機動警察kanon 第172話








  「よっこいしょっと」

 止まったキャリアの助手席から名雪はエイと飛び降りるとぐっと大きく伸びをした。

 「あ〜疲れたよ」

 そこへキャリアの運転席から降りた栞が声をかけた。

 「お疲れ様でした、名雪さん」

 「お疲れ様だよ、栞ちゃん。今日も一日大変だったね」

 名雪の言葉に栞はしみじみとうなずいた。

 「本当ですよね。もう二週間以上休み無しで埋め立て地にこもりっぱなし……。

 私たちの基本的人権はどこへ行ったんでしょう?」

 「そんな言葉、特車二課の辞書には書かれていないと思うよ」

 「ですよね……はぁ〜」

 「はぁ〜」

 二人はため息をつくと小隊のオフィスへと歩き始めた。

  
 
 
  「やっぱり早く第一小隊が現場復帰して欲しいよね」

 歩きながら名雪が言うと栞はうなずいた。

 「新型に機種変換しての復帰ですから、すごく楽になるんでしょうけどね……」

 「今はそんなことよりただ休みが欲しいよ。

 もうイチゴサンデー二週間以上も食べてないんだよ〜」

 名雪が泣き言を言うと栞は憐憫の情を浮かべた。

 「私は出動の帰りにコンビに寄ってアイス買ってますけど確かにイチゴサンデーはそうも行きませんからね」

 「そうなんだよ〜。あゆちゃんも真琴もその手が使えるけど私は無理なんだよ〜。

 今はショートケーキとかイチゴジャムとかイチゴ大福で我慢してるけど……」

 「あと数日の辛抱ですから我慢してください」

 「うぅ〜、本当にあと数日我慢すればいいの?」

 まるで小さな子供のような名雪の態度に栞は笑いつつもうなずいた。

 「お姉ちゃんからの情報によると間違いないです」

 自信満々の栞の言葉に名雪はうなずいた。

 「香里がそう言っていたの? それなら間違いないよね」

 「はい、お姉ちゃんからの情報で間違っていたことはありません。

 そういえば新型機のことでお姉ちゃんからおもしろい話聞いたんですよ」

 「へぇ〜どんな話?」

 「それがですね……」

 栞がそこまで言いかけたとき二人は目的地であるオフィスに到着したのに気が付いた。

 「続きは中で話しましょう」

 「そうだね」

 二人は仲良く第二小隊オフィス内へと入っていった。




  「名雪さんに栞ちゃん、事故処理お疲れ様〜。それと祐一くんは?」

 あゆのその言葉に名雪と栞は祐一の出番がここまで無かったことに気が付いた。

 「そういえば祐一、見かけなかったね」

 「どうしたんでしょう? 私たちと一緒に帰ってきたんですけど」

 ちょっと考え込む二人。だがすぐに結論付けた。

 「きっと北川くんたちと遊んでるんだよ」

 「きっとそうですよね」

 すっかり遊んでいることにされてしまう祐一。

 実はこのとき秋子さんに報告していたのだが……よほど信用されていないようだ。

「それよりあゆちゃん。留守はどうだった?」

 「平穏無事だよ。……真琴ちゃん以外は」

 そう言ってちらっと机に向かっている真琴を見るあゆ。

 その視線を名雪と栞が追うとそこでは真琴が山と積まれた書類と格闘中であった。

 「真琴、どうしたの?」

 名雪が素朴な疑問を投げかけるとあゆは一瞬答えにくそうな表情を浮かべたもののすぐに口を開いた。

 「真琴ちゃん報告書を書くのをさぼっていたのが美汐ちゃんにばれちゃったんだよ」

 「それであの状況?」

 「うん、そう……」

 情け無さそうに頷くあゆに栞は呆れた表情を浮かべた。

 「全く何やっているんでしょうね、真琴さんは」

 すると栞の言葉を聞きつけたのであろう、真琴はきっと顔を上げると叫んだ。

 「何よ!! しおしおには関係ないでしょ!!」

 「そ、そんなこと言う人嫌いです!!」

 叫ぶ栞を見て笑う真琴。

 するとまじめにお仕事中であった天野美汐巡査部長が立ち上がり口を開いた。

 「真琴、どうやら報告書は書き終わったみたいですので確認しますよ」

 「あうっ!! それがその〜」

