真琴、お前サイドアームにグレネードランチャー欲しいって言ってたよな。

 真珠一粒持ち帰ればM203だろうがM79だろうがMk19だろうがMGLだろうが買い放題、撃ち放題だぞ!!

 むろん肉まんだって中華街の最高品が食い放題だ!!」

 「さあ早く行くわよ、祐一!!」

 気絶している美汐が彼らを止められるはずがなく……彼らは欲望まっしぐら。

 忠山の情報に基づいてさらに地下深くへと潜るのであった。









  「ここか」

 祐一たちの目の前にある扉。

 その先には忠山の言う龍の涙……彼らの求める巨大な真珠が眠っている。

 「…行くぞ」

 「うん」

 固唾を飲むと固く閉ざされている扉に手を伸ばした。

 「…鍵かかってる……」

 「…栞、ライアットガン寄こせ」

 「はい、祐一さん」

 今までただひたすら背負っていたライアットガンを渡す栞。

 それを受け取った祐一は弾丸を装填すると扉の蝶番に向けて発砲した。

 バァーン バァーン バァーン バァーン

 「どりゃあ!!」

 そして扉を勢いよく蹴飛ばす祐一。

 すると扉は大きな音を立てて倒れた。

 「いよいよお宝と対面ね……」

 各々何かあったときのために武器を構えながら扉を抜ける。

 すると彼らの目に無数の真珠とおぼしきものが飛び込んできた。

 「……………」

 「……………」

 「……………」

 「……………」

 あまりの光景に一同声も出ず、ただ立ちつくすだけ。

 だがその中で一番に気を取り直した名雪の

 「……真珠だよ」

 の声に我に返った。

 「やった、真珠だぞ!!」

 「やっほ〜♪ 真珠、最高〜♪」

 「やった〜!!」

 「きゃっほ〜!!」

 「わぁ〜い!!」

 夢中になった一同は手にしたものを放り出すと真珠? に駆け寄った。

 そして夢中になって転がっている真珠? をかき集める。

 「肉まん♪ 肉まん♪ グレネードランチャー♪ グレネードランチャー♪」

 「念願の宿直室の改装♪」

 「イチゴ イチゴ イチゴ〜♪ それに超高級ハイポリマーワックス♪」

 「干物生産工場〜♪」

 「毎日たい焼き食べ放題〜♪」

 「アイス♪ アイス♪」
 
 「娯楽室♪ 娯楽室♪」

 「これで大金持ちだ〜♪ 安月給な警察官なんか辞めちゃる〜」

 だがそのとき名雪がはたと気がついた。

 「あれ? なんか変だよ。ゆ、祐一〜」

 「何だ、どうかしたのか?」

 名雪の声に真珠をかき集める手を止め名雪の元へ駆け寄る祐一。

 真琴・栞・あゆ・斉藤・佐々木・小松崎も何事かとよってくる。

 すると彼ら全員の目の前で真珠とおぼしきものの表面に亀裂が走った。

 「な、何だ?」

 「何が起こったの?」

 動揺する彼らの目の前でひびが入った真珠とおぼしきものはぱっくり割れた。

 そして中から小さな小さな白いワニの子供が出てくる。

 「これは……」

 「ど、どういうこと!?」

 「…もしかしてワニの卵?」

 呆然とする一同を無視して次々と真珠……いやワニの卵が割れ、中から次々とワニが孵化していく。

 




  「ゆ、祐一〜」

 「な、何だよ」

 名雪の言葉に我に返る祐一。

 すると名雪は震える声でとんでもない意見を述べた。

 「今、気がついいたんだけど……」

 「何だよ…?」

 「こんなにたくさんの卵があるって事は……」

 「まさか……」

 名雪の言葉に祐一だけではなく真琴・栞・あゆ・斉藤・佐々木・小松崎もごくっとつばを飲み込んだ。



  パシャン



 とその時、遠くの方で大きな水音が鳴り響いた。

 「お、おい……」

 「ま、まさか……」

 「うぐぅ…」

 「えう〜っ」

 誰彼言うこともなく後ずさりする一同。

 と突然目の前に数匹の白いワニが現れた。

 「ど、どっしぇ〜!!」

 「ワ、ワニだぁ〜!!」

 


