機動警察Kanon 第171話


















  「おい名雪、状況は理解したな」

 『うん、わかっているよ』

 特車二課第二小隊の水瀬名雪巡査は相棒である相沢祐一の言葉にうなずいた。

 『地下工事中に落盤発生。

 レイバー1機がその下敷きになって身動きがとれない状況なんだよね?』

 「その通り。パイロットの安否すら不明一刻の猶予もならない状況だ。

 そこで今回の任務だが真琴の二号機が事故機を覆っているコンクリートやら鉄骨を持ち上げるからその隙に

コクピットブロックを強引に引っぱがす。やれるな」

 『当たり前だよ』

 「よし。パイロットを落とすなよ」

 名雪の言葉を聞いた祐一はすぐそばに立っていた第二小隊隊長水瀬秋子に声をかけた。

 「秋子さん、一号機は準備OKです」

 「了解です」

 にっこりほほえむと秋子さんは、二号機指揮者の天野美汐巡査部長に声をかけた。

 「美汐ちゃん、真琴の準備はできました?」

 「ええ、真琴にはよく言って聞かせました。大丈夫です」

 美汐の言葉に秋子さんはうなずくと指示を発した。

 「二次災害に気をつけてさっさと片づけましょうね♪」







  それから15分後…。

 特車二課第二小隊所属の二機のKanonは地下工事現場につながるエレベーターから姿を現した。

 無事に事故機からパイロットを救出、地上に戻ってきたのだ。

 そこへ待機していた救急車が慌てて駆け寄りパイロットを病院へと運んで行く。

 パイロットが助かるかはわからないが第二小隊の面々にできることは終わったのだ。

 だから祐一は名雪にねぎらいの言葉をかけた。

 「よくやった名雪。見事な手際だったぞ」

 『ありがと、祐一。ところでちょっと聞きたいんだけどけろぴーどう?』

 「どう…っていつも通りだぞ。ちょっと泥だらけだけどな」

 『え〜っ!?』

 「うるさい、叫ぶな!!」

 突然耳元で発せられた大声に祐一は叫ぶ。

 だが名雪はそんな祐一を無視してコクピットを飛び出した。

 「私のけろぴーが泥だらけだよ〜!! 早くピカピカに磨いてあげないと〜!!」

 そう叫ぶや本当に磨きにかかろうとする名雪に祐一は慌てた。

 「バ、バカ!! まだ出動中だぞ!!」

 「で、でも〜」

 粘る名雪に祐一は切り札を出した。

 「さっさとキャリアに収納しろ!! 減俸食らうぞ!!」

 「減俸はいやだよ。イチゴサンデー食べられなくなっちゃう」

 「ならけろぴーをピカピカにするのは埋め立て地に戻ってからにしろ」

 「うぅ〜わかったよ〜」

 渋々うなずいた名雪はけろぴーをキャリアへ収納させた。

 「埋め立て地に帰ったらけろぴー洗うの手伝ってよね」

 「報告書が書き終わったらな」

 だがそう簡単にことは進まなかった。




  「二人ともご苦労さま」

 一号機の収納を見計らったかのように秋子さんは一号指揮車・一号キャリアの元へと歩み寄ってきた。

 「一号機の収納は終わったようね」

 「うん、終わったよ」

 秋子さんの言葉にうなずく名雪。

 すると秋子さんは二人がびっくりするような指示を出した。

 「それじゃあ今度は町田に出発ね」

 「ま、町田って何です!?」

 「そ、そうだよ!! 埋め立て地に戻るんじゃないの!?」

 叫ぶ二人に秋子さんは首を横に振った。

 「残念ながら町田の方から出動要請が出ているのよ」

 「しかし出動後の整備はまだ終わってませんよ!!」

 「それはそうなんですけど第1小隊のONEは出動できない以上仕方がないでしょう」

 「ONE、修理まだ終わらないんですか? 予定じゃ今日の午後には直るって…」

 「それが思った以上にダメージを受けているみたいでね。

 由起子さんからの連絡じゃしばらく出動できないみたいなのよ」

 「そ、そんな…それじゃあけろぴーを磨いてあげるのは……」

 「それはまた後ね、名雪。

 整備の方は北川君たちがへりで現場に向かってくれるそうだから心配いらないわ」

 「うぅ〜」

 うなる名雪だがそれでも一応は警察官である。

 自己の満足と人の命を天秤にかければその結果は明白であった。

 「それじゃあ行ってくるよ」」

 「はい、いってらっしゃい……って私も行くんですけどね」







  それから数時間後。

 「うぅ〜、疲れたよ〜」

 特車二課ハンガー2階で名雪は疲れ果て、けろぴーを磨くこともできない有様であった。

 「ご苦労だったな、名雪」

 そう言う祐一もすっかり疲れ果ててしまっている。

 だがそれも無理はなかった。

 町田に再出動し、事故処理したらすぐさま今度は東京湾沿岸での事故処理に再々出動。

 それが終わったら今度は東京湾をまたいだ千葉県の方でレイバー同士の乱闘があり、再々再出動と無茶苦茶

ハードな一日だったのである。

 