 「まさか終わっていないとか言うつもりはありませんよね?」

 じーっと見つめる美汐の視線に真琴は思わず首を項垂れた。

 「あう〜っ、ごめんなさい……」

 「…ならば口ではなく手を動かしてください」

 「はい……」

 意気消沈して再びデスクに向かう真琴の姿に名雪・あゆ・栞の三人は小さな声でくすくす笑った。

 「真琴は本当に天野さんに頭が上がらないね〜」

 「いつもがいつもだけにそのギャップがおもしろいですよね」

 「いつもああだとボクの苦労も少なくて良いのに」

 そんな三人の言葉が聞こえたのか真琴が顔を上げて恨めしそうに見つける。

 がすぐに美汐の視線に気が付いて書類にとり向かう。

 その姿がまたおかしく、くすくす笑う三人であった。




 「それはそうと栞ちゃん、さっきの話の続きは?」

 今さっきの事故処理に関する報告書を書きながらなゆきは栞に尋ねた。

 すると栞はぽんと手を叩いた。

 「そういえば話し中でしたね。忘れてました」

 「何を忘れていたの、栞ちゃん?」

 そこへあゆも加わってくる。

 「第一小隊に配備される新型機導入にまつわる話ですよ」

 「へぇ〜、どんなの?」

 興味津々なあゆの上々な反応に栞は満足すると続けた。

 「今度の新型採用に当たっては第三次ALPL計画で規定の選別……まあコンペが行われたんですよ」

 「ALPL計画って何?」

 名雪があゆに聞くとあゆは困った。

 「うぐぅ、ボクに聞かれても困るよ……そうだ天野さんならわかるんじゃない?」

 突然あゆから話を振られる美汐……だが表情一つ変えずにすぐに答えた。

 「Advance Leading Patrol Labor Project……通称ALPL計画。

 簡単に言えば次に使う警察用レイバーを決めるという計画です」

 美汐の言葉に栞は頷いた。

 「さすが天野さん、正解です」

 「特車二課に勤務する者としては常識です」

 キッパリと言う美汐に名雪とあゆは決まり悪そうな表情を浮かべた。

 「あゆちゃん、知ってた?」

 「知らない……名雪さんは?」

 「私も……」

 どうやら二人は常識がないようだ。

 そんな二人の様子に気が付いた美汐は軽くため息をついた。

 「どうやらお二方とも知らなかったようですね」

 「あははは……そうです……」

 「うぐぅ、その通りだよ……」

 「二人とも少しは勉強してください。かりにも警察官なのですからね」

 年下の美汐にそう言われた二人は心底情けない表情を浮かべた。

 「うぐぅ、今度一緒に勉強しようか?」

 「そうだね…」




  そんな三人を乾いた笑顔で見守っていた栞は口を開いた。

 「第三次と言うように前に二回同様のコンペが行われました。

 一回目はTacticsの『ONE』でこの時はたった二社しか名乗りを上げませんでした。

 で二日目がKeyの『kanon』でこの時は3社だけが名乗りを上げたわけです。

 ところがなんと今回はなんと十数社のメーカーが名乗りを上げたんですよ」

 「そんなに!?」

 びっくりする名雪に栞は頷いた。

 「多いですよ。今までとは段違いです」

 「うぐぅ、それなのに今回は十数社も?」

 「はい。今までは警察用レイバーって技術力はすごく高いのを求められていましたが採用数は数機とあまり

 利益の上がらない分野だったんです。

 それがKanonの大活躍でKey重工製レイバーのシェアは倍増、利益も倍増。

 こんなおいしいものを逃すことはないって一斉に各メーカーが飛びついたんですよ」

 「そうなんだ。ところでこれのどこがおもしろいの?」

 全然栞の話をおもしろいとは思わない名雪は率直に感想を述べた。

 すると栞はチッチッと人差し指を横に振った。

 「おもしろいのはこれからなんです。

 参加したメーカーは当然レイバーを作るんですがその段階で大半のメーカーが辞退しちゃったんです」

 「うぐぅ、何で?」

 「自分のところの技術力では勝ち目がないと思ったんじゃないでしょうか?

