機動警察Kanon 第174話











  「くー」


  「…くー」


  「くー」


  「…くー」


  久しぶりの休日を名雪は完全に熟睡して過ごしていた。

 一ヶ月あまりの缶詰状態に疲れ果てていたのであろう。

 また昨夜の栞と一緒にイチゴ&アイス巡り旅で遅くまでブラブラしていたのも影響していたのかもしれない。

 まあとにかくただひたすら眠り続けていたのである。

 とはいえいつまでも惰眠をむさぼることなど出来なかったが。




  タッタッタタタ

  ドタドタドタ



  警察の寮内をテンポ良く走る足音が響いてきた。

 「こら〜!! 廊下は走らない!!」

 「ごめんなさい〜!!」

 「今急いでいるんだよ〜!!」

 その足音はどんどん近づいてくる……といきなりバタンと名雪の部屋のドアが開け放たれた。

 そして眠っている名雪の元に駆け寄ると叫んだ。

 「名雪さん、起きてよ!!」

 「くー」

 だがそんなことで起きるほど名雪は甘くはなかった。

 相も変わらず熟睡中のままだ。

 その状況に名雪を起こそうとしたあゆは情けない声を上げた。

 「名雪さん、起きないよ。どうしよう〜、栞ちゃん?」
 
 情けない声を上げるあゆに栞はにっこりほほえんだ。

 「お姉ちゃんから良い方法を聞いていますからそれで行きましょう」

 「良い方法って何?」

 「それはですね…」

 栞はあゆの耳元に口を寄せるとささやいた。

 「え〜っ!? それはいくら何でも酷いんじゃあ……」

 「それじゃああゆさん、名雪さんを起こせます?」

 「そんなの無理だよ。祐一くんじゃないんだから」

 「なら構わないじゃないんですか?」

 「…それもそうかもね」

 すぐに自分の主張を引っ込めたあゆは頷いた。

 「それじゃああゆさんは右足を持ってください。私が左足持ちますから」

 「わかったよ」

 二人はパジャマ姿のままの名雪の足を取ると「えいやあ」と引っ張った。



 ズルズル  ゴチン



  「…今良い音しなかった?」

 「…気のせいです。それより急ぎましょう」

 揃って頷くとあゆと栞は名雪を引きずりながら歩き始めた。





 「お待たせしました〜♪」

 あゆと栞が名雪を引きずりつつ寮のロビーへとやって来た。

 ここには共用の大型テレビがどんと置かれているのである。

 そしてその前には真琴と美汐の二人がソファに腰掛け観戦中であった。

 「状況に変化はあった?」

 あゆの言葉に美汐は首を横に振った。

 「まだ動きはありません。それより…まだ寝ているのですか?」

 「うぐぅ、だって名雪さん起きないんだよ〜」

 泣き言を言うあゆにテレビを見ていた真琴が意地悪そうな表情を浮かべた。

 「あはは…あゆあゆもしおしおも本当に役に立たないんだから〜」

 「そんなこと言う人、嫌いです!!」

 「うぐぅ、酷いよ真琴ちゃん〜!! それなら真琴ちゃんが名雪さんを起こしてよ〜」

 あゆの言葉にに真琴は即座に反論した。

 「あう〜っ、真琴は無駄なことはしない主義なのよ〜」

 「それはずるいよ〜。…美汐さん、起こせる?」

 「私に名雪さんを起こせと? そんな酷なことはないでしょう」

 みんな名雪を起こすのは無理と思っているようだ。

 しかし今は何をしてでも名雪を起こしテレビを見せたいところ。

 そこでついに最終兵器が登場するときがやってきた。

 「こうなったら仕方がないですね」

 栞はそう呟くとポケットの中に手を入れごそごそ探し始めた。

 「何か良い方法あるの?」

 あゆの言葉に栞は頷くとポケットからある物を取り出した。

 「これを使います!」

 高々と手を挙げ宣言する栞。

 そしてその手に握られている物を見てあゆ・真琴・美汐の三人は一斉にその場から後ずさりした。

 「うぐぅ!!」

 「あうっ!!」

 「そ、それはまさか……」

 おびえる三人の顔を見ながら栞は頷いた。