  「今日は何でこんなにハードな一日だったのかな?」

 名雪の疑問に祐一は少し考え込み、そして答えた。

 「それはまあ東京湾はこの間の怪物騒動で作業禁止になっていたからな。

 それが工期の遅れを取り戻すために一斉にフル活動だろ。

 それはまあ事件や事故だって多発するわな。もっともそれだけじゃない。

 根本の原因は…」

 「第1小隊のONEが出動できなかったから」

 祐一がそこまで話しかけたとき誰か別の声が割り込んできた。

 びっくりした祐一と名雪が振り返るとそこには第1小隊の深山雪見巡査部長が腕を組みながら笑っていた。

 「ごめんなさいね。うちのせいで苦労かけちゃって」

 「そ、そんなことないです!!」

 「そ、そうですよ!!」

 基本的にはアットホームな環境の特車二課では敬語はあまり使用しない。

 しかし深山巡査部長は例外、祐一も名雪もつい姿勢を正さずにはいられない相手の一人だったのである。

 そのことを承知している雪見は苦笑いした。

 「うちのONEもくたびれちゃってるし……いつまで現役続けられるかしら?」

 「…そんなにくたびれてきてます?」

 祐一が尋ねると雪見はうなずいた。

 「パイロットの腕でカバーしているけど正直言ってもう限界に近いわ。

 今、Tacticsの工場に持ち込んで修理中だけどどうもメインフレームに歪みが見つかったみたいだし……」
 
 「歪み…ですか?」

 「そっ。どうもこの間の怪獣騒ぎの時にやられたみたい」

 「直るんですか!?」

 名雪がぐいと身を乗り出して聞くと迫られた雪見は困った表情を浮かべた。

 「修理しても歪みは完全に直しきれないから交換、という形をとると思うけどそうなると機体を丸ごと新調

 するようなものだから修理代も馬鹿にはならないわ。

 今や旧式のONEにそこまでお金をかけるほど警察上層部が酔狂とは思えないわね」

 淡々と語る雪見に名雪は尋ねた。

 「そ、そんな…悔しくないんですか?」
 
 「事実だし、それにONEが通用しなくなっているのは私たち第1小隊の人間が一番実感しているから」

 「で、でも……」

 反論しようとする名雪の言葉を遮って雪見はきっぱり言い切った。

 「確かに2年以上使い続けているONEだから愛着もあるし、別れるのは寂しいわ。

 でもね、それ以上に与えられた任務を達成出来なくなる方がつらいのよ。

 それは遠からずあなたたちにも実感できるわよ」

 「うぅ〜、そうかもしれないよ〜」

 「確かに」

 二人は警察官として先輩である雪見の言葉に頷さかざるをえなかった

 その姿は紛れもなく二人の未来の姿に他ならないのだから。

 真剣な表情の二人……その姿は特車二課においてはきわめて珍しくシリアスな雰囲気を漂わせていたが

 それも長くは続かなかった。