 試作機つくるのにだって数十億円ぐらい軽く吹っ飛んでしまいますからね。

 採用されればそのお金が何倍にもなって帰ってきますけどもしそうでなかったら……。

 リスクのことを考えればまあ堅実に行くのも当然のことかもしれませんね」

 「そうなんだ〜」

 「で残ったのがたった四社……それが『Air』を擁するKey重工に、『ONE2』を擁するBaseson開発チーム、

 『秋桜』を擁するマロン工業、『SNOW』を擁するメビウス重工がコンペ目指して開発に入ったんです」

 「へぇ〜、でそれから?」

 名雪やあゆの良い反応に栞の口は快調に言葉を紡ぐ。

 「それで今から二ヶ月前……開発締め切りが来てコンペ開催になったんですがすごいことになったんですよ」

 「おもしろいことって?」

 「まずはメビウス重工の『SNOW』が開発間に合わなくて結局、コンペ不参加になっちゃったんです」

 「あらら、それは残念だったね」

 「図面上では良かったそうですが、肝心の機体がフレームも出来ていない状況では話になりません」

 「…本気でやる気あったのかな?」

 「まじめにやっていたとは思えないよね〜」

 フレームも出来ていないと言うことはペーパープランしか出来ていないのと同義だ。

 メビウス重工のあんまりな行為に名雪とあゆはただあきれ果てるだけだ。

 「まあそんなわけで4社のうち1社が脱落しちゃったんです。

 で次にマロン工業の『秋桜』……正常に動いたときの性能はすばらしく評判が良かったんです」

 「……栞ちゃん、今『正常に動いたときは』って言わなかった?」

 気になる言葉を聞き返す名雪。すると栞は頷いた。

 「ええそうなんです。なんでもバグがすごくてまともに動かなかったとか。

 起動中にハングアップするのは当たり前、歩いていたらフリーズして転倒も当たり前という有様だったとか」

 「うぐぅ、それはちょっと酷すぎなんんじゃ……」

 「開発期間が押しちゃってまともにバグ取りしてなかったみたいですね。

 まあそう言うわけで『kanon』と『ONE2』の一騎打ちになったわけです」

 栞はそこまで言ったところでのどが渇いたのかマグカップに口を付けた。

 「はい、栞ちゃん質問」

 「何ですか、あゆさん?」

 手を挙げたあゆに尋ねる栞、するとあゆは口を開いた。

 「何で『ONE2』を開発するのがBaseson開発チームというところなの?

 第一小隊が使ってた『ONE』って確かTactics重工が開発したのだったよね?」
 
 「良いところに気が付きましたね、あゆさん。

 実はBaseson開発チーム、Tactics重工の子会社というか一開発部門というか。

 まあTactics重工が満を持して警察用レイバーを開発するために立ち上げた部門なんですよ」

 「へぇ〜。でもそれが何で『ONE2』という名前なの?」

 あゆの疑問ももっともだ。

 ゲームでも映画でも無いのに2とは明らかにおかしい。

 だが裏事情を知っている栞にはおかしいことでも何でもなかった。

 「実はですね、ONEを作った開発部門の人たちってその後みんなTactics重工をやめちゃっているんですよ。

 何でも待遇が悪かったとかで……でKey重工に開発部門丸ごと再就職して『Kanon』開発チームに入ったと。

 で今回も『Air』開発に携わっているので、どうもその人たちに対する当てつけがあったみたいですね。

 お前たちがいなくてもこれだけの物が作れるんだ、ざまあ見ろって感じで」

 「でも採用されたのってKey重工の『Air』じゃ……」

 「そうなんですよ。そんなに意気込んでいたのに性能差は圧倒的で『Air』には全く歯が立たなくって。

 審査した人の大半が『ONE2は悪くないがそれだけだ。引きつけるものが何もないって』って酷評で。

 Airの方はまあ多少の好き嫌いはあったみたいですけど『感動した』って評判良くて。

 『ONE2』なんて志の低い名前使ったりするから負けちゃうんですよ」

 栞の容赦ない言葉に名雪とあゆは顔を見合わせ苦笑した。

 「まあそれはある意味笑えるけど…どっちかというとブラックジョークに近い物があるんじゃないかな?」

 「大人になるってこういうことなんです。いつまでも子供でなんかいられませんよ」

 そう言って胸を張る栞のふくらみは……昔のままだったりするのであった。






 そして数日後……ついに特車二課に『Air』がやって来た。






あとがき
ネタ出しした当時は見る影もなかった「SNOW」も無事発売されました。

そう考えるとこの「機動警察Kanon」も長いこと書いているな〜。

ちなみに『秋桜』はマロンの「秋桜の空に」、『ONE2』はわかりやすく「ONE2〜永遠の約束」です。

あとコンペ辞退したメーカーの機体には『桜』とか『愛人』とか『すいか』とか色々考えてました。



2003.11.15



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