 「はい、そのまさかです。こんなこともあろうかと三年以上持ち歩いていた甲斐がありました」

 「三年以上って……」

 「酷いんですよ、お姉ちゃん。

 これのことについて何も話してくれなくて私危うく逝ってしまうところでした」

 「…それを名雪さんに食べさせるのは酷だと思います……」

 あゆと真琴はガクガクブルブル状態で役に立ちそうにないので美汐は震える声で栞を止める。

 すると栞は笑った。

 「いやですね。まさか本当にこれを名雪さんに食べさせるなんて思ってませんよ」

 「…それではどうしようというのです?」

 「こうするんですよ」

 そう言うと栞は名雪に近づくとにやりと笑った。

 「それじゃあ行きますよ」

 カシャ

 ほんの小さな小さな金属がこすれる音……だが名雪は飛び起きた。

 「だ、だお〜!?」

 「ほら起きました」
 
 栞は笑うと手にした物を厳重にしまい込んだ。

 「おはようございます、名雪さん」

 「お、おはよう栞ちゃん……ねえ今アレなかった?」

 「アレってなんですか?」

 にこにこ顔で答える栞の言葉に名雪は乾いた顔で笑った。

 「な、何かの間違えだよね、うん」

 必死になって自分をごまかしているようだ。



  そんな二人のやりとりを見ていたあゆ・真琴・美汐の三人は栞に聞こえないように呟いた。

 「うぐぅ〜、栞ちゃんが怖いよ〜」

 「やるわね、しおしお…」

 「…正直言って見くびっていました。認識を改めないと行けませんね」



  「目は醒めました?」

 栞の言葉に名雪は頷いた。

 「あ、うん。もう起きたよ……でもなんだか頭が痛いんだけど……」

 ベッドから落とされた時、それに廊下を引きずってきた時にも頭を打っているのだから頭が痛いのは当然だ。

 しかし栞はそれを否定した。

 「気のせいです」

 「そうかな……」

 「気のせいです!!」

 「そ、そう……」

 結局、栞に押し切られてしまう名雪であった。




  「ところでみんなそろっているけど何かあったの?」

 名雪の素朴な疑問に一同そろって手をぽんと打った。

 「名雪さんがいつまでたっても起きないんで忘れてました」

 「うぐぅ、テレビ終わっちゃったかな?」

 「あう〜っ、どうするのよ〜!?」

 「大丈夫です、まだ進展はありません」

 「だから何なんだよ〜!?」

 いったい何のために自分が起こされたのかわからない名雪は珍しく癇癪をあげた。

 するとメンバーで一番階級が上な美汐が説明した。

 「今テレビで第一小隊の初出動を中継中なんです」

 「第一小隊って……Airの初陣!?」

 「はい、そのとおりです。ですから名雪さん……ってもうテレビにかじりついていますね」

 名雪の行動に美汐は苦笑した……がすぐに気を取り直すと他のメンバーにも声をかけた。

 「それではAirの研究と行きましょう」

 「「「は〜い」」」

 そんな訳で五人はテレビの前に陣取ると第一小隊の初陣を見守ることにした。
 





  「事件はどんな感じなの?」

 名雪が尋ねると隣に座っていたあゆが答えた。

 「商店街を酔っぱらい運転だって」

 「それじゃあ迂闊に手を出せないね」

 名雪の言葉に美汐は頷いた。

 「その通りです。市民に被害を出すわけにはいきませんからここは様子見ですね」

 「中継中に事件解決するのかな?」

 「18時台のニュースまではやると思います。それより動きましたね」

 テレビ画面の中では酔っぱらい運転中のタイラント2000の前と後ろにAirがついたのがはっきりと見てとれた。

 「えっ!? あっ、本当だ。何でだろう?」

 「…情報不足なのでなんとも。ただこの先に重要な物があるんでしょうね」

 するとテレビの中のアナウンサーが絶叫した。

 『た、大変です!! 犯人の進行先には総合病院があるんだそうです!!』

 『避難は終了しているのですか?』

 『それが重病人もいるとかで避難は無理だとか』

 『それで警察も動きはじめたんですね』