 「雪ちゃん、大変だよ〜!!」

 川名みさき巡査部長が乱入してきたからである。




  「みさき、あんたね〜」

 せっかくの雰囲気をぶちこわされてしまった雪見は相棒をジト目で見る。

 しかし長年のつきあいであるみさきには効果はなかった。

 「どうしたの、雪ちゃん? 目にゴミでも入った?」

 「…まあいいわ。それより何が大変なのよ」

 言うだけ無駄と思った雪見は尋ねてみた。

 するとみさきは自分が言いかけていたことを思い出して叫んだ。

 「今度第1小隊のレイバーを入れ替えるんだって!!」

 「…今その話をしていたところよ。でもまだ確定って訳じゃないでしょ」

 名雪と祐一の顔を見ながら答える雪見。だがみさきは首を横に振った。

 「うんん、決定だって隊長言ったよ。採用を前倒しするんだって」

 「本当に? 聞いてないわよ、私は」

 特車二課第1小隊の中では自分が一番優秀と自負している雪見としてはみさきが知っているのに自分が

 知らないのはおかしいと訝しがった。

 するとみさきは笑顔であっさり答えた。

 「課長と由起子さんと秋子さんと香里ちゃんがが話しているのを盗み聞きしたからね。

 昔取った杵柄、これでも耳には自信あるんだよ、私」

 「隊長って呼びなさいよ。…にしてもあんたの自信があるのは鼻だと思っていたわ」

 「それも自信あるよ」

 自信満々なみさきに雪見はため息をついた。

 「盗み聞きなんて警察官らしからぬ行為は止めなさいよね」

 「え〜っ、雪ちゃん新型に興味ないの? なゆちゃんと祐一くんは?」

 「それはもちろんあるよ」

 「右に同じだな」

 すかさず答える名雪と祐一を恨めしげに見ると、雪見は呟いた。

 「それはまあ興味あるけど……」

 「じゃあ問題ないね♪」

 ニコニコのみさきに雪見は苦笑すると促した。

 「それで? その新型はどんな機体なの?」

 するとみさきの笑顔が固まった。

 「えっ、どんな機体って………」

 「あんた、でかい口叩いといて肝心要な情報はつかんでないわけ?」

 「あははは…ごめんね雪ちゃん。新型導入決定の話聞いただけで盗み聞き止めちゃったからわからないよ」

 「役に立たないわね〜」

 歯に衣着せぬ雪見の言葉に思わず項垂れるみさき。

 「うぅ〜、雪ちゃん酷いよ〜」

 「そうかしら? だって知らないんでしょ?」

 「うぅ〜それはその……」

 雪見の問いかけに声が小さくなっていくみさき。

 とそこへ突然一人が乱入してきた。

 「私知ってますよ、新型レイバーのこと」

 そう言ってニコニコ笑顔でいたのは第二小隊一号機キャリア担当の美坂栞巡査であった。

 「本当にしているの?」

 雪見の言葉に栞はうなずいた。

 「はい。お姉ちゃんからばっちり聞き出しました」

 「美坂整備班長から? 