  ワニの巨大な口にかぷっとされるのは勘弁して欲しい一同は一斉に逃げ出した。

 後ろも振り替えずにただひたすらに足を動かし、ワニから逃れようとする。

 だがせっかくのご馳走だ。

 ワニも全力で彼らを追いかける。

 「だ、だぉ〜!! 怖いよ〜!!」

 「うぐぅ〜!! 助けてよ〜!!」

 「あう〜っ!! 何とかしなさいよ〜!!」

 「えぅ〜!! ワニなんて嫌いです!!」

 前に追いかけられた恐怖がよみがえったのか絶叫しながら逃走する。

 「だからイヤだっていったんだよ〜!!」

 「ゆ、祐一のバカ〜!!」

 「う、うるせ〜!! 今はそれどころじゃないだろ!! それよりこっちの方が数は上だ。

 次の分岐点で二手に分かれて奴らを巻くぞ!!」

 「「「「「「「おっー!!」」」」」」」」



  だがそうはうまくいかなかった。

 最初に現れた分岐点で祐一が走りながら振り返ったとき…その後ろには9人の姿があった。

 「ふ、二手に分かれろって言っただろ!!」

 「真琴はこっちに曲がりたかったのよ!!」

 「ボ、ボクも!!」

 「わたしも!!」

 「私もです!!」

 「俺もだ!!」

 「同じく!!」

 「右に同じ!!」

 「やかましい!! 次の分岐で真琴は斉藤たちと右に行け!! あゆは美汐を頼むぞ!!」

 そして今度こそ二手に分かれた一同はただひたすらに逃げる。

 だがそれはほんのわずかでしかなかった。

 「ど、どきなさいよ〜!!」

 目の前から真琴たちが現れ、そのまままた祐一たちと合流してしまったからだ。

 「バカか、お前は!! 何でこっちに逃げてくるんだよ!!」

 「この状況で四の五の抜かさないでよ!! 逃げてたら勝手に合流しちゃったのよ!!」

 「くそったれ!!」

 もはや彼らに出来ることは体力の続く限りただひたすらに逃げることだけであった。

 とはいえ

 「はぁはぁはぁ……も、もう駄目です……」

 「うぐぅ……美汐ちゃんが重いよ……」

 「たじけてくれ……」

 「お、俺はもう限界っす……」

 「だ、だらしがないわよ…!!」

 と各自体力の限界は近づいていた。

 「みんな、ふぁいとだよ」

 体力ありまくりな名雪ぐらいであろうか、まだゆとりそうなのは。

 とその時、もっともバテ気味であった栞が気がついた。

 「あれ? なんだか少し足を動かすのが楽になった気がします」

 「本当だ。何でだろう?」

 急に体が軽くなったように感じた一同はこれ幸いにと加速する。

 その先がとんでも無いことになっていることも知らずに……。






  「ねえ、なんだか傾いている気がするよ」

 みな薄々感じ始めていたその事実を名雪が言ったとき……それはもう手遅れであった。

 進む先に何があろうが数匹のワニが背後から迫る状況で今更足を止めることは出来ない。

 「どわぁあああああ!!」

 「あ、足が勝手に動くよ!!」

 「うわぁああああ!!」

 「た、助けて〜!!」

 ただひたすら奈落に向かって走る。




  そしてついにその時が来た。



  「ぬわぁあああああ!!」

  祐一は空を飛んだ。

 高さ10m幅5mはあろうかという巨大な下水道を弓なりな軌道で飛び越し、反対側の壁にぶち当たる。

 そのままであれば真っ逆さまに落ちるところであったが、大事な命がかかっているのだ。

 火事場の糞力を発揮して目の前に走っている細い下水管をつかんで落下を免れる。

 これでほっと一安心。

 安堵のため息を漏らした祐一ではあったがそれは長くは続かなかった。

 祐一の後を走っていた名雪・真琴・あゆ・栞・斉藤・佐々木・小松崎・忠山……それに背負われた美汐が

 同じように空を飛び祐一に次々としがみついたのだ。

 「は、離せ!! 重いだろ!!」

 祐一が抗議すると女性陣が叫んだ。

 「ひ、ひどいです祐一さん!!」

 「そうだよ、そうだよ!!」

 「ボク、太ってる?」

 「真琴が重たいですって!? 許さないんだから!!」

 「わかった軽い、軽い!! だからその手を離せ!!」

 下では先に落ちたワニが口を大きく開けて、彼らが落ちてくるのを今か今かと待っているのだ。

 思いっきり利己的に祐一が叫んだがその望みは叶うことはなかった。

 「ここまで来たら呉越同舟一蓮托生、死ぬときも一緒です、祐一さん。

 ああ、なんてドラマみたいに素敵なんでしょう!!」

 半ばマジ、半ば逝った目で栞が叫べば斉藤も

 「整備班あっての特車二課だぞ、相沢!!」

 と叫ぶ。

 だが祐一はそんなのはごめんとばかりに叫ぼうとした。

 しかしその時「ギギィー」とイヤな金属音が鳴り響いた。

 「何の音だ?」

 音のした方向に顔を向ける祐一。

 すると祐一が必死になってつかんだ細い下水管が彼ら10人の重みに耐えかねてひしゃぎ始めていたのだ。

 「う、嘘だ……こんな事は嘘だ……」



 ミキミキミキ



 「こんなバカなことがあってたまるか……」



 ミキミキミキ  グッシャン



 「こんなバカな〜〜〜〜〜〜!!」

 「だぉ〜〜〜〜〜〜〜!!」

 「うぐぅううううう〜〜〜〜〜!!

 「えぅ〜っ〜〜〜〜〜!!

 「あう〜っ〜〜〜〜〜!!」




















 ボチャン

















あとがき
これで「迷宮再び」編は完結です。

アニメとは違うラストにしようかとも思いましたが良いアイデアでなくて……。

謎ジャムねたも考えたんですが、この後すぐに謎ジャムメインの話を書きたかったんでやめました。



2003.12.21

 

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