 この期に及んではアナウンサーや司会者の声など邪魔者でしかなかった。

 第二小隊の面々は皆テレビに釘付け状態だ。

 やがてAir二機に挟まれたタイラント2000は我慢の限界を超えたのであろうか、Airに襲いかかった。

 圧倒的なパワーを誇る重量級レイバーのタイラント2000だ。

 その攻撃力は半端な物ではない。新型のAirといえどもその一撃は十分致命傷になり得るのだ。

 となれば先手必勝で一撃で仕留めるのが被害を最小限に食い止められるはずだ。

 ところがテレビの中の第一小隊のAirの動きは違っていた。

 タイラントの攻撃を避けながら後退して下がっていくのだ。

 ジーッとテレビを見続ける一同ではあったがやがて真琴がしびれを切らして叫んだ。

 「何ぐずぐずしているのよ!! さっさとけり付けなさいよ!!」

 だが一緒に見ていた名雪には違和感があった。

 「…なんか変だね」

 「うぐぅ、何が変なの?」

 「口では上手く言えないんだけどなんかちょっと違うよ…」
 
 すると美汐が真剣な表情で言った。

 「…Airの周辺を見てみてください」

 「Airの周囲? 何かとくに変わった様子はないけど……」

 「そうですよね?」

 「あう〜っ、何なのよ〜!?」

 あゆ・栞・真琴の三人は名雪が感じた違和感をどうしてもつかめないでいた。

 だが違和感を覚えた名雪は美汐の指摘でその正体に気が付いた。

 「…まわりに被害を何も与えていないよ〜」

 「その通りです」

 名雪の言葉に美汐は深々と頷いた。

 「後ろ向きに歩いているのに路上駐車中の車や自転車に全く一つ与えていません。

 それにタイラントの攻撃も自機のみならず商店街の建物にすら傷一つ与えていないのです」

 この事実にあゆ・栞・真琴は驚いた。

 「本当だよ!! すごい……」

 「なかなかやりますね……」

 「真琴には真似できないわよ……」

 「AirもKanonと同じで教育すればするだけ性能が上がるわけですが……第一小隊はAirをこの方針で鍛え

 挙げていく方針に決めたようですね」

 「すごいね……」

 「はい……」

 「あう〜っ〜」

 「ぽかーん」

 頼もしいまでの性能を発揮するAirをただ関心するだけの四人。

 とテレビの中で大きな動きがあった。

 交差点のど真ん中に差し掛かったところでAirが一気にタイラントに襲いかかったのだ。

 そしてそのまま一気に大外刈りで足をなぎ払うとその場に組み伏せた。

 そこへ後続のもう一機のAirがスタンスティックを突き立て、タイラント2000は活動を停止させた。



 第一小隊は無事に任務を成功、Airの初陣を勝利で飾ったのである。




  「…さすがた新型、強いんだね〜」

 あゆのその一言に黙りこくってしまった名雪・真琴・栞も口を開いた。

 「うぅ〜、わたしのKanonは誰にも負けないんだよ〜」

 「ま、真琴だって!!」

 「仕事が楽になりそうですね」

 

  かくして特車二課は新たなる体制へと速やかに移行されるのであった。










  さてそのころシャフトエンタープライズジャパンは企画七課では

 「あははは〜。佐祐理が帰国して早々見せてくれるじゃないですか〜♪」

 いつのまにやら日本に戻ってきていた倉田佐祐理は朗らかに笑った。

 「前回は邪魔が入って失敗してしまいましたけど今回はそうは行きませんよ〜♪

 そうですよね、みちる?」

 「そんなの当たり前〜♪ 今度は負けないんだから〜!!」

 張り切るみちるに

 「元気なことは良いことです…」

 その保護者の遠野美凪。

 そんな三人を見て

 「……なんだかとっても不安……」

 気苦労が絶えない川澄舞なのであった。





あとがき
一応グリフォン編第二部への布石をかねてということで。

でしばらくはストーリーに関係ない話で進めていくつもりです。


2003.11.26

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