 美坂さん、そういう話は身内にだって漏らさない人だと思っていたのだけれど……」

 自分とタイプ的に似ていると思っていた雪見は首をかしげる。

 すると栞はうなずいた。

 「ええ、お姉ちゃん私が聞いたのに全然教えてくれないんですよ」

 「じゃあどうやって聞き出したの?」

 至極もっともな雪見の質問に栞はあのポケットからあるものを取り出すと笑った。

 「これでお姉ちゃんたちの会話をちょっと」

 「それってまさか……」

 「はい、盗聴器です」

 悪びれの無い様子の栞の言葉に唖然となる雪見。

 だが他の三人は栞のその行動に何の疑念も抱かなかった。

 「新型ってどんな機体なのかな?」

 「もったいぶらないで早く教えろよ」

 「新型ってかわいいのかな?」

 三人の反応に栞はうれしそうにうなずくと口を開いた。

 「新型機の名前は『Air』」

 その言葉に三人はどよめいた。

 「おおっ、Airか!!」

 「Air……なんだか格好いい感じのする名前だね」

 「軽やかに動けそうな感じだよ」

 栞はさらに続けた。

 「Key重工の新型でKanonの発展改良型らしいですよ。

 なんでもニューロン・ネットワーク・システムを搭載しているのが売りとかで」

 「にゅーろん・ねっとわーく・しすてむ?」

 「なんだかすごそうな名前だけど何それ? 祐一わかる?」

 「俺に聞くなよ。栞、それって何だ?」

 みさき・名雪・祐一の三人ともニューロン・ネットワーク・システムがわからない。

 そこで栞に尋ねてみたのだが答えは芳しいものではなかった。

 「すいません。私にもちょっとわからないです」

 「そっか」

 すると唖然となっていた雪見が口を開いた。

 「ニューロン・ネットワーク・システム……開発中なのは聞いていたけどまさかもう採用されるなんて……」

 「雪ちゃん知っているの!?」

 みさきの言葉に雪見はうなずいた。

 「センサー類とサブコンピューターを人間の神経系に模して機体全体に配し、ここから常時フィードバック

 される情報をもとにメインコンピューターが機体のおかれた状況を判断、最適制御状態を自己判断してして

 実行するという画期的なシステムのことよ」

 「「「「?????」」」」

 雪見の説明をみさき・祐一・名雪・栞の四人にはさっぱり理解できなかった。

 ただポカーンとするだけ。

 その様子に雪見はため息をついた。

 「簡単に言うと今度のレイバーには神経があるのよ」

 「えっ、レイバーが痛がるの?」

 「んなわけないでしょ。

 ん〜、言い換えるならみさき、あんた歩いているとき地面とかよく観察してる?」

 「やだな、雪ちゃん。何も見無くったって歩けるよ。怖いけどね」

 「あんたにこの質問は無意味だったわね」

 雪見は首をすくめると続けた。

 「それが人間って訳よ。

 ところがレイバーはパイロットが地面の状況を判断してきちんと操作してあげないと転倒したりするわよね」

 「そうだね」

 「そうだよね」

 「そうですね」

 「そうだね」

 みさき・名雪・栞・祐一の四人は自分のレイバー操縦の経験を思い出しうなずいた。

 「ところがこのニューロン・ネットワーク・システムが搭載されているレイバーはこういう細かいことは

 機械が勝手にやってくれわけ。その分パイロットの負担は軽減、より必要な操作に専念されるってわけね」

 「はい、先生」

 「何でしょう、水瀬さん?」

 手を挙げた名雪にノリ良く指名する雪見。

 「それって車のオートマチック車と同じこと?」

 「はい、良くできました」

 雪見は笑った。

 「NWS搭載以前のレイバーはマニュアル車、NWS搭載機はオート車と見て問題ないわね」

 「へ〜」

 「なるほど、それはすごい進化だな」

 「うん、本当だよ」

 「ですね」

 身近な置き換えに四人はあっさり納得した。

 「Airが特車二課に配備されたら第二小隊への負担は相当減ると思うわよ」

 雪見の言葉に第二小隊の三人は喜んだ。

 「それってうちの出動が減るってことか?」

 「楽できるのはうれしいです」

 「やったよ〜」

 だがその歓喜は長くは続かなかった。

 「ところで美坂さん、Airの配備っていつになるか聞いた?」

 雪見の問いかけに栞は考え込み、うなずいた。

 「機体はもう完成してテストも終了しているからパイロットの機種転換訓練が済めばって言ってましたけど

 ……って機種転換訓練!?」

 「それがどうかしたの、栞ちゃん?」

 負担が減り、楽になるとしか受け取っていなかった名雪は栞の叫びを理解できなかった。

 だがその後に続いた結い位置の言葉で名雪も理解した。

 「…機種転換訓練ってどれくらいかかるんです?」

 「あなたたちのKanon配備の時とそう変わらないと思うけど……。たぶん二週間から一ヶ月ぐらいかしら?」

 「…それってその間私たち第二小隊は……」

 「当然埋め立て地で過ごすことになるわね」

 「そんな〜!!」





  かくして特車二課第一小隊に新型レイバーが導入される運びと相成ったのであった。




あとがき
大変長らくお待たせしました。

「機動警察Kanon」新171話、ようやくと完成しました。

旧171話とは大幅に変わってしまいましたがご容赦のほどを。

とりあえずまだ就職活動中ですので頻繁に更新はできないと思いますがとりあえずがんばっていく所存です。


P.S
久しぶりに書いたのでちょっと変かも。

2003.11.